プロローグ
更新はゆっくりですがお付き合い頂けると幸いです
「ようやく完成した」
木造の部屋の中央、同じく木造の机を前に男性は歓喜していた
齢は70を越えているだろうか
長年の賜物である顔の皺は深く刻まれており、どんな時でもその顔は憎悪に染まって見えるだろう
そんな口元をニタァっと歪ませて老人は更に続ける
「いや、完成が目標ではないのだよ。分かっているさ。あぁ、分かっているとも。ここから私の復讐が始まる...私を散々馬鹿にしてきた奴らめ!」
綻んだ口元は、その顔に似つかわしい恨みを叫んだ
「はぁはぁ...はぁ...さて、では始めるとするか。年甲斐もなくワクワクしてしまうな」
老人は机の上に置いた皮紙に手を乗せる
手の中には何やら石が握られている
「さぁ、私の願いを叶えてもらうぞ...」
石を握る手に力が入ると同時に、石が淡く光始めた
そして皮紙に描かれた魔方陣も淡く光始める
その光は徐々に強くなっていく
光はやがて部屋の隅々までも照らすほど強くなる
『ほう』
不意に囁くような声が部屋に響く
『正規の契約書なんぞ久方ぶりだな...我を呼び出したのはお前か?』
「そ、そこにおられるのですか!?」
光が眩しすぎて目を開く事ができないので声で呼び掛けるしかない
『...お前が本当に聞きたいことはそんなことか?』
「!?」
『さぁ、お前が本当に聞きたいことはなんだ?』
「私に...私を馬鹿にしてきた奴等を見返す力を与えください!」
『力、力か...それは膨大な魔力か?はたまた常人ならざる技量か?』
「...そのような物は必要ありません。奴等と同じ力で競ったのでは真に見返すことになどならない!」
『...では、何を望むというのだ?』
「まったく技量も魔力もない私が、そんな私を馬鹿にしてきた奴等に復讐するには、そんな物に頼らなくても力を屈服させ、魔力を無力化する事ができると!勝てると!証明しなければ、思い改めさせなければ!そうでなくては!そうでなければならない!」
『...要領を得んな。つまりどうしたいというのだ?』
「造りたいのだ!そんな物が!」
『...』
「私の力で!奴等に思い知らしめるには、もう自分で造るしかないじゃないか!私が!そんな物を!!世の中にはまだまだ未知の材料が、加工もままならない物も、どこかにそんな可能性がっ」
『もういい、分かった。』
「!?...あぁ!申し訳ありません。つい...どうかどうか」
矢継ぎ早に言葉を発した老人は、突如言葉を遮られたことで、相手の機嫌を損ねてしまったかと怯える
『望むものを授けよう。』
「なんと!ありがとうございますありがとうございます」
『見よ』
そう言われた老人はうっすらと目を開ける
まだ眩しい
眩しいのだが、そこだけは、いや"それ"だけは漆黒の闇のようであった
『"それ"がお主の望みを叶えてくれるであろう』
「ありがとうございますありがとうございますありが」
『では、代償を頂くとしよう』
老人の感謝の言葉はそんな言葉に遮られた
「代償...代償ですか?」
『当然であろう。代償を払って始めてそれは形を成すことができる。何事にも対価は必要だ。』
「...それは、そうでございます。命以外であれば私に払えるものであればなんなりと。この命はどうか復讐のために。」
『ふむ。よかろう。では...お前のこれまでの時間を頂く。』
「時間...ですか?」
『そうだ。これまでお前が経験し、苦渋を舐め、苦しんで、それでもなお、犠牲を払ってようやくここまでたどり着いた...お前がお前たる、ここまでの全ての経験、知識、つまりここまでの時間を頂く。』
「ま、待ってください!そ、それは一体!?経験、知識...ではこの復讐心はどうなると!私の生きる理由は!」
『お前はこれまでその復讐心を糧に生きてきたのだろう?ならば、望むものに対する代償はこれ以上にはあるまい。文字通り、糧とするがいい』
「ま、待ってく、待て!...あがっ!?」
頭が割れるような痛みが老人を襲う
そして割れるような痛みが引くと、そこは空間があるかのような、何も残らない感覚が訪れる
そうかと思うと更なる痛みが襲い、また、記憶と共に痛みが引いていく
頭を抱えるように老人は地面を転がる
老人は痛みに苦しみながらも、この痛みを与えている相手を睨み付けるべく目を見開く
すると、視界の端に自分の手が見えた
顔同様に老人の歴史が刻まれていた
刻まれていたはずだ
深く刻まれた皺は薄くなり、徐々に消えていく
腕へ目をやれば、どんどん若々しい肌に変わっていく
『身体の時間も含めて全てを頂くとする。だが、それに関しては寿命が延びると同義だ。復讐とやらをする時間ができたと感謝してもらおう』
「か、かんしゃ?な、なにを言っている!こんな馬鹿な話があるか!ふざ、ふざけるな!俺は、おれは...おれは?おれはなにを、ここはなに?を?」
『対価は確かに頂いた。60年分だ。正規の契約書まで用意した努力も加味してまぁ、そんな所だろう。ころころと変わるお前の表情もなかなか楽しめたしな。』
部屋の光は徐々に和らいでいき...完全に消えた