日常。のようなもの-2
「初耳なんですけど?」
「ええ、初めて言いましたし」
「え、意味が分からないけど……」
何がどうなって織姫と2人で暮らさないといけないんだ?
「あ、父さんの転勤で母さんが付いていくとか?」
「なら、家電は必要ありませんよ。そのまま家で暮らせば良いのですから」
確かに。その通りだ。だが、どうして、何があって2人暮らしをすることになったのか。全然思い当たる節が無い。
「兄さんは元々1人暮らしをする予定でしたよね?」
「ああ、そうだな」
元々はそうだ。そして、彼女を作り、家に呼ぶという、そんなキャッキャウフフな高校生活を送る予定だったが。
「お父さんもお母さんも、兄さんの好きな事をさせてあげたいという事で、1人暮らしをさせてあげよう。そう結論が出ました」
「うんうん」
迷惑かけた挙句にそんな事良いのに。と言うか、俺は普通に1人暮らしとかそんな事、入院生活で忘れかけていたから、全然家から通う予定だったんだが。
「ですが、兄さんの生活力は皆無と言っていいほどに、家事はなにも出来ませんでしょうし」
「まあ、やったことが無いしな。でも、そんなのやっていくうちに」
「出来るでしょうか?兄さんに、本当に家事が出来るでしょうか?」
「いや、そう言われると……」
自信は無いが……。
「そして、さらには病み上がりです。1人暮らしをさせてはあげたいけれど、それでも心配です」
「なんか、すいません」
心配をかけていると聞くと、本当に申し訳なくなる。
「そこで、妙案が私から」
「うん」
「私も一緒に暮らせばよいと」
「なぜ?」
「同じ学校ですし」
「確かにそうだけど」
「家事も一通り。兄さんが寝ている間に出来る様になりました」
「そうか、頑張ったな」
「えへへ。っ!外で頭を撫でないでください」
「おお、すまん」
頭を撫でていた手を下ろす。だが、織姫はそう言っていた割には残念そうな顔をしていた。
「……家に帰ったら、撫でる続きをお願いします」
続きってなんだそれ。
「こほん。つまり、1人暮らしはさせてあげたい。だけど、1人にするのは心配だと言うそんな親心
と妹の愛の結果として、2人で暮らすこととなりました」
「ちょっと、意味が分かんないな」
「ふつつかものですが、どうかよろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ。じゃねえって」
「では、2人で家電を選びましょうか!」
「話は終わってないけどな!」
織姫は話を無理やり終わらせ、俺の手を取り歩き出す。
なんでそうなったのかも分からないし、2人暮らしも遠慮したい。だが、
「ふふ、楽しみですね。兄さん!」
こんなに楽しそうにしている織姫を見ると、悪くはないんじゃないかと思えてきてしまうのは、俺がシスコンだからだろうか。
「俺、これからやっていけんのかな……」
2人暮らしのための家電を一通り買い揃えたあとの帰り道。
ついついずっと思っていたことを口に出してしまう。
「ふふっ」
「なんだよ」
妹は俺のひとり言を聞こえてだろう。わざとらしく、楽しそうに笑った。
「俺が高校生活、ずっとぼっちで過ごすことが楽しいか?ったく、こっちはこれからどうすりゃいいのか分かんねえってのに」
「兄さんはバカですねぇ」
「なんだよ。留年するって言いたいのか?」
「違います。やっぱり兄さんは兄さんですね」
「何が言いたいのか分かんねえって」
「これからやっていくも何も、兄さんは1人じゃないんですよ?」
「ん?」
「安心してください。これからは私がいます。あなたの隣にずっと。確かに、兄さんの覚えている私はきっとまだ小さいのでしょう。あなたの後ろを泣いて付いて行っていた私なのかもしれません」
織姫が俺を安心させるかのように、手を優しく握ってくる。今度は恋人繋ぎなどと言う、ふざけているものではなく、仲のいい友達同士が子供の時にやっていたような手のつなぎ方だ。
「大丈夫です。3年と言う月日で私は兄さんの後ろではなく、隣を歩いて行けるほどに大きくなりました。これからは私が隣にいます。ずっと、いつまでも兄さんと一緒にいます。だから、何も不安がることなんて」
「何も心配しなくて、大丈夫だよ。お兄ちゃん」
横を見ると、そこには昔と変わらない笑顔の妹がいた。
ああ、3年という月日は俺が思っていたよりも長かったみたいだ。
あんなに小さかった織姫が、こんなに大きくなったんだから。
でも、でも、
「ずっと、ってのは困るな……」
「え!?」
織姫が心底驚いた声を出す。
「いや、だってお前。嫁に行けよ……。父さんと母さんに孫を見せなきゃだろ……」
「兄さん!」
今度は怒りだしてしまう。
なんなんだ一体……。
だけど、いつか織姫も嫁に行くんだよなあ。
「私決めましたから」
「何をだ?」
「兄さんのそばにずっといるって」
「いやいや、どうしてそうなるんだよ」
「兄さんが、お兄ちゃんが織姫の気持ちを分かってくれないからでしょ!」
「知るか!んなの!」
「バカッ!知らない!」
織姫はそう言い、顔をプイっとそらす。だが、手だけは離さないで一緒に歩いていた。
こんな所は変わらないんだなあ。と、思い出に浸りながら、その日は家路につくこととなった―――