瞬殺姫〆アデッサの冒険【挿絵あり】
瞬殺姫アデッサとダフォディル冒険、開始です♪ よろしくお願いいたします!m(_ _)m
翼が大気をひき裂く音が谷間に響いた。
空を舞う巨体が太陽をさえぎるとあたりは一瞬夜のように暗くなり、そしてまた、昼へともどる。
岩陰で待ち伏せをしている精鋭たちは千載一遇の好機をのがすまいと手にした武器を握りなおし、低く身がまえた。騎士、戦士、魔法使い、聖職者……ひとりひとり名の知れた錚々たる顔ぶれだ。
翼の主はすでに自分が待ち伏せされていることに気づいていた。
だが、何千年ものあいだ王者として君臨してきた彼は、人間どもの待ち伏せなどを恐れはしない。警戒をするそぶりさえ見せずに、大胆に、待ち伏せの中心へ向けて降下してゆく。
巨大な翼が二度、地を扇いだ。
嵐のような砂ぼこりがあがり着地とともに大きな地響き。たちこめた土煙が薄らいだ、その狭間から巨体が姿をあらわす。
精鋭たちはその凶悪な姿をまえに、体をこわばらせる。
この怪物がこれまで対峙してきた敵よりもはるかに強力であることを、それぞれの経験から的確に感じ取っていた。
戦士が先陣を切る。
雄叫びをあげ、岩陰からとびだすと強烈な一撃を巨体へ叩きつけた。それを合図に、魔法使いは精神力のかぎり攻撃魔法の呪文をとなえ、騎士が魔剣をふるい、召喚士は精霊へ命令し、聖職者は守りをかためる。
手応えはあった。
だが――刹那の静けさのあと谷間の空気がはりつめ、続いて、空が割れてしまうほどの咆哮が響く。精鋭たちは身をすくませて防御の体勢をとった。
咆哮は止むことなく、やがて吐く息が熱気を帯びはじめ、ついには噴き出す炎へとかわる。灼熱の炎の息が轟音とともに周囲を焼きつくしてゆく。
巻きあがる炎を背に悠々と首をもたげる、翼の主。
モンスターの王、ドラゴン。
そして、その前へ悠々と歩みでるひとりの少女――
「瞬殺!」
◆
波が山のようにそそり立つ。
二百人乗りの巨大なガレー船が荒れ狂う海原で木の葉のようにゆれる。
砕けた波が四方から叩き付け、船は折れてしまいそうな軋み音をたてた。いくつもの死線をくぐりぬけてきた船乗りたちさえも、船と己の最期を覚悟した。
だが、その異変さえもほんの幕開けにすぎない。
数百メートル先の海面がせり上がってゆく。
唖然として見まもるあいだに、せり上がった海面はメインマストを越え、はるかに高くなっていった。なだれ落ちる海水のむこうに、赤黒く、あまりにも巨大な肉塊がのぞく。その様子はまるで海底から突然、島が浮上してきたかのように見えた。
海中から水面へと現れた、感情を持たぬ巨大な眼がギラリと睨む。
なにかが爆発したかのような音をたてて水面が割れ、何本もの、竜の首のような触手が海中から現れた。
深海の異形の王、クラーケン。
そして、ガレー船の舳先で仁王立ちをするひとりの少女――
「瞬・殺!」
◆
辿り着いた最終ダンジョン。
迎えうつ魔王。
その力は神の領域に――
「瞬ッ・殺ッ!」
全ての敵を瞬殺し、少女が勝利の雄叫びを上げる!
「おおおおおおおおおッ!」
こうして世界は平和になる――
筈だった。
だが、魔王討伐により世界はかえって混乱してゆく。
魔王による悪事がなくなると冒険者たちは次々と職を失っていった。
そして冒険者からの需要により支えられていた武器屋、商人、宿屋、医者……などが不況にあえぎ始める。
経済だけではない。
魔王という絶対悪の存在を失い『正義』の定義は曖昧となっていった。魔王という共通の敵をうしなった国々は自国の利益にはしり、隣国との対立を深めてゆく。
世界は魔王へ向けられた刃の上で絶妙なバランスを保っていたのだ。
各国は『魔王なき世界の新秩序』を模索しはじめる。
だが、どの国もブレイクスルーとなるアイディアを出すことはできなかった。
そして、安直にも軍備の強化へと走りだす。つまり、冒険者に代わる『兵士』と言う人材の受け皿を創出し、魔王に代わる新たな敵である隣国との緊張感の上に、従来然とした経済的繁栄を取り戻そうとしたのだ。
人間と人間との憎しみ合いの上でバランスを取り戻そうとする世界。
魔王討伐からわずか数か月で、ここ『ミンヨウ大陸』の国や街、そして村々までもが、きな臭さで包まれていった。
まるで、魔王が残した呪いのように。
◆
そして、少女は再び旅に出た。
あのときと同じように、人々の幸せを願って。
私は、殺すことしかできない。
魔王なき世界で、何と戦えばよいのだろう。
答えは見つからなかった。
だから、少女は再び旅に出た。
新たなる仲間と共に。
【イラスト:コウ(左)様】
お読みいただきありがとうございます。魔王なき世界をこんな感じの女の子が旅をして回る物語♪
ゆるい笑いとシリアスが織り交ざった展開となります。
2020/06/17:コウ(左)様に描いていただいた超美麗イラストを追加しました!
2020/07/18:大幅に改稿しました。




