鈍色の自由:エピローグ
真昼間の酒場。
アデッサはストレートの濃いやつをグッと飲み干してジョッキを『ダン!』とテーブルへ叩き付けた。
「アニよ! まったく!」
すっかり出来上がっている様子だが、ジョッキの中身はただの葡萄ジュースだ。
「もう、それぐらいにしたら?」
ダフォディルはいつもの澄まし顔で溜め息混じりにそう言いつつも――
――ま、いつまでも暗い顔をしていられるよりは酔っぱらってクダでも巻いててもらった方が気が楽だけど。
などと考えていた。
「これが飲まずにいられますか」
アデッサはジョッキのジュースをグッと飲み干した。
◆
昨夜。ソイヤが殺された夜。
アデッサは気絶していた警備隊員を往復ビンタで叩き起こし、【賢者の麻薬】密売の元締めのアジトの場所を聞き出すと朝も待たずに乗り込んで大粛清を開始したのだ。
アジトは貧民街にある放棄された礼拝堂で、中は街の悪党どもの巣窟となっていた。
正面入り口を蹴り倒し押し入ったアデッサとダフォディルに、悪党どもの群れが凶悪な武器をぶんぶんと振り回し波の様に押し寄せる。そのほとんどが『元冒険者』だ。
「うぉらああああ! 瞬ッ殺ッ!」
アデッサは群がる悪党ども168人を僅か数分で瞬殺する。
そして追い詰めた元締めの喉元へ刃を突きつけ【賢者の麻薬】の製造元を問いただした。しかし、元締めは自白よりも自決を選ぶ。
こうして大量の【賢者の麻薬】は押収出来たものの、肝心の製造元は不明のままとなってしまったのだ。
明けて今日の昼。
アデッサとダフォディルは報告も兼ねてホイサ領主のもとへと訪れたのだが……警備隊長まで悪事に手を染めていた事実が隣国に知られることを恐れた領主は『どうかこの件はご内密に』と、口止め料を差し出してきた。
――魔王なき現在、各国は軍備強化に走っている。
増大する軍事費を賄なうための手っ取り早い方法は領土拡大だ。曖昧だった国境を巡り、今ではどの国でも隣国との緊張感が高まっていた。武器が緊張を生み、緊張が戦争を呼び寄せる。まだ大きな戦争は起きていないが、領土問題を発端とした戦乱の気配は大陸のそこかしこに漂っていた。
穏健派の領主が治める街、ホイサとしても例外ではない。
そのような世界情勢の中で、警備隊長と言う要職の腐敗と言うスキャンダルは闇に葬り去りたい出来事だった。しかも、昨夜アデッサが倒した悪党の中にはホイサの重要人物が何人も紛れ込んでいたようだ。
アデッサとしてはそれ以上他国の事情へ介入するわけにもいかず、あとは領主に任せるしかなかった。
しかし、彼女が願う正義や幸せとは違う『大人の事情』丸出しの領主に、昨夜とは違ったやるせなさを、アデッサは感じずには居られなかった。
◆
「あの領主、絶対マゾよ」
流石にこれは八つ当たりである。
「はいはい。そんなこと言ってると、また男に逃げられるわよ」
ダフォディルは知っていた。
昨夜ソイヤの血を拭った手で唇を濡らしたアデッサのことを、野次馬が盗み見ていたのである。
その噂はすでに『瞬殺姫が男の生き血を啜った』という話にかわり街中に広まっていた。
――あの入国審査官が怯えさせたアデッサの悪い酷いイメージも『火の無い所に煙は立たない』ってことね。
ダフォディルはほころぶ口元をティーカップで隠した。
「こうなったら、絶対にアタシたちの手でぶっ潰してやるんだから!」
「……何を?」
「決まってるでしょ! 【賢者の麻薬】なんか作ってるアホ聖職者よ! 見つけ出してけちょんけちょんに瞬殺して……あ」
アデッサが見つめる先で『ガシャン』と、グラスを落とす音。
何事かとダフォディルが振り向くと……あの、若くてイケメンな入国審査官がアデッサを見つけてカクカクと震えていた。
「お食事のひと!」
アデッサが指差す。入国審査官にはアデッサの一言が『お前を食いものにしてやる』と言う意味に聞こえたようだ。くるりと振り返ると悲鳴をあげ、ダッシュで逃げて行った。
――もしかして、あの警備隊長が言っていた『男は殺せない』って噂のタネって……『男殺し』の逆、ってことかしら?
ダフォディルはアデッサの横顔を見ながらニヤニヤと笑った。
◆
ミンヨウ大陸の某国のとある教会、その一室。
赤いベルベットのカウチソファーに横たわる少女。
高位聖職者であることを示す白いローブをふわりと纏っているが、だらしなく投げ出された細い脚が裾を大きくめくりあげ、太腿があらわとなっている。肌は陶器のように白く、髪は淡い金色だ。
瞼を下ろし、口元に微笑みをたたえている。その顔つきはあどけない少女が楽しい夢を見ているかのように見えた。起こしてしまうのが憚られるような寝姿なのだが……。
「カトレア様」
開け放たれたドアからフードを目深にかぶった一人の聖職者が速足に入り込み、横たわる少女へ声をかけた。
すると、カトレア様――カトレア・チョイトヨイヨイは目を閉じたまま、むくりと上体を起こした。
「サザンカ、どうしましたか」
カトレアは優しい笑顔でそう問いかける。
だが、依然、目は閉じたままだ。
「ホイサの【賢者の麻薬】ルートが壊滅しました」
サザンカ――サザンカ・ズンドコソレソレは息を整えながらそう告げた。
サザンカはカトレアと同じく白いローブを纏っているが、カトレアのローブのへムが最高位を示す金色のモールであるのに対し、サザンカのヘムは僧兵であることを示す赤のモールが配されている。
サザンカは目深にかぶっていたフードを引き上げた。
ローブの下から現れたのは、赤毛のウルフカット。
鋭い眼光。キリリとした顔立ちの女性。年の頃は二十代か。
そして、額に刻まれている【審判の紋章】。
「……なぜそのようなことを報告するのですか。壊滅したのであればまた作るだけのこと。その程度のことをいちいち私に報告していたのではキリがありませんよ」
カトレアは目を閉じたまま、優しい口調でそう言うと再びソファーへ横になろうとした。
「いえ。ホイサのルートを壊滅させたのはアデッサ、ヤーレンの第十三王女、アデッサなのです」
「アデッサ!」
カトレアはバンと起き上がり、目を開いた。
エメラルドのように美しく輝く右の瞳。
そして左の瞳があるべき場所には【絶望の紋章】が刻まれている。
「あぁ、アデッサ、アデッサ……早く、早く逢いたい!」
カトレアは優しい声でそう言うと、祈るように手を合わせ宙を仰ぎ見た。
お読みいただきありがとうございます!
第1章はここまでとなります。こんな感じでコンパクトにテンポよくいい加減に?進めていく予定です。
流れとしましては、今回のように章を追うごとにアデッサとダフォディルが新しい村や街などを訪れ、そこでひと悶着あるパターン。背後に見え隠れするカトレアの陰謀と、まだ見えぬ何か、そして戦争へと傾いてゆく世界。。。と、特別斬新ではなくとも、ゆるりと楽しんでいただけるお話を目指して頑張りますので、よろしければ続きも、是非♪
尚、少し落ち着くまでは引き続き、改稿が多めに発生してしまう見込みです。申し訳ございません。
ではでは!m(_ _)m