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2.クエスト前夜

 おそろしいほど落ち着かなくて、そして楽しい夜だった。

 いや、楽しいというには語弊があるかもしれない。武者震いか、あるいは怖じ気づいているのか。これまでにないほど精神が昂ぶっている、という言い方が適切だろう。なにせ、≪黒い獣の討伐≫を明日に控えているのだ。


 ≪黒い獣の討伐≫――ギルドマスター直々に依頼されたこのクエストは、既にブロンズ、ゴールド、プラチナ、ダイアモンド級に属する、計4階級の冒険者チームを返り討ちにしていた。その中で最も腕が立ち、唯一の生存者であった≪砂の魔術師・ニクイルァン≫が、『非常に屈強な黒き獣なり。少数精鋭で伐つべし』と走り書きを残して発狂してしまったのだ。これには血気盛んで、富と名声に目がない冒険者達も怖じ気付いた。ギルド側も、最上級アダマンタイトの称号を持つ冒険者チームしかクエストを受けられないよう、報酬とレーティングを吊り上げてしまい、待ちの状態が1ヶ月近く続いていた。

 そこで、見るに見かねたギルドマスターが、最近アダマンタイトに昇級したばかりのチーム≪光の剣≫、つまるところオレ達の冒険者チームに目を付け、特別待遇でクエストを持ちかけたという運びである。

 

「さて、まずは黒い獣の特徴について整理しましょうか」

 そう言って、先日ギルドマスターから渡された羊皮紙を手に持ち、意気揚々とこの場を仕切るのは≪聖水の魔術師・アリシア≫だ。

 この世界の主教たるサンザイザル教。その信徒を束ねる26人の神父の内の1人を、アリシアは父にもつ。

 チームメンバーの中で、いや、冒険者全体の中で見ても、彼女ほど高貴な出自の者はいないだろう。幼い頃から一信徒として活動してた彼女は、サンザイザル教の威光を知らしめるために魔術を納め、冒険者となり、こうして活動を共にしていた。そして、置物同然のリーダーの代わりに、彼女はチームの指揮をすることが多かった。


 そのアリシアから羊皮紙を取り上げ、酒を飲みながらまじまじと文字を見詰めるのは、チーム内で最も粗忽者の≪疾風の剣士・ザニィ≫だった。


「どれどれー。おほん、『≪砂の魔術師・ニクイルャン≫によると、その黒い獣は、岩のように角張った鱗をもち、丸太のように太い腕と脚をもち、屋根のように広い翼をもち、幽鬼のように恐ろしい顔をもつ。そして、ただただ強い』だとさ。何だぁ、そりゃ」

 

 読み終えてすぐ、ザニィは両手を広げてオーバーリアクションを取る。その反動でザニィの手から羊皮紙が滑り落ちてしまい、「おっといけね」と声をあげてる間に、空中に漂うそれをチームの最年少冒険者が掴み取った。


「ちょっと、ザニィってばちゃんとしてよね。ただでさえ、おっちょこちょいなんだから」

「へいへい。悪かったよ、魔術オタクちゃん」


 魔術オタク。ザニィからそう呼ばれているのは、≪炎の魔術師・マユー≫だった。

 バリアン魔術女学院を主席で卒業した彼女は、将来の安泰を約束される魔術学会の誘いを棒に振り、まだゴールド級だったオレ達のチームに加わった。本人にその理由を聞いたときは、『し、真の魔術の探求は、実践の中にこそあると思うのよね、うん』などと、頬を赤らめながら答えていたのは、もう懐かしい過去の話だ。

 その言葉通り、マユーは実践の中で数々の魔術を編み出し、チームの窮地を救ってきた。その実力と発想力は、疑う余地なく一級品だ。ただ、その病的なまでの探究心に、ザニィからは魔術オタクなどと呼ばれているのである。

 そして、そう呼ばれた時のマユーは、自身の魔力色である炎属性ルビーレッドと同じように、烈火の如き怒りを露わにするのだ。

 

「ちょっと! その別称で呼ぶなって、何度も言ってるでしょ!」

「良いだろう、別に事実なんだからよ。それとも、こっちの方がお好みかい、”マジカルファイアー☆マユーちゃん”」


 これも、以前ザニィが考えた別称だった。ただし、考案した瞬間に炎球を5発も打ち込まれるような別称だったが。


「……良いわ、表に出なさい。そこまで言うなら決着つけてあげる。その魔術の魔の字も知らない稚拙な脳みそ、あたしの炎で溶かしてやるんだからッ!」

「はっ、やれるもんならやってみろよ。ただし、オレの13連撃を躱せたらの話だがな!」


 かちゃり、と腰に携える刀の鯉口を鳴らし、ザニィは舌舐めずりで挑発した。

 風属性ライトグリーンの魔力色。そして、高速の斬撃を至上とするタォキ流を納めているザニィは、高速の13連撃をもって攻撃と防御の両方をこなす。こと戦闘センスだけで見れば、このチームの中ではずば抜けているだろう。


 正直言って、2人は多くの才能に恵まれている。それ故に個性と個性がぶつかり合い、反発してしまうのだ。だから、才能のないオレの唯一の役回りは、チームのサポートに回って彼らの力を十全に発揮させることだと割り切っていた。


