ランベールの苛立ち
この国には軽率な人間が多すぎる。自分も含め。
聖女を抱きしめるとは、正気の沙汰ではない。その上、喋らぬでもいいことを喋った。王や、王家や、ぬくぬくとその座に納まっている夢見がちな公主に対しての、いらだちやはがゆさを。
ランベールはいらいらと、五つ葉の城を出て王太子の執務室へ向かう。コランタインとマーリスが一緒だ。今日は夜まで、あめのの勉強を手伝う予定だったが、王太子の呼び出しを無視する訳にはいかない。王都に居る時はいつも、間違えたら殺される選択の連続だ。自分だけならともかく、家族はまもる必要がある。義務がある。
王太子執務室は、宮廷の中心にある落星の城内だ。宮廷でも一番古く、一番大きな建物で、内部に玉貨鉱床を隠している。宮廷内の玉貨鉱床へは、王と王太子しか立ちいれない為、ランベールはそれがどのようなものかを直に目にしたことはない。ただ、貴族が持っている玉貨鉱床のように、人足を頼んで掘り返す必要はない、と云われている。自然に湧き出していて、王にしても王太子にしても、それを手で掬えば事足りる。
普通、王后であっても這入れないが、あめのは聖女だから、王后になればそこへ立ちいる権利がある。
そのことが何故か不快だ。
宮廷は玉貨鉱床を中心に形作られていった。それを覆い隠すように、頑丈な回廊にとりまかれた、巨大で丸い落星の城ができたのだ。その後、下位コンバーターへ勝手に近付く者がないよう、そこから左右へ廊下が築かれて城壁と一体化し、いわば第二の城壁となった。その廊下より奥にいけるのはごく限られた人間で、王室護衛隊はそれにはいる。王室護衛隊は全員が騎士爵を持っていて、領地がない代わりに宮廷内の玉貨鉱床を除くすべての場所へ自由にはいれる。軍のなかで一番地位が高いのは、王室護衛隊隊長だ。少なくとも今のところは。
〈灰の広場〉が整備され、聖女の為の城ができたのも、廊下ができた頃だと聴いている。廊下や落星の城は、代々の王や女王の好みで改修されてきたが、五つ葉の城に関しては形をかえることは不敬とされ、聖女がはいる前に、排水設備などを最新のものにとりかえるだけだ。
三塔――――露の塔、霜の塔、雪の塔――――や、公主用の麦穂の城、姫や王子用の数多の建物や城は、城門と廊下の間にあって、王子でも姫でもゆるしを得ねば廊下の奥へは這入れない。例えば、聖女さまが〈器〉計測の立会人を求めている、と云うような。
だから、今朝の公主の行動は、〈陽光の王国〉憲章を何度か踏みつけにしている。陛下が見過ごしてきた為に、今まで誰も注意すらしていないが、本来なら公主でも、特別の許可がなくば好きに〈灰の広場〉へ這入ることはできないのだ。
陛下であれど、流石になんの功もあげていない者に、そのような特別の許可は出せない。貴族や官吏が喚き出す。だから、叱正しない、と云う、消極的なゆるしを出しているのだ。官吏は報復人事をおそれて公主をいさめないし、貴族は公的な許可でないのならと黙認している。
だが、公主はそのようなあれこれを理解しておらず、好きに出入りするのが当然と思っている。ランベールはその、傲慢で、鼻持ちならない態度にも、いらだちを覚える。
そもそも、公主とは相性が悪い。なににつけランベールさまランベールさまとすり寄ってくるのも、頻繁に兵営を訪れて菓子だのなんだのをさしいれてくるのも、ひたすら気に障る。
苦手だと思っていたが、今朝の一件でランベールは理解した。自分はこの娘が嫌いだと。特に、あめのへの態度が、まったく気にくわない。




