鈍色の自由:プロローグ
第一章開始ですm(__)m ゆるゆるなコメディと百合、そして残酷な展開の物語となります。
よろしくお願いしますm(_ _)m
ブロンドの少女が差し出した左手に黒髪の少女が右手を合わせ、二人は深く指を絡ませた。黒髪の少女はスカートを靡かせながらくるりと一回転してブロンドの少女の胸の中へおさまる――まるで、恋人同士が踊るダンスのように。
ブロンドの少女は長剣の切っ先を敵のボスへ向けた。右腕に刻まれた赤い紋章がキラリと光る。
黒髪の少女はブロンドの少女の胸の中で目を細め、口元に冷たい笑みをうかべた。つぎの瞬間、その左腕に刻まれた紋章から青く光るルーン文字の帯が噴き出し、二人の体を包む。
四方から放たれた槍が唸りをあげて迫り、二人を串刺しにした――かのように見えたが、すべての槍は青いルーン文字の帯に弾かれ、甲高い音をたてて地面へころがる。まるで、鉄の壁に突き立てたかのように。
「まだやるかい?」
ブロンドの少女の、綺麗に澄み遠く響く声。まるで青年のように凛々しく爽やかな笑顔。
だが、その清々しい笑顔の周囲に横たわっているのは、おびただしい数の死体。
二人が立っているのは荒れ地に適応した獰猛な種族、『ホイサ・リザードマン』の死体の山のうえだ。
「ウグググ……ニンゲン、マホウ、コロス!」
少女に切っ先を向けられたボスは同族よりふた回りも大きなワニ型の体を怒りに震わせた。そして――
「コロス!」
そう叫ぶと巨大な槍を滅茶苦茶に振り回しながら二人の少女へ向けて突進する。形も技もない粗暴な攻撃。だが、まるで岩山が崩れ落ちてくるような迫力だ。
だが、二人の少女はピタリと体を合わせ指を絡ませたまま、まるで舞踏会のように軽やかに、一糸乱れず、屍の山を越えてその巨体へと向かってゆく。
「瞬・殺ッ!」
◆
夜の荒れ地を煌々とてらす月明り。
焚火を囲う旅の少女が、ふたり。
「……平和だ」
ブロンドの少女は夜空をぼんやりと眺めながらつまらなそうにつぶやいた。
「村を苦しめていたリザードマンは全滅させたんだし。平和で何よりじゃない」
黒髪の少女が抑揚のない声で淡々と返す。
「……そうだ、ダフォ! 夜行性のモンスターを狩りに行こう!」
ブロンドの少女は黒髪の少女にそういうと傍らへ雑に投げ捨てられていた剣をつかんだ。
――この少女こそが強国ヤーレンの第十三王女にして世界最強の勇者、アデッサ・ヤーレンコリャコリャ。
通称『瞬殺姫』。
アデッサの手にかかればどんな相手も瞬殺!
その秘密は右腕にきざまれた【瞬殺の紋章】だ。この紋章がきざまれた者の一撃は神をも滅ぼす。アデッサはこの紋章の恩恵によりドラゴンを、クラーケンを、そして魔王をたおし、世界を救う勇者となったのである。
だが、あまりの強さにまわりの男はドン引き!
