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6.燃え盛る炎

 アリシアが死んだ。

 ザニィも死んだ。


 その現実を受け入れることが出来ず、思考が、身体が植物化したかのように止まってしまう。

 次は自分の番だ。動きを止めれば、自分も同じ運命を辿ることは明白だ。だというのに、黒い獣への恐怖と、仲間を失ったことへの失意が自分の何もかもを縛り付けていた。

 皮肉なことに、その縛りを解いたのは、同じく死に向かおうとする仲間の姿。


「その手を退けなさい、黒い獣!」


 マユーは、とっくの昔に走り出していた。

 黒い獣を倒すために。至近距離で、最大火力の炎魔術を当てるために。そして、怒りのあまり我を見失ったがために。


 高い魔術耐性を持つと予想される相手に、至近距離でその耐性を上回る魔力量の魔術を炸裂させる、その戦術は間違っていない。しかし、それはオレやザニィのような前衛が攻撃を引きつけることで初めて成立する戦術だった。


「『カリュウノミタマ』!」

 

 ≪墜ちた神獣・火竜≫の鱗で作られた魔具、≪火竜の手甲≫を装着して腕を横に振るうマユー。彼女の目の前に3つの巨大な火炎が沸き上がったかと思うと、それは弓矢の如く宙を走り、着弾と同時に黒い獣を後方へと吹き飛ばした。

 黒い獣が吹き飛んだことで、ヤツが腕で押し潰していたザニィの姿がクリアに見えた。

 何度も死線を潜り抜けて培った直感が告げていた。黒い獣に腕を振り下ろされた時点で、ザニィは死んでいたのだと。聖根水ポーションも、活性の魔術も死人には意味をなさない。救う術は、もうない。

 マユーの瞳にも、ザニィの姿が映ったのだろう。1度足を止め、歯を食いしばり、次の瞬間には腕を黒い獣へ向けていた。


「……さない、許さないわ! 骨すら残さず、この世から燃やし尽くしてやる!! 『ユキダチナワ』、『ホノオノロウゴク』!!」


 未だ岩肌で倒れている黒い獣めがけ、2つの炎が迫る。

 1つは、相手を縛る業火の縄。もう1つは、相手を閉じ込める灼熱の檻。着弾と同時に黒い獣は炎によって拘束され、身動きが取れなくなった。

 普通の獣なら、このまま炎に焼かれて死に絶えるだろう。だが、相手は尋常ならざる獣だ。アリシアの『キョゲイスイレン』を耐えたのなら、この程度の魔術など春風に頬を撫でられることと大差ない。だから、これは次の魔術をお見舞いするための下準備だと分かった。


「喰らいなさい――『カリュウクリカラ』!!」


 それは、既に発動している炎魔術を触媒とし、その数10倍もの魔力量をもつ炎を発生させる、赤系統の極地とも言える魔術だった。

 熱の縄と檻は強大な竜巻となって空へと上り、暗雲を晴らす。このまま辺り一帯を熱風で包み、燃え盛るような山火事を起こそうとも彼女は構いはしない。マユーはありったけの魔力を注ぎ込み、このまま黒い獣を仕留めきるつもりだった。


 マユー自身の内面を映し出すかのように、炎嵐は荒々しく、不安定に盛る。

 その中で、ゆらり、と漆黒の影が揺らめいた。驚くべきことに、黒い獣は炎に焼き尽くされることなく、未だに原型を留めていたのだ。

 あのときと同じだ。上空1000メートルで『セイスイノカザカゴ』の水壁越しに見えた、歪む漆黒の影。マユーは魔術の維持に集中しているのか、それに気づいていない。


「マユー、伏せろッ!」


 オレがマユーに飛びつき、覆い被さる。その直後、黒い獣によって投擲された岩が、ついさっきまでマユーの立っていた位置へと落ち、地面にクレーターをつくって砂へと還った。

 マユーの集中力が途切れ、『カリュウクリカラ』が解除される。目が眩むほどの熱量が辺りに飛散し、嵐の中心にいた黒い獣がその巨躯を曝け出した。


 煙の上がる頭部。焼き焦げた翼。墨になった爪先。それらはものの数秒で再生を果たし、あの歪なアシンメトリーな姿に戻る。オレは2つの煙玉を地面に投げ、姿が隠れたことを確認してからマユーへ手を差し伸べた。


「一旦離脱するぞ、良いな?」

「……うん」


 元気のない返事を返すマユー。アリシアとザニィを殺された上に、自身の扱える最大火力の魔術が効かなかったのだ、当然だろう。しかし、それは恥じることではない。

 今の攻防で見つけたのだ、黒い獣を打倒するための鍵を。

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