鈍色の自由
アデッサのピンチ!そこへ現れたのは。。。
ソイヤがアデッサの口へ【賢者の麻薬】を詰めこもうとした、そのとき――
「うあッ!」
アデッサを囲っていた三人の男たちとソイヤが小さく悲鳴をあげた。
その体はいつの間にか、ルーン文字が刻まれた黒い帯で縛られている。
この黒い帯は警備隊などで使われている魔法の拘束具だ。体の自由を奪われた男たちはその場に倒れ込み、拘束を解こうともがく。
「そこまでよ」
ダフォディルの声。続いてその背後から――
「動くな!」
と、昼間にソイヤの家へ訪れた警備隊長が現れた。
同じく、もう一人、昼間に現れた警備隊員が続く。
ダフォディルはアデッサに駆け寄ると、アデッサの体を男たちのそばから引き離した。そして、その顔にできた痣を見てハッと息をのみ、きつく抱きしめる。
「アデッサ、ばか! 駄目といったのに」
「ダフォ……すまない」
安心したのか、ダフォディルの目からとめどなく涙が零れおちる。
アデッサはダフォディルに支えられながらよろよろと立ちあがった。
見ると、三人の男たちとソイヤはすでに警備隊長の前に膝をつき並べられている。
アデッサはふてぶてしい顔で視線を逸らせているソイヤに語りかけた。
「ソイヤ……」
「……領主にはソイヤの減刑をかけあってあるわ」
ダフォディルは涙を拭きながらアデッサにいった。
アデッサは後ろ手に縛られたロープを気にもせずに、ソイヤの前へと歩みでた。
「ソイヤ。聞いてくれ。私は……君のような子供が不幸にならない、幸せな世界を、私は……いつか……」
ソイヤがギラリとした視線をアデッサにむける。
まるで、獣のような目。
魔王討伐の旅のなかでアデッサがなんども対峙してきた、相手を憎む者の眼差し。
「……不幸? 幸せ?」
「……」
「ふざけるな!」
ソイヤが大声で叫んだ。
「俺が不幸に生きる自由までお前に奪われてたまるか! 何が幸せだ! お前ら王族は俺たちを国のオモチャとしか考えてないんだよ! 自分の国の飾りとしか、ペットとしか考えてないんだよ! いいか!? 貧乏だったって、惨めだって、俺は俺らしく生きて、俺らしく死ぬんだ!」
立ち上がろうとそるソイヤを、警備隊長が押さえつける。
「お前の嘘っぱちの幸せで、俺の自由を奪えると思うな!」
アデッサはうつむいたまま長く考え、そして、口をひらくいた。
「ソイヤ。君の声はたしかに受けとめた。いつか、そういう生きかたにつかれたら、私を頼ってほしい。私は……私はやっぱり、君が、君たちが幸せになれる世界に変えてゆきたいのだ……」
「ぐはっ!」
ソイヤが血を吹く。
アデッサが顔を上げると、警備隊長の剣がソイヤの胸を貫いているのが見えた。
アデッサには何が起きたのかわからなかった。
続いて、縛り上げられていた三人の男たちも次々と、警備隊長と隊員の手により殺されてゆく。
アデッサは茫然と数歩歩みでて、倒れたソイヤの前で膝をついた。
ソイヤは、既に息絶えている。
「ふん、口だけは達者な子ネズミが。人のシマを荒らしやがって」
警備隊長と隊員は、男たちの死体から【賢者の麻薬】だけをはぎ取ってゆく。
「ハッ!」
アデッサが振り返ると、ダフォディルが拘束の魔具で縛り上げられていた。
「……警備隊長」
「このあたりのクスリは俺が仕切っていたんだがな。最近子ネズミどもがチョロチョロとシマを荒らしているのが気になっていたんだ。まさかコイツらだったとは」
そう言うと警備隊長はアデッサへと歩み寄った。
「無様だな。魔王を倒す力があっても人間の男は斬れないとは。さて、俺はコイツらのような下卑た商売は好まん。魔王を討伐して世界を混乱させた罰として、ひと思いに殺してやろう」
横たわるソイヤの足を蹴り飛ばす。
「このガキだって、お前が魔王を倒さなければ死なずにすんだ。あの世で詫びておけ。なぁに、心配するな、領主には『既に死んでいた』と報告しておいてやる」
「斬れぬ――」
後ろ手に縛られたまま、ソイヤの前で膝をつき俯いていたアデッサがポツリと語った。
「――斬れぬわけなど、ないではないか」
続けて、『瞬殺』とつぶやくと、アデッサの両腕を縛っていたロープがはらりと切れる。
警備隊長と隊員は剣を構え直し間合いを取った。
アデッサは自由になった手でソイヤの背中から溢れ出たどす黒い血を撫でた。そして、血で染まった手で口もとを拭う。アデッサの唇がソイヤの血で染まった。
そして【瞬殺の紋章】が刻まれた右腕をそっと伸ばすと、紋章から赤いルーン文字の帯が噴き出し、投げ捨てた【王家の剣】を絡め取り、アデッサの前へと掲げた。
アデッサが剣を取る。
「魔王を屠ったこの【瞬殺の紋章】。数ある【究極の紋章】のなかで最強の攻撃力を誇るこの力が、人間の男ひとり、斬れぬわけがないではないか」
アデッサの冷たい声が響く。
「私はただ、魔の者と対峙したこの剣を民には向けたくない。そう願っただけなのだ」
アデッサが顔を上げる。
その眼差しに先ほどまでの人間らしい温かみは欠片も残されてはいない。
そこに立つのは冷徹に敵を屠る世界最強の勇者、赤のパーティのエース、瞬殺姫であった。
目の前の怪物が桁違いの強敵であることを本能が察知し、警備隊長の体が抑えようのないほど震えだした。
常に浮かべていた余裕の表情は絶望に歪み、手も足も、己の死を前にして引きつり、言うことを聞かない。そしてあろうことか、極度の緊張で震える手が剣を落としてしまう。
「チ、チクショー! チクショー! ぐああああ!」
警備隊長はガクガクと震えながらも剣を拾おうとするが、手が思い通りに動かない。
やがて、ハッと思い出したように剣を拾うことを諦め、先ほど男たちから押収した【賢者の麻薬】を取り出すと口へと詰め込み始めた。すると体の震えがピタリと止まり、こんどは笑いはじめる。
「はははは……あはははははは! あー最高の気分だ! 瞬殺姫、俺はお前なんかこわくないぞ! こわくなんかないんだ! さあ、殺せ、殺せるもんなら殺してみろよ!」
警備隊長は剣を拾いゆらゆらと剣を振り回しながらアデッサへと近づく。
アデッサはその始終を冷ややかな視線で見つめていた。
そして――
「瞬殺」
と、呟く。
警備隊長がその場へ崩れ落ちた。
もう一人の警備隊員は……既に絶望の表情で気を失って倒れている。
拘束の魔具から解放されたダフォディルがアデッサに駆け寄り、後ろから抱きしめた。
いつもは澄ましているその顔は少女の幼さを取り戻し、感情のまま、悲しみに歪んでいた。
「ダフォ……わたしは……」
アデッサは空を見上げた。
「ダフォディル。私は、強くなりたい」
溢れでたアデッサの涙が、ソイヤの血で濡れた頬を伝う。
ダフォディルは何もいわずアデッサを抱きしめる手に力を込めた。
――アデッサ。私はあなたを支えたい。例え、この身に代えることとなっても。
空を見上げるアデッサにすがりながら、ダフォディルは決心した。
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第一章のエピローグへと続きます。。。
2020/06/02:改稿しました。