9.一筋の光
目を開くと、何もかも手遅れになっていた。
マユーの魔術によって彼女の自室に転移したオレは、宿舎の住人に気付いてもらってすぐ気を失った。
オレが医療聖教に運ばれて初めて、≪光の剣≫に何かがあったとギルドが把握し、オレの目覚めを待つ間に金鉱山を封鎖させている職員に連絡を取ろうとしたが、音信不通であった。緊急クエストと称し、トキゾチーク級からアダマンタイト級の冒険者チームを計4組集め、≪砂の魔術師・ニクイルャン≫の忠告を無視してギルドが冒険者達を金鉱山に向かわせたのは、そのすぐ後のことだった。
オレが目覚めたのは、日が沈んで間もない頃だった。
ギルド職員から、金鉱山に向かった冒険者達から連絡が途絶えたと話を聞いた後で、オレがあそこで体験したことを説明し、次になぜオレがマユーの自室にいたのかを説明しようとしたとき、この世の終わりを告げる地響きが街中を包んだ。
窓の外を見ると、どんよりとした暗雲が空に広がり、幾百もの赤雷が、隣町と、その隣町と、そのまた隣町へと絶え間なく降り注いでいた。
赤雷は瞬く間に地上を火の海に変え、幾千、幾万もの命を一切の容赦なく蹂躙していた。
血相を変えてギルド職員が病室を出ていったあと、オレは真っ赤に燃える隣町を見ながら、そこで理不尽に晒される人々のことを思い、ひっそりと涙を流した。
これが、彼女の決断の先にあったもの。
オレ1人の命を救う代わりに、彼女は幾万もの命を溶かし尽くした。黒い獣の手によって、尊くある筈の彼女の魔術は、名誉は、未来永劫穢され続けることが確定した。
遅かれ早かれ、黒い獣の特性は全世界に伝達され、チーム≪光の剣≫を筆頭とした冒険者達の魔術が、鍛え上げられた技の数々が、人類への害悪になったことを知るだろう。そして、底知れぬ失望と怒りをその胸に抱くだろう。
アリシアのことを、ザニィのことを、マユーのことを想い、そっと息を整えて、神言を唱える。
「……『ヒカリノツルギ』」
『一角の両刃剣』が極光に輝き、身体を照らした。それは癒やしの光となって、身体のあちこちに刻まれていた傷を治療し尽くした。
闇を光へと転じさせる、ザイザル神の御力。遅すぎる覚醒の光の中で、静かに覚悟を決める。
「……お前の選んだやりたいことを、オレは全力で応援するよ。それがオレのやりたいことだから――」
ザイザル神に選ばれた者として、≪光の剣≫の重みを背負おう。
チームのリーダーとして、≪光の剣≫の名を背負おう。
彼らの友として、≪光の剣≫の罪科を背負おう。
彼女の愛した者として、≪光の剣≫の、その全てを背負おう。
途方もない道のりを見据えると、気は重くなる。けれど、また彼らのために生きられるのだと思うと、ほんの少し、勇気が沸いた。