10.エピローグ
「こうして、仲間を失った勇者様は、沸き上がる想いを力に変えて、敵を倒したのでした。めでたし、めでたし」
”勇者の御伽話”を語り終える頃には、坊やはぐっすりと眠りについていた。本当に愛おし子だ。あたしは坊やの髪を撫で、額に接吻してから、坊やの眠りを妨げないようにそっと魔術を発動した。
「『テレポーテーション』」
坊やを囲うように、魔術を行使するための神言が陣をなして展開される。レッドルビーの暖かな光――かつて、我らが勇者と対峙した、敵の女魔術師の魔力色によって暗室は照らされた。
”勇者の御伽話”とは、≪原初生命≫の暗黒魔術『キオクノテンシャ』によって、空中に漂う魔力粒子に刻まれた残留思念から抽出された1人の男の記憶を原典とし、兵隊となる子供のために編集された物語のことである。
そう、あたしは黒い獣の子孫。
”勇者の御伽話”を読み聞かせられて育てられた、彼と戦うための使い捨ての尖兵。
そう、彼――異星から来訪したばかりの魔力生命体≪原初生命≫と対峙し、仲間を皆殺しにされ、1人逃げ伸びた先で≪光の剣≫を背負った≪光の戦士・ガディック≫は、今も尚、この星の生命を冒涜する異星の者達と、独り戦っている。
かつて、あたしの親の、その親の、そのまた親のご先祖様が、強大な敵から生存と勝利を勝ち取ってから、およそ100余年が経った。
あたし達の母船は、この星の環境を母星の環境へとチューニングし、青空を暗雲で覆い尽くした。あたし達は勢力図を拡大し、人間の総人口を100分の1まで減らすことで、この星を征服した。
全ては、我らが神たる≪原初生命≫の意思。金鉱山に佇む母船を守り続けている、先導者の夢の形だった。
≪原初生命≫が形を成して間もない頃、まだ心という器官は完全に形成されておらず、≪原初生命≫は”喜び”という感情しか持ち合わせていなかった。
異星侵略を試み、それを成す前に絶滅した母星の生物達。彼らは、”喜び”のみを持つ生命こそが孤独を耐え抜き、機械よりも効率的に、臨機応変に星を征服できると考え、2対の≪原初生命≫を生みだした。
力を司る兄と、知恵を司る弟。
兄は、ただただ強かった。母船が防衛迷彩プログラムを起動し、環境のチューニングをしている最中に活動を開始しするほどタフネスで、人間を殺して力を誇示することに極上の喜びを覚えた。
弟は、ただただ貪欲だった。この星の全てを知ろうとした弟は、人間という生物を知り、魔術を会得し、知的好奇心を満たすことに至上の喜びを覚えた。
そして、かの日――屈強であったはずの兄は死に、弟は不可解な心の在り方を知った。
兄が死んで、弟は2つ目の感情”哀しみ”を得た。弟にとって”死”とは哀しいものであり、決して喜ぶべきものではなかった。
しかし、自分の”死”を喜び、笑いながら死んでいった人間がいた。1人の思い人を守り、燃えながら樹木になった女魔術師が。
その姿を見て、人生の最後を笑って迎えること、哀しき”死”を喜ぶことに、弟は憧れを抱いたのだ。
弟はよりいっそう人間を観察した。サンプルとして回収した人間を解剖し、脳を弄ることで心の神秘を紐解こうとした。その過程で数多の魔術を覚え、記憶を映像として記録する魔術を覚えた。
≪原初生命≫の魔力色は、暗黒色。あらゆる色を内包する”黒”という混色だからこそ、ただ1つ光属性を除いて、この星の魔術の全てを模倣することができた。
心と魔術の研究によって≪原初生命≫から生み出された≪第2世代≫は、喜怒哀楽のすべてを持ち合わせたが感情の発露が希薄だった。
≪第3世代≫は限りなく人間に近い心を持ったが、肉体と魔力生命体の差は大きく、人間と同じ価値観は持てなかった。
そうして生まれたのが、あたし達≪第4世代≫だった。人間の細胞で構成された肉袋に、『キオクノテンシャ』によって抽出された記憶をそのまま脳に焼き付けることで、人間と同じ身体、心、価値観を持った生命が生まれた。
一方で、人間達は生物としての在り方を変化させていった。
魔術学会が開発した禁忌魔術『ラウンドロビン』によって、すべての人間の魂を≪光の戦士・ガディック≫へと接続し、彼の”死”を誰かが自動的に肩代わりするシステムを組み上げた。
それも当然の帰結だ。魔力生命体に立ち向かえるのは、この星で≪光の戦士・ガディック≫ただ1人なのだから。
彼が死ねば、最後の街を囲う極光の防波堤『ヒカリノカベ』が消え、あたし達が人間を回収しに攻め込む。人間が生き延びるには、≪光の剣≫を背負う彼にすべての賭けるしかなかったのだ。
「終わったか、マユー」
馴染みのある声が聞こえる。振り返ると、≪無色の戦士・ガディック≫が装備を整えてあたしを待っていた。
