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百五十六話 二人きり

「……俺、もしかしてノアに口説かれてる?」


 眼をぱちぱちと瞬いたカーマインはそんなことを口走った。


 自分が言ったことを反芻してみると、確かにそう聞こえなくもない。


 考えてみれば体は密着した状態。座り込んだ状態でお互いに抱き合って顔を合わせているような体勢。あなたの全てを描きたいと、泣いている男を慰めている女。湖の底の神殿という神秘的な空間に二人きり。

 絵に描くとしたらベルタかルファ辺りにモデルの代理を頼もう。……じゃなくて。


 カーマインの顔からは笑みが一切抜けている。冷たい感じはしないけれど、すごくまじめな空気を醸し出している。

 振られるのか。幻覚に逆戻りか。でも、負けない。振られても当分は好きでいる覚悟を決めたから。


 けれどはっきり好きと言ってしまったら、それこそ幻覚を同じようにたどる気がして。

 今の言葉を告白と取られたのならそれでもいいと思ってしまった。


「あ……えっと……そんな感じ?描くこと中心の話で分かりにくいかもしれないけれど」


 ちょっとだけ誤魔化しながらカーマインの反応を待つ。


「ノアらしい」


 ふっと顔の力を抜くようにして笑ったカーマインの顔は、とすんと私の心臓を直撃した。硬直させるのに十分な威力のその笑顔が少しずつ近づいてくると気が付いたのは、両耳の下に優しく手を添えられてぞくりとした時だった。


 告白の返事をうやむやにするつもり?でもいいんだ。きっとこれが答えの代わりだと思う。目を開けて待つほど経験豊富ではないから、取り敢えずのマナーとして閉じてみる。

 一瞬のはずなのに近づくまでが永遠にも感じられる。あんまり長いから記憶が走馬灯のようによみがえってしまった。

 死ぬのか、自分。なんて突っ込みを入れながらその瞬間を待つ。



 ……待つ。



 ……待つ。



 ……待つ。



 ……もしもし、カーマイン?もしかしてこれが大人の焦らしテクってやつですか?



 ……now loading?



 ……もしかして私の勘違い?間抜け面さらして欲求不満みたいに思われてる?目、開けてみてもいい?




「突撃にゃ~っっ!!」


 勇ましい掛け声と共にばたんと勢いよく扉が開かれるような音がして、私は思わず目を開く。カーマインの顔は横を、つまり扉の方を向いていているけれど、両手で顔を固定されている私はそちらの方を見られない。騒々しさからして大勢がなだれ込んできたようだ。

 最初の掛け声はおそらく王様。


「ノアっ、カーマイン!二人とも無事……か……?」


 安否を問うトープの声が戸惑ったものに変わっていく。


「あ~、もしかしなくてもお邪魔でしたか。……って!殺気をこちらに向けないでくださいよ!」


 カーマインによる安定のラセット対応。一人にだけ殺気を向けるって器用だなー。


「カーマインとやら、セルヴィオ山の妖精一同、しかと見届けるので続けよ。よいにゃ?」


 カーマインに顔を固定されているのでそちらを向けないけれど、王様がとんでもないことを言っているのが聞こえた。何をしようとしていたのが皆に理解されているこの状況が酷く居た堪れない。

 視線をこちらへ向けたカーマインの口元が、わずかに歪んでいる。


「俺は構わないけ―――」

「私が構うっ!なんで結婚式でもないのに公開しなきゃいけないの!」


 ムードもへったくれもどこかへ飛んで行った状態で、みんなに生暖かい目で見守られている空気を感じ取る。羞恥で頭はパニックになり、自然と顔は熱を帯びて涙目になっていく。

