悲しみを越えて
異形の者(ゲスティル)の襲撃があったその日の夜。
無事襲撃を退けベースキャンプに戻ったリリスは、他の中隊に配属されている同じ184期魔導兵士候補生だったブルート・グラと食事をとっていた。
「しかし今日は本当に危なかったよな・・。まさかあんなに大量の異形の者(ゲスティル)がまだ大陸に残っているなんて思わなかったぜ。」
「・・・どうしたリリス? 戦闘食は口に合わないか・・? それなら俺が食ってやるけど」
「あーもう! やめてよね、そういうこと!!」
リリスは自分の手の中にある缶詰を取ろうとしたブルートの腕を叩くと、急ぎスプーンでその中身を口に運んでいく。
「はははは、それでこそリリスだ。」
「お前まで元気がないんじゃせっかくの飯もマズくなっちまうからな・・。」
ブルートは自分の左手の中にある数枚のネームプレートを見つめながら答えると、悲しげな表情を浮かべた。
この日の戦いではリリスやブルートと同じ184期生、つまり魔導兵となったばかりの新兵が10名配属されていた。
しかし異形の者(ゲスティル)の襲撃により、生き残っているのはリリスとブルートの2人のみとなっっている。
ブルートの手の中にはベースキャンプに持ち帰られた彼らが身に着けていたそのネームプレートが握られていた。
ブルート・・。同じ第5魔導中隊に配属されていたジークとは候補生だったころから仲が良かったものね・・。
リリスは訓練生だった頃のことを思い出し、親友を失ったブルートにかける言葉が見当たらなかった。
しかしそのことに気づいたブルートはネームプレートを布に包み懐にしまうと笑みを浮かべる。
「そんな悲しい顔するなよ! 確かにジークを助けられなかったことは残念だが、部隊が全滅したわけじゃない。」
「それに俺達の力は異形の者(ゲスティル)に十分通じることが分かったんだ。それだけでも成果があったってもんだ。」
「・・・そうね。でも私は全く役に立てなかった。私が生きてるのはシルバーナさんのおかげだし・・。」
リリスはブルートの言葉に安堵し、再び食事を口に運びながらブルートに答える。
「そうか、お前エスティア少尉と同じだったな。」
「シルバーナさんの事を知ってるの??」
ハハハハハハ!! リリスの言葉にブルートは大きく笑い声を上げる。
しかしその理由が分からないリリスの表情を見ると、ブルートは更に大きな声で笑いながら答えた。
「ハハハハハ! お前あの人の事を知らないのか??」
「お前も疑似異形の者(ゲスティル)戦の訓練は受けただろ??」
「当たり前じゃない。あれを合格しないと魔導兵になれないんだから。」
疑似異形の者(ゲスティル)戦。それは魔法で作り出された異形の者(ゲスティル)に似た人形を制限時間内にどれだけ倒せるかを確認する最終試験の一つである。
この試験では最低ラインを下回った場合、魔導兵になることは出来ないという厳しい基準が設けられている。
「まぁそうだよな。今回この作戦に配属された184期生は皆成績上位者だったからな。それでもその殆どが死んでしまったわけだが・・。」
「すまん、話が逸れた。それでエスティア少尉はその疑似異形の者(ゲスティル)戦における最高得点を叩き出した100年に1度の天才って言われてる人だぞ?」
シルバーナさんってそんなすごい人だったんだ・・・。
リリスが驚いた表情を浮かべていると、再びブルートが笑い声を上げた。
「やっぱり知らなかったのか! 多分お前ぐらいだぞ知らないのは。」
「お前の第1魔導中隊に襲撃した異形の者(ゲスティル)が一番多かったのに、被害が最も少なかったのはエスティア少尉がいたからだろうな。」
「・・・確かにシルバーナさん、あっという間に異形の者(ゲスティル)を倒してた。」
「そういうことだったんだ・・・。」
はぁ・・・。 ブルートは笑みを浮かべながら食事を続けるリリスの姿に小さく息を吐くと、自分も食事を再開するのだった。
「シルバーナ、ここにいたのか。」
「隊長・・。」
ベースキャンプの外れに立っていたシルバーナにアスベルが近づいていく。
「今回は36人がやられたのか・・。あれだけの数の異形の者(ゲスティル)に襲撃されたんだ。むしろこれだけで被害が済んだのは喜ばしいと考えるべきだろうな・・。」
アスベルはシルバーナの隣に立つと、目の前に横たえられている兵士の遺体に視線を向けた。
俺達の被害は1人だけ。これもシルバーナのおかげだろう・・。
だが他の部隊は負傷者もかなり出ている。やはり今回の作戦は無謀だったか・・。
「今回の作戦で死んだのは多くが私よりも年下の兵士です。私だって今年で21歳、それよりも若い兵士達がです・・。」
「この作戦の本当の目的も知らずにただ命令に従って命を落とした。」
「本当の目的??」
「はい。」