「2人とも、ちょっと落ち着けよ。ほら、アリシアが困ってるだろ?」

 

 そう言うと、2人とも急に動きを止めて、アリシアのいる方向をゆっくりと見た。


「あらやだ、ガディックさんたら。私は何も困ってなんかないですよ。これっぽっちも、ぜんぜん」


 軽く鳥肌が立つような、目の笑っていない微笑みだった。

 2人とも顔を青くして、「やだなぁ、冗談だってアリシアちゃん」「ただのじゃれ合いよ、ねぇザニィ」などと笑顔を取り繕う。サンザイザル教の信徒として普段から笑顔でいることの多いアリシアは、その反動からか、怒るときはとことん冷たく恐ろしいのだ。つい1週間前、教会の壁を壊されたことにブチ切れ、巨大な水の牢獄で魔物をジワジワ溺死させた光景は、そうそう忘れられるものではない。


「あー、ザイザル神のような優しい声色をしていて、とっても分かりやすいアリシアの説明を聞きたいなー」

「えっ、本当に?」


 マユーの言葉で、嘘のように表情を和らげるアリシア。ザイザル神の名前を出せば彼女の機嫌が良くなることも、オレ達はよく知っていた。 


「うん、ほんとに本当。はい、これ返すね」


 黒い獣の情報が書かれた羊皮紙を、マユーはアリシアに返す。嬉しそうに微笑むアリシアを見て、2人はほっと胸を撫で下ろし、安心していた。

 その様子を見て、ついほくそ笑んでしまったオレを、笑みの中にあってもアリシアは見逃さない。


「あ、ちょっと何笑ってるんですか、ガディックさん」

「いや、悪い悪い。つい、さ」

「これからの方針を考え、チームの皆を引っ張っていく。それは本来、リーダーである筈のガディックさんの役目なのですからね」


 そう、このアダマンタイト級の冒険者チーム――≪光の剣≫のリーダーは、このオレ≪無色の戦士・ガディック≫なのだ。

 なぜオレがリーダーなのかと言えば、良い意味でも悪い意味でも1番目立つ存在だから、というだけの話である。


 無属性カラーエラーの魔力色。個性がない、という個性の持ち主。希少すぎる魔術的疾患。

 魔術学会曰く、無属性カラーエラーの魔力色を持つ人間は、人類史を振り返ってみてもオレ1人だけなのだそうだ。どの色に属する魔術も、オレには扱えない。それ故に、チームのアイコンとしてはこの上なく機能しており、今回もギルドマスターに目を付けて貰えたというわけだ。


 ただ、無属性の人間は魔術が使えないため、戦闘面においては無能中の無能。

 アリシアのように水の牢獄を作ることも、ザニィのように刀に疾風を纏わせて放つことも、マユーのように灼熱の炎球を放つことも出来ない。

 報奨金でより良い装備を買い、足手まといにならないよう身体を鍛え、戦闘になれば3人のサポートに撤する。それが、オレの役目だと自負していた。


「そうだぜ、ガディ。いくらアリシアちゃんが有能だからって、頼り過ぎるのは良くないってもんだ。勿論、オレ様にもな」

「うーむ、そう言われても事実だしなあ」

「いや、冗談なんだが……」

 本気で首を傾げるオレに、ザニィは困惑する。

「ガディ兄ってば、何か抜けてる所あるよね……」


 そう言って、なぜか残念そうにオレを見るマユー。その理由が分からず、より深く首を傾げたオレを見て、彼女は諦めたようにため息を吐いた。


「ま、そんな天然な所がガディ兄の良さでもあるんだけどさ」

「ん、天然? オレは天然なんかじゃないぞ。むしろ自分の無力さをこれでもかと痛感しているさ。お前達への感謝の念を忘れたことだって、1日たりともないくらいにな」


 胸を張って、そう告げる。その言葉に反応して、ザニィが勢いよく酒を噴き出した。


「ばッ……、そういう所が天然だって言ってんだよ! 聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなこと、言うんじゃねぇ!」

「ええ、ガディックさんは少々謙虚すぎます。自分を下に見過ぎるのも、どうかと思いますよ。もっと胸を張ってください。このチームの名を――ザイザル神の神器たる≪光の剣≫の名を、貴方には背負っていただかねばならぬのですから」

「うっ、またプレッシャーになるようなことを……」


 アリシアの圧に気圧されて、胸を抑える。ドクンドクンと大きな鼓動が、身体中に伝わる。

 武者震いか、あるいは怖じ気づいているのか。やはり両方だろうな、などと思うのは、≪黒い獣の討伐≫クエストの報酬が破格だからだろう。


 クエストを見事達成した暁には、200万ゼニィの報奨金の他に、10000ギルドポイントが与えられる。アダマンタイト級の冒険者チームは、年に5000ギルドポイントを納めなければならず、昇格して最初の年はどうしてもダイアモンドへと降格してしまうケースが多い。それを考えれば、たった1度で2年分のギルドポイントを稼げるこのクエストは破格中の破格だった。


 置物としてのリーダーではあるが、良くも悪くもオレの名で目立ち、ギルドマスターに目をつけて貰えたのだ。危険ではあるが、このチャンスをモノにすることが皆への恩返しになると、オレは確信し、意気込んでいるのだった。

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