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とける


 見張りの兵が目をまるくしている。当然だ。こんな曲芸みたいなことに無駄に魔力を注ぐ人間は、めったに居ないだろう。

 わたしは唇の前に人差し指を立てた。それから、ああこれはこっちではどういう意味のハンドサインだろう、と思う。こっちでは多分、なにか違う意味だ。静かにというゼスチュアはどんなのだったかしら。

 お手玉を続けた。兵はわたしの手許をずっと見ていて、わたしがやっていることを誰かにご注進するつもりはないようだ。それにはほっとした。


 侍従達から、魔法をつかうのはお辞めください、とやられるかと思ったが、大丈夫だった。

 彼らはわたしには、目もくれていない。今ならこっそり逃げられるかもしれないなと思うくらいに、ドレスのことで侃々諤々というか喧々囂々というか、せわしなく議論している。ひと言も、一欠片も理解できないので、はなから頭に定着もしないが、大変そうだなとは思った。

「聖女さま、どうぞ」

 聖女護衛隊の、わたしが名前を覚えていない兵が、お茶をいれなおしてくれた。先程、わたしのお手玉に目をまるくしていたのとは別の兵である、

 ありがとうございますと低声(こごえ)で云う。お手玉は続けていた。氷が溶けそうになって、ひと粒ふた粒水分が滴り、それにいらいらする。こんな簡単なこともできない自分を殴りつけたいような気分になった。そんなことしたって、気分は晴れないだろうが。


 アイスキューブを宙へ放り投げ、くっつけた。テーブル近くに居た兵が、ひっと息をのむ。攻撃されると思ったのかもしれない。

 両手で氷塊を包むようにした。手が触れてはいない。手と氷塊にかすかに反発を生じさせて、触れないようにしているのだ。「ゴブレットをもらえますか」

「はい」

 兵はいい返事をして、ゴブレットを持ってきた。顎をしゃくり、テーブルへ置いてもらう。

 ゴブレットの上へ氷塊を運んだ。反発を生じさせているといっても、結構近い場所にあるので、手はしっかりとひえている。

「スピリ・パーズ・ウィン」

 氷・よ・溶けろ。

 そのままだった。これまでで一番うまくいった魔法かもしれない。氷塊はとけて水になり、ゴブレットへはいる。ぎりぎりあふれなかった。

 兵が目を瞠ってゴブレットを見ている。目が合うと、小さく、音をたてない拍手をされた。随分感激屋らしい。わたしは微笑みで頷いた。こういうふうに、感情をすぐにおもてに出すひとも居るのか。なんだか、救われた気分になった。

 どういう訳だか。


「あめのさま、少々宜しいでしょうか?」

「はい」

 席を立つ。侍従達が用意しているドレスは、いつの間にか、二着になっていた。ふたつにまで候補を絞ったようだ。

「失礼いたします」

「こちらがあめのさまにお似合いだと思います」

 侍従達はドレスを持ってきて、アルバンさんが片方を、わたしの体に重ねるみたいにした。「いかがでしょう。この金糸のぬいとりが大変、優美ですし、こういった意匠はあめのさまにお似合いかと存じます」

 植物っぽいものをかたどったぬいとりを示して云う。以前、殿下が羽織っていたマントに、似たような模様がはいっていた覚えがある。王室のものだとしたら、わたしがつかうのは問題だと思うのだが、大丈夫なのだろうか。


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