シルバーナはアスベルに向き直ると、旧市街地でヴィリーに知らされた特殊作戦魔導隊の任務の事を話始めた。
「中尉が言うには、特殊作戦魔導隊の任務は家畜となっている人達を処分、いえ殺すこと。」
「そうすれば大陸南部に異形の者(ゲスティル)は食料を失いその数を減らすことになるからだそうです。」
・・・・そういうことだったのか。
他の魔導隊中隊の隊長たちから奴らが調査した街の中で最も大きな建物を魔法で焼却していたという話は聞いていたが、まさか家畜となっている人々を殺すことが目的だったとはな。
だがそれもまた戦略の一つとして否定できない自分がいるのも確かだ・・。
彼らはもはや動物と変わりがない。我々と同じように生活をするのはほぼ不可能だっただろうからな。
アスベルはシルバーナの言葉を聞きしばらく考えた後、シルバーナに答え始めた。
「なるほど、特殊作戦魔導隊が付いてくるにはそれなりの目的があると思っていたがそういうことだったとはな。」
「だが、お前も彼らを見ているだろう? 家畜となっている人達を救っても・・・」
「私、子供に会ったんです・・。」
再び兵士達の遺体に視線を移したシルバーナの言葉にアスベルは口を閉ざす。
「あの子は私の言葉を理解していました。私の言葉通り他の人達がいるところに案内してくれたんです・・。」
「つまり他にも私達と変わらない人達がいたかもしれない。そう考えるたびに燃える彼らの姿が頭から離れないんです・・。」
そう言い終えると、シルバーナは両肩を抱えその場にしゃがみ込む。
その姿にアスベルはその肩に手を添えることしかできなかった。
シルバーナは優秀だが、任務に私情を挟みすぎる・・。
昔から優しい子だったが、それがいずれ命とりにならないといいのだがな・・。
アスベルは体を震わせるシルバーナの元に彼女が落ち着きを取り戻すまで何も話さずに寄り添い続けていた。
翌日。
シルバーナ達、第1魔導中隊は新たな目的地、アストロ兵器工場跡に向かいベースキャンプから北上を始めていた。
ここはアムステア時代に大陸の南部にあった軍事施設の一つであり、資料からその頑健な構造上現在も崩れていない可能性が高く、新たな偵察場所として選ばれたのである。
「シルバーナさん、大丈夫ですか? なんだか目の周りが腫れてるような・・。」
「大丈夫よリリス。でも心配してくれてありがとうね。」
「は、はい!!」
昨夜シルバーナはあの後しばらくの間泣き続け、その腫れが今日になっても引いていなかった。
シルバーナはそのことでリリスに不安を抱かせててしまった自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えるがその反面、リリスの優しさに少し救われた気がした。
「全員お喋りはその辺にしておけ。あそこを見てみろ・・。」
先頭を進むアスベルが身を隠しながら目の前を指差すと、隊員たちもそれに従い身を隠すし魔導照準で前方を確認するが、そこに広がる光景に全隊員が驚愕した。
「た、隊長・・! あれは・・・。」
「ああ。どうやらここは異形の者(ゲスティル)共の拠点となっているようだな。」
アスベルはアストロ兵器工場跡地にから出入りする無数の異形の者(ゲスティル)から目を離さずに隊員に答える。
500・・、いや1000はいるかもしれないわね・・。
流石にあれだけの数は私達だけでは対処できない。
でもこれだけ大規模な拠点、そのままにしておくわけにはいかないでしょうね・・。
そう考えていたシルバーナとアスベルの目が合うと、彼も同じ考えだったのか小さく頷き、べースキャンプの本部へと魔通信を送り始めた。
「こちら第1魔導中隊。アストロ兵器跡地を偵察中、異形の者(ゲスティル)の拠点と思われる地点を発見、応援を求む。」
ザッー・・。 しばらくしてベースキャンプからの返答を受けたアスベルはその内容に小さく頷くと魔通信を終了し、隊員達に振り返った。
「よし、この地点から少し下がるぞ。夜になれば他の部隊もこちらに応援に来ることになった。応援が到着次第、総攻撃を仕掛け敵を殲滅する!」
『了解しました!!』
「ではここに来るまでに通過した川まで後退しそこに仮の拠点を設営。シルバーナ、お前はここでリリスと共に異形の者(ゲスティル)の動きを監視し、動きがあり次第すぐに魔通信で俺に知らせるんだ。」
「分かりました。」
「わ、私も了解です!」
アスベルはシルバーナとリリスの言葉を聞くと他の隊長達を連れ、物音を立てないようゆっくりと後退を開始した。
シルバーナとリリスはその姿が見えなくなるとアストロ兵器跡地の西側にそびえる丘の上に移動し、異形の者(ゲスティル)達から見つからないよう自分たちの周りを視覚妨害の魔法で覆い隠すと、夜まで監視を続けるのだった。
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