「ええ、あの子は安全な街に送ったわ。これであたし達が死んでも、希望は残る」
「そうか……外でアイツらも待ってる、すぐに準備を」
「了解」
細胞の培養魔術を応用して製造された≪火竜の手甲≫の模造品を装着し、家の外に出る。少し離れた場所では、極光を放つ巨大な剣が空から降り注ぎ、地面に突き刺さっていた。それを見詰めるのは≪巨鯨の星杖≫の模造品を持つアリシアと、≪菊十文字≫の模造品を携えるザニィ。
あたし達はチーム≪光の剣≫のメンバーと同じ記憶を持ち、同じ魔力色、同じ装備を持たされて戦いに駆り出されている、≪原初生命≫の尖兵。
≪光の剣≫に限りなく近いチームが、強大な敵に立ち向かう。≪原初生命≫は何を思ってか、かの日を再現しようとしていた。
ただし、敵は≪原初生命≫ではなく、それと同等以上の力を持った光の戦士ではあるが。
あたしのオリジナルが愛した男は、あたしが愛した男のオリジナルは――砂漠のように荒れた肌をもち、枯れ枝のように細い腕と脚をもち、天使のように輝く翼をもち、ザイザル神のように達観した顔をもつ。そして、ただただ強い。
彼は100年もの間、神罰執行の神器を振るい、闇を光へと変えていた。この星を侵略した異星人と、その子孫を根絶やしにするまで、その極光が輝きを失うことはないだろう。
ともすれば、彼が死ぬか、≪原初生命≫が心を理解することを諦めるか、≪原初生命≫がザイザル神から人間の設計図を奪い取るかすれば、この争いは終わるのだろうか……。使い捨ての駒であるあたし達には、知るよしもないことである。
彼と目が合う。翼を羽ばたかせて空を飛ぶ彼は、巨大な『ヒカリノツルギ』を振り上げ、一切の容赦なくあたし達に振り下ろそうとし――しかし、その寸前で手を止めて、ゆっくりと地上に降り立った。
「……儚きかな。今更このような事をしたとて、我が攻めの手を止めることはなし。お前達が人の世の敵であることに変わりはないのだから」
感情の読み取れない、無機質な声音だった。
そもそも、彼に感情が残っているのか怪しかった。この100年間、『ヒカリノツルギ』を振るい続けた彼の心は、とっくに摩耗しきっているはずだから。
彼の言葉に最初に反応したのは、やはりザニィだった。
「だな。見た目や記憶は人と同じだが、脳みその方はちと違う。≪原初生命≫に弄られているせいで、オレ達の意思はどうしてもお前と戦う事を選んじまうんだ。……だからよ、元兄弟。お前が気に病むことは、何1つねぇんだぜ」
鯉口を鳴らして、ザニィは労るように言う。
「今の私達は、確かにザイザル神に仇なす異教徒なのでしょう。ええ、けれどそんな私達でも、思慮分別を知り、身を賭して善行を積むことは出来ます」
諭すように、優しい声音でアリシアは囁く。
「オレ達は決めたんだ。オリジナルのオレに全力で挑んで、全力で敗れようと。例えオレ達が極光の輝きによって塵になろうとも、人間の心の強さを、尊さをアンタに再確認させることが出来たなら、それには意味がある筈だ」
『一角の両刃剣』を構えながら、ガディックは告げる。
「あたし達は、あなたの夢見た過去そのもの。だけど、それは遙か昔にアイツによって砕かれてしまって、2度と戻っては来ないもの。ねぇ、ガディック。過去を乗り越えて、アイツを倒してくれる?」
両手に炎を滾らせ、あたしは強く想う。
世界は暗雲に包まれ、絶望は留まることを知らない。けれど、一筋の希望すらないのかと問われれば、それは違った。
「……我は見た。その身体は穢れていようとも、魂まで墜ちてはいないと。故に、神器は使わぬ。――オレは人としての技量のみで、お前達を乗り越えよう」
彼は『ヒカリノツバサ』を解除し、『ヒカリノツルギ』すらも解除して、古びた両刃剣を真っ直ぐあたし達に向けた。
ザイザル神の力を纏わずとも、確かにその姿は、人の世に差す一筋の希望に他ならなかった。
あたしは微笑み、心の中で思った。
かの日――あの鈍感で天然な彼に、あたしの想いが伝わった日と同じだな、と。心はあの日のまま、純粋で、どこまでも正直だった。
ああ、本当に、ほんとに良い人生だった。そこに悔いはなく、何の未練もない。
≪光の剣≫の皆がいて、≪光の戦士・ガディック≫がいて、≪無色の戦士・ガディック≫との間に育んだ命がある。それらの前に進もうとする強い意思は、人の心が分からない≪原初生命≫を追い込み、必ずや人の未来を切り開くことだろう。
あとは≪原初生命≫への意趣返しとして、より人間らしく生を終えるだけ。
明日の希望を喜んで、笑いながら死んでやる。
短編『笑いながら死んでやる』は、これにて終わりです。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