腐っても姫、自称『ちょっとボーイッシュな美人』であるにもかかわらず、ブロンドのショートヘアにさりげなく流行りの髪飾りをつけてみても、ホットパンツとニーハイブーツのコーデで艶めかしい絶対領域を強調してみても、男日照りが続く今日このごろ。絶賛彼氏募集中の17歳。
と、立ち上がろうとしたアデッサの腕を細くしなやかな手が引きとめた。
「このあたりの夜行性モンスターはこのまえ全部討伐したでしょ。アデッサが」
――アデッサを引き止めた少女。その名は、ダフォディル・ソーランハイハイ。
漆黒の前髪ぱっつんショートヘア。透き通る白い肌。少し小さめな顔に少し小さめの鼻と少し小さめな口に少しカールした上唇。大きなお目々の長いまつ毛のその奥からは儚げな眼差し。黙って立っているだけで次から次へと男が寄ってくるタイプ。少し自閉的で低血圧な16歳。
彼女の左腕にきざまれているのは【鉄壁の紋章】。
アデッサの【瞬殺の紋章】と同様に【究極の紋章】のひとつだ。この紋章がきざまれた者は敵の攻撃を跳ねのける力を持つ。
さて、この【鉄壁の紋章】、もとはと言えばアデッサの左腕にきざまれていたのだが……ひとり退魔の旅をしていたダフォディルがひょんな事件をきっかけにアデッサから【鉄壁の紋章】をゆずりうけ、ともに旅をすることとなった経緯は――また、のちほど。
「そだった……」
アデッサはダフォディルに釘をさされ、がくっと肩をおとし――
「あーんもう、暇ッ! 退屈ッ!」
と、手入れの行きとどいてない薄汚れた【王家の剣】を地べたへ乱暴に放りだした。
そして駄々っ子のようにゴロリと横になり、ダフォディルの膝に頭を乗せる――その寸前に、ダフォディルは膝をよけた。空振りしたアデッサは『ゴスッ』という音をたてて後頭部を強打する。
「なあ……ダフォ……」
アデッサは地べたへ寝転がったままダフォディルを見上げた。美少女と言うよりも、美少年のようなアデッサの顔立ち。男子よりも女子の熱烈な視線を奪いがちなくちびる。さらりとしたブロンドの陰からのぞく凛々しい眼差しに射抜かれて、ダフォディルの胸がきゅんと鳴り、頬は微かに赤らんだ。
思わず、心の奥がユラリと揺れたことを悟られまいと、ダフォディルは視線を泳がせる。潤んだ瞳が焚火を反射してキラリと輝いた。
「……あ、アニよ」
アデッサはダフォディルの動揺など構いもせずに無言のまま、横座りしているダフォディルの腰に手を回すと鼠径部へ頭を乗せた……そして、顔を下腹部へぐりぐりと押し付ける。
アデッサの咄嗟の行動に反応できず、ダフォディルのお腹がきゅんと鳴った。
「……な! ななな!」
旅の最中で何日も風呂に入っていない。気になるにおいを嗅がれてしまう、と、身構えたその瞬間にアデッサがそこへ鼻先を押し付けたまま、スうッと息を吸った。ダフォディルの紅潮が限界に達する。
「ちょっと、アデッサ!!」
ダフォディルは細い腕でアデッサの金髪をポカポカと殴る。
だが、その手首はアデッサに易々と押さえられてしまう。
「ダフォ……なあ、いいだろ?」
アデッサが凛々しい目を細め、甘えるように膝の上から見上げた。
(アデッ、サ……)
言葉にならない。
ダフォディルの抗議の声はアデッサのまなざしひとつで封じられてしまった。
主導権を握ったアデッサは彫刻のような口もとを甘えるように緩ませ、ダフォディルがこばまない範囲をたしかめながら、そしてその範囲をすこしずつ広げながら、腰回りを顔と腕でしめつけて、やわらかな下腹部を頬で撫でた。
ダフォディルは抗おうとする――が、アデッサには力ではかなわないことを理由に、すっと体の力をゆるめるた。アデッサのあたたかな息づかいを下腹部に感じ、お腹がもういちど、きゅんと鳴る。
ダフォディルは速まる呼吸を悟られまいと口もとを手の甲でおおう。
激しく脈打つ心臓に途切れ途切れとなりながら熱い息を少しずつ吐きだし、痙攣するかのように瞬く瞼をそっとつぶった。
(アデッサにそんな気があったなんて)
と、心臓をバクバクさせながら身をまかせる……だが、いつまでたってもアデッサはダフォディルが覚悟した領域には侵入してこない。
「……アデッ……サ?」
ダフォディルが薄目を開けると、アデッサは自分の膝を枕に、すでに熟睡の体勢へと移行していた。
「いいじゃないかぁ、ダフォ……膝枕ぐらい……むにゃむにゃ」
夜の荒れ地に後頭部を強打する『ゴツッ』という音が、再び響いた。
お読みいただきありがとうございます!
2020/07/18:大幅に改稿しました。