稀有なひと
「そうきいております。たいした怪我ではなく、半数はすでに復帰をしました。これも聖女さまの」
「ああ、そうですか。それはよかったです。ありがとう」
その辺りにはあまり興味はない。怪我をした、というのだから、怪我なのだ。こちらでは、死んだ、と、怪我をした、には、間に埋められないくらいの大きな、深い々々溝がある。
あちらの世界はその溝はもう少し浅く、階段状になっていた。「健康」から「死」までは、ゆっくりと階段を降りて行くみたいになだらかにつながっているものだ。そして、「怪我」と「死」は割と近しいところにある。
こちらでは違う。「死」と「怪我」はまったくの別物だった。接しているところがほとんどないくらいの。
怪我をしたという報告なら、助かっている。だってそうだからだ。医者が居て、彼らは恢復魔法をつかう。大概の怪我はすぐに治り、治らないものはもう「怪我」ではなくて「死」だ。
わたしが怪我人をやけに心配するのを、みんな滑稽に思っているのではないかな。怪我だから治るのにと。
「病気」と「死」は、けれどこちらでも結構近しいもののようだった。それがいやだ。病気にふりまわされるのが人間なのだろうか。
塀はそれなりに高くなっている。相手の拠点から投げられたものがまだ、最上段へあたるくらいの高さらしい。もっと高くしないとだめかな。魔法なんてものがあるから、計算もややこしいだろう。
「もう少し、塀が高いほうが、安心ですね」
つい、出た言葉に、複数人のかすかな返事があった。
かけ声が聴こえてきて、わたしはまた、例のへりくだった態度の兵を見る。かすかにばかにするみたいな顔をされた。被害妄想かもしれない。
「王領警備部隊が、鍛錬をしているのです」
「ああ」
そんなものもあったな。軍だからあたりまえの話だ。「どちらですか?」
兵は北西を示した。わたしはそちらを向くが、それ以上は動かない。
参加したかった。余計なことを考えるのを辞める為に。でも今日は参加できない。ランベールさんには、休むようにと云われた。わたしは血を多く失っている。だからよくないらしい。
自分に恢復魔法をかけた。血を再生するイメージで。それがうまくいっているのか、わからない。よくよく考えると、歩くのは貧血にはよくないかもしれない。
いやみったらしい声がした。
「フィロン軍アブレイド軍の役付の兵が数人、見学に来ているとか。熱心で素晴らしいことですね」
隣の兵に肘を掴まれ、彼は口を噤む。成程、騎士の軍のひと達が来たのが気にくわないらしい。となると、わたしに対してもあまりいい感情は抱いていないのだろうな。異世界から来た人間で、どこの馬の骨ともしれない。
こちらの多くのひとが、聖女や御子はもとの世界では高い地位にあったと思っているが、わたしはそれをきっぱり否定した。彼はそれを信じてくれる、希有なひとのようだ。得がたい人材である。
「ランベールさんが許可を?」
「はい、聖女さま」
そんな話はしてくれなかった。あのひとにはわたしはどうみえているんだろう。きちんと報告をする必要もない軽い相手なのか、報告してもわからないだろうばかなのか、些末なことを報告して煩わせてはいけないかんしゃく持ちなのか。




