聖女? 招聘される 1
はやく行かないと。
わたしは急いでいた。くつをかえ、校舎を出る。まだ四時。急げば間に合う。移動に一時間、面会は六時半まで。今日も部活には行けない。
はやあしで校門へ向かう。四時十分発のバスに間に合えばいいけど、乗り過ごしたら次は四時四十五分だ。夕食は六時からだから、ほとんどご飯の介助だけになってしまう。
「檮原さん」
ぴたっと停まった。
ぎこちなく振り返る。同じ部の、阿竹くんだ。クラスも一緒。かっこよくて、優しく、女子人気は高い。次期部長。それから……。
わたしはぺこっとお辞儀する。阿竹くんだけではなくて、やはり同部の、日塚さん、如月さん一緒。三人とも、制服のままだ。
三人が歩いてきた。日塚さんがにこっとする。日塚さんは美人だ。緑色のヘアピンが可愛い。「檮原さん、一緒にゲームセンター行かない?」
「……あの。部活は?」
「今日は休みじゃない」
日塚さんがくすっとし、阿竹くんがにっこりする。「如月さんが、ほしいぬいぐるみがあるらしくてさ」
「ささっちもぬいぐるみほしいよね!」
小柄な如月さんがぴょんとして、日塚さんが尚更くすくす笑う。日塚さんの下の名前は、笹葉とかいてささよだ。
三人は、どのぬいぐるみがほしい、とか、どこのお店でなにを買おう、とか、相談を始めた。このままだと、わたしは参加しなきゃいけなくなる。なのに、断りの言葉が巧く出ない。
「ごめん、遅れた」
やはり、同じ部の、月宮さんが走ってきた。ポニーテールがゆらゆらする。月宮さんは、二年の女子で一番背が高い。でも多分、わたしより痩せてる。
月宮さんは、わたしを見てちょっとだけ顔をしかめた。「ちょっと、どうして檮原ちゃんが居るの?」
「まみこちゃん。檮原さんも誘ったの」
「だめだよ、檮原ちゃんお姉さんが入院してて忙しいんだから」
どきっとした。そのことは、担任の先生と、部の先生にしか云っていない。
日塚さんが口を覆った。「え!そうだったの?」
「あ。うん。今から、お見舞……あ」
校舎の時計を見た。四時六分。
わたしは、ごめんなさい、と云って、走った。
結局、バスには間に合わず、わたしはバス停で立ち尽くした。息が苦しい。
そこへ、四人が追いつく。質問されて、気付くと、わたしは姉がどこへ入院してるのかを喋っていた。
「それなら、近道通ればさっきのバスに間に合うよ」
「え」
「こっち。ついてきて」
月宮さんはそう云って歩き出す。わたしは、断れなくて、追った。阿竹くん達も、何故かついてくる。
住宅街をぬけて、商店街へ這入った。それから暫く歩くと、カラオケボックスや、居酒屋が立ち並ぶ通りへ出る。如月さんがきょろきょろした。
「こんなとこ初めて来たあ」
「この辺は吞み屋さんばっかだからね。あ、そこ右」
「はいはい」
角を曲がった四人を追う。わたしも角を曲がった。どこかで合唱でもしているのか、カラオケボックスからか、聴いたことのない歌がかすかにきこえる。四人は楽しそうに喋っていて、わたしは黙っている。いつもこう。そもそも、どうしてわたしなんかが、このひと達にかまってもらえるのだろう?
日塚さんが振り向いた。
「檮原さん、重そうだけど、なに持ってるの?」
「あー……色々」
「ふうん?」
不思議そうな日塚さんに、わたしは首をすくめる。実は、頼まれたもの(筆記具、本、ボードゲーム、色鉛筆、塗り絵、紙束など)を鞄と手提げに詰め込んでいるのだ。それが重くて歩くのが辛い、
「ね、檮原さん」
日塚さんがにっこりした。このところ、日塚さんはやけに優しくしてくれる。「今度、一緒にお買いもの行かない?」
「え……」
「まみこちゃんと、如月ちゃんも一緒に」
「あ……わたし、ちょっと……」
「笹葉、しつこくしちゃ駄目」
月宮さんが強めに云った。月宮さんは気が強いというか、歯に衣着せない。
「こっちでほんとにいいの?」
如月さんが甲高い声で云う。月宮さんがいらついたようにそれを見た。「いいの……ここぬけたらすぐだから。ね、笹葉も解るでしょ」
「うん。弥見のバス停でしょ」
「ねえ」一番前を歩いている阿竹くんが振り返る。「なんか変な声がしないか?」
変な声?
全員黙った。
「……なんも聴こえないけど」
「待って、なにか、慥かに聴こえるけど、外国語じゃない?」
「あー、そんな感じ」
「どこから聴こえてるのかな?」
あの歌のことかな。変ではないと思う。日塚さんの云う通り、外国語っぽい。……さっきからずっと、同じフレーズを繰り返してる。
それに被さる、コーラス?が沢山。でもなんか、耳障りというか。違う、段々頭が痛くなってきた。それに、体がなんだか、ふわふわしている。凄く高い熱が出た時みたいに、感覚が頼りない。
誰かが叫んだ。わたしも叫んだのかも。いきなり地面がなくなったから。




