一理ある
成程、一理ある。
実際、休みをとれというのは軍の士気を維持し、戦闘を有利に運ぶ為だ。兵の英気を養う目的である。指示の分だけ休みをとるのは寧ろ推奨される行為であって、罰則はない。
休みをとっても罰則がないのだから、それを知れば安心するだろう、というのは、そうだ。
「フィロン軍についで、アブレイド軍の兵達も、この……噂に振りまわされている。ですが、指示は指示です。兵である以上、それに従い、休みをとる筈ですよね。渋々でしょうが。ですから、時がたてば、この問題は解決するのではないでしょうか。その間の不安をどうにかしてとりのぞくのが、自分達にできることかと。どうやってとりのぞいたらいいかは、考えも及びませんが……わたしでは、これくらいしか思い付きません」
ランベールさんとわたしを交互に見ながら、マーリスさんは時折口ごもりつつも、言葉を選んで真剣な表情で意見を述べてくれた。大変参考になる話だし、彼が真面目に今度のことを考えてくれているのはよくわかった。
「いいですね」
わたしがそう云うと、彼はほっとした様子を見せた。わたしは微笑んで、それから肩をすくめる。マーリスさんには申し訳ないが、彼の意見には大きな穴があった。「どれくらいですか?」
「……ええと、どれくらい、とは?」
「時間がかかりますね、それだと。どのくらいの時間が要ると思いますか、と聴きました」
寸の間、誰もが口を噤む。話が通じたと判断して、わたしは続ける。
「どれくらいの時間を置けば、休みと関係ないとみんなが判断するかが、わたしにはさっぱりわかりません。不安をとりのぞくと云っても、時間がかかりすぎるのは問題です」
マーリスさんの表情がすうっと、くもった。
彼を批判したい訳ではないが、この場での判断や話し合いは、ひとの生死に直結する。適当に会議をして適当になにかを決めていい場面ではない。わたし達は成る丈「いい」策を選ぶ必要がある。義務がある。
「まだ噂が消えないうちに、敵軍との衝突があったら、どうします? 指揮官に疑いを抱いている兵が全力で戦うとは思えません。指揮官に全幅の信頼を置いていることがよい兵の条件だとわたしは思います。迷惑なことにこの噂はそれを揺るがすんですよね」
ナタナエールさんは王領警備部隊の兵と顔を見合わせ、低声で喋っている。やっぱり内容はわからない。兵が静かに出て行き、ナタナエールさんは兵からうけとった駒をそっとテーブルへ並べる。
ランベールさんがテーブルの上のマグを掴んだ格好で頷いた。侍従がそっと、マグにおかわりを注ぐ。いつの間にか彼はお茶を飲み干していたらしい。咽が渇いているのかしら……。
一瞬目が合ったけれど、ランベールさんがすぐに逸らした。わたしはそれでも、しばらく彼を見ていた。彼がなにを考えているかは知るべきだと思う。わたしよりも場数を踏んでいるし、なにより指揮官を任されることが多かった。
マーリスさんもナタナエールさんも多くの戦闘に参加しているのはそうだろうが、彼らが指揮したことがあるのは精々一師団、多くても二師団程度だろう。ランベールさんはもっとずっと多い数を動かしている。
数、か。人間でも、数字になると命が希薄になる気がする。わたしも沢山居る聖女のなかのひとりだ。数字が一、増えただけ。
誤字報告ありがとうございます。助かります。




