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2.静かな山辺の森の木陰にて

 山頂で目が覚めてから一週間ほど経った。


 人と会うのは避けている。寂しくないわけでは無いけれど、山頂での生活はそこそこ悠々自適にやっている。以前寝泊まりしていた岩陰から少し歩いたところにあまりジメジメしてない洞窟があったから、雨風の心配はなくなった。


 空腹を感じたことはない。どうやらドラゴンは不思議な力の源を持っているのか、よほど燃費がいいのかどちらかみたいだ。親切な荷馬さんからもらった碧リンゴは、枕元に飾っていたらいつの間にやら熟れきって真っ赤になっていたので急いで食べた。おいしかった。


 風の強い夜には、こっそり空を飛ぶ練習を続けている。わずかに風に乗って滑空するくらいはできるのだ。…飛ぶというよりは風に吹き飛ばされている気がしないでもない。




 時折、山を下りて人の姿を探すことがある。ある晴れた昼下がり、雪解け水の流れる川沿いの村にこっそり近づいてみた。村中に植えられたリンゴの匂いが漂ってくるくらいの近さだ。


 静かな村だった。川沿いに並ぶ水車小屋が、のどかさを一層醸し出している。畜舎のまわりでは、鶏や牛が柵もない場所で放し飼いなっていた。中には、リンゴをくれたあの馬もいるのだろうか。


 恐らく今は昼寝の時間なのだろう、横になっている人の姿はちらほらと見かけたが、動き回る人の姿はごくまれだった。


「平和そうだね。よかったよかった」


 実を言うと、村のことは少しだけ気がかりだった。


 山のふもとをこそこそ散策していると、日に2,3組くらいは山道を歩く村人や狩人の姿を見かける。彼らの世間話は、山奥暮らしのドラゴンにとって貴重な情報源だ。遠くの国の噂なんかは断片的でよくわからなかったが、日々の暮らしについての話題はついていけた。


 このあたり一帯は雪解け地方と名付けられている。ここよりさらに北の地方は、なかなか雪が解けなくて人が住むには厳しいようだ。平地は少なく、山を一つ越えて浮くたびに次の山は険しさを増し、信じがたいほど高い山脈が列を成す向こう、凍てつく大地に何があるかは誰も知らないという。大陸の北西の端にあるためか、支援も届きにくく、年々人が減る一方のようだ。この村について景気の悪い話しか聞こえてこないのも、どうやらそれが一因らしい。地元の貴族や商人もいろいろ悩んでるんだってさ。


 ともかく、貧しさにあえぐ寒村を想像してただけに安心した。心配しても何も助けられそうにないし。とりあえず今日はもう戻ろう。踵を返して茂みの中の上り坂を歩き始める。


(あんまり歩いてる人見かけなかったな。みんな昼寝中なのかな)

「ぐえぇ」

「ぐええ?」


 ボーイソプラノ声のヒキガエルが潰れる音が足元から聞こえたので下を向くと、果たしてそこには昼寝中だったらしい男の子が踏まれて苦しそうにじたばたしていた。


「げえっ、すいません気付かなくて!」

「あの、僕の上に何が乗っかってるんですか?苦し…」


 急いで足をどけようとして、ふと我に返る。この足をどければこの子の視界も遮られず、わたしの姿が見えてしまうだろう。純朴な少年を怖がらせるようなことはしたくない。でもこのまま踏み続けるわけにもいかないし…。


「今どけます!どけるんですが…ちょっと目をつぶっててくれませんか?別に怪しい者ではないので」

「あっハイ。つぶります。かなり怪しいけど…」


 不信感を我慢して目をつぶてくれた少年の大人の対応に感謝しつつ、足を上げて解放する。あどけないがどこか大人びた顔立ちに鮮やかな金髪。踏みつけちゃった罪悪感が増した。このまま全速力で逃げ出せば楽な気もしたけど、何も言わずに立ち去るのも悪いと思い、とりあえず近くの大木の陰に隠れた。


「もう開けてもいいです」

「ふう。お姉さん、何か見られるとまずいものであったんですか?」

「えーと、モノというか、全身…?」

「全身」

「…とにかく、諸事情で姿は見せられないので!怪しまないでくれるとありがたいです!」

「その割には尻尾が隠しきれてないみたいですけど」

「」


 完全に存在を失念していた。よく忘れて引っかけたりぶつけたりして尻尾は生傷が絶えないのだ。言い訳に困っているわたしを見かねたらしい少年が口を開く。


「あの、実はさっきまで見てたんです。ずっとそこで横になってたので。とりあえず寝たふりしてたんですが」

「…他の人には秘密ですよ」

「わかってます」


 観念したのですごすごと木立の影から顔を出す。少年の顔が明るくなった。


「すごい。ほんものだ」

「怖くない?」

「うーん…本に書いてある通りなら。でも今のとこは全然。触っていい?」

「うう…軽くなら」


 首元のあたりに手が触れた。


「あったかい。トカゲなんかとは全然違う。」

「そ、そう?」

「背中の方も…へえ、こっちもでこぼこだけど硬くは無いんだ。みんな鱗だらけなのかと思ってた」


 男の子の柔肌の感触をくすぐったく感じながら、背中に乗った彼の姿を目で追う。


「…珍しい?」

「わからない。ドラゴンについての一次資料は、第八期の青銅時代末が最後なんだ。それも実際に目で見た裏付けの取れてるやつは二つか三つ。王立図書館の禁書目録の中には、公表されてないだけでもっとあるんだろうな…」

「詳しいんですね」

「ぜんぜん!読める本も読む時間も無いんだから」


 少年が投げやり気味にそう言った。あどけなく笑っていたけど、どこか自嘲的だった。すこし話題を変えることにした。


「あの、もっとこの村のこと、聞いていい?それか、君のこととか」

「いいけど…何も面白くないよ」

「えーとまずは…そうだ、この村って子どもはどこに?見てるとあんまり見かけないんだけど」

「みんな働いてるんだよ」

「学校とかは?」

「無くなっちゃった。ここに引っ越してきたのは最近だからあんまり詳しくないけど、村長の家でちょっと前までやってたみたい。今は領主様が送ってきた役人さんが寝泊まりしてる。村の発展のためには、机に座るより仕事場で身体を動かせってさ」

「ふうん…今はお昼休み?」

「そんなところ。じいちゃんが、今日くらい子供らしく外で遊んでなさいって。仕方ないからこうして外で読書してるわけ」


 少年は視線を落とし、ポーチに詰まった本を大切そうに見た。どれも分厚くて内容のありそうな本ばかりだ。


「お姉さん、また会ってくれる?話し相手がほしくて。誰にも言わないからさ」

「へ?全然いいけど、なんで?わたし何もすごい魔法とかできないのに」

「ドラゴンだよ!?その気になればなんだってできるよ!ぼくはくわしいんだ」

「ほんとかなあ…」


 熱っぽく語る金髪の男の子を前に、わたしはただ気恥ずかしく、曖昧に笑い返すだけだった。

『…記録上の最後のドラゴンとヒトとの接触は、ヴァエギル三十二世の治世下にあった凍方統一王国の建国から600年頃のことである。鹿狩りに出ていた王の前に現れたドラゴンは金属質の鱗に覆われ、体長はさ二階建ての家よりも巨大であったという。王に向かっていくつかの予言を伝えると、ドラゴンは瞬く間に北の彼方へ飛び立っていった。伝えられた予言はすべて実現し、これにより凍方統一王国は何度か領土拡張や産業革命を優位に進めることができたとされる…』――半神的性質を持つ生物についての簡潔な報告(神秘探求教会出版)より――

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