 反対にカーマインは余裕のある笑みを隠そうともせず、またそれが私の頭を沸騰させる原因となった。


「いや、だって返事をしなきゃならないし、言葉より行動で返す派だし、ノアが可愛いし」

「かっ……断固として言葉も行動も要求します!」

「ノアは欲張りだなぁ。黙らせてあげる」


 幻覚のせいなのか、それとも私の言葉が引き金になったのか。今日のカーマインはかなり暴走気味だ。肌がぞわりとしたのは色気を感じただけでなく、わずかながらも恐怖を感じてしまった悪寒かもしれない。

 こんなにも互いに人生を左右されて振り回されているのに、ちっとも嫌じゃないのが先ほどの幻覚を思い起こさせて怖い。


 でも、恋愛感情に関しては振り回されっぱなしな気がする。これが歳の差か。さっきからカーマインはにやにやしっぱなしで、顔を赤く染める事すらしない。

 こうなったら、こっちだって思いっきり振り回してやる!


 睨みつけるように目を開いてカーマインを見上げる。涙目だから迫力ないかもしれないけれど、少なくともカーマインはたじろいだように見えた。


「無理やりなカーマインは、大嫌い」


 眼を見開いて、カーマインは見事に固まった。


 ぱっと両手が離され顔がようやく解放されたので、床に手をついて深く長いため息をついた。ガガエが飛んできて、ヒシっと張り付いたまま「無事でよかった!」と、おいおい泣いている。

 トープも何か言いたげな顔をしているが、近くまでは来なかった。ラセットはかったるそうにポリポリと頭を掻いている。

 はっきり言って気まずい。多分それは向こうも同じで、下手に照れたりするのも余計に恥ずかしいのでカラ元気で何とか頑張った。


「みんなに心配かけたよね。私もカーマインも無事だよ。助けに来てくれてありがとう」


 頭を切り替えるためにも、トープ達にお礼を言う。微妙な空気になることなく、トープは乗ってくれた。


「どこか怪我でもしてるのか?座ったままじゃ説得力がないぞ」


 トープに指摘されたので、ゆっくりとカーマインの手を借りて立ち上がる。流石に腰を抜かすような状態ではないけれど、一度は足の力が抜けたのだ。試しに動かしてみるが、難なく歩けた。


「ノアもかなり辛い幻覚を見たんだろう?もう大丈夫そうだな」


 支えているカーマインがぽそりと呟いた。

 悲しい幻覚がいつの間にか恥ずかしい記憶に塗り替えられていて、確かにすぐに忘れられそうだ。それを意図しての行動なら、カーマインにまんまとやり込められたことになる。


 ……敵わないなぁ。


「それはそうと、どうやってここまで来たんだ?」

「馬車妖精の連中が人魚の涙を使って湖の水を宙に浮かせているから、用事が終わったら急いで外へ出ないといけないんだ」


 説明を聞いて、思わず神殿の天井を見上げる。確かに、水中の中にいるような圧迫感が先ほどから消えているような気がする。トープの呆れた声が聞こえた。


「いや、そこ見たってわかんないだろう。詳しい話は後だ。化け物は退治できたのか?」

「うん、多分」


 今見ている光景が幻覚でなければ、という言葉を飲み込む。二度目の退治もあっさりしていた感じがするけれど、それだけカーマインがすごいと言うことだろうか。

 縁で判断できるガガエを見ると、大きく頷いた。


「ん、悪いものの気配はしないよ」

「だったら後は逃げるだけか。二人とも、すぐに出られるか?走るぞ」

「ああ、問題ない。ノア、お姫様抱っことおんぶどっちがいい?」


 カーマインに二択を迫られる。この期に及んでまだイチャイチャ展開を引きずるかとじとーっと見ると、カーマインは慌てて手を振った。


「いや、だってノアは走れないだろう?岸まで上がるには段差だってあるだろうし」

「だったら、この者に乗っていくがよいにゃ」


 王様が提案すると、クー・シーがしっぽを振りながら袖を引っ張ていた。子牛ほどの大きさがある緑色の犬なら、確かに私を乗せて走れるかもしれない。

 ファンタジーな生き物に乗る、初挑戦。「お願いできますか?」と顔を近づけて聞くと、袖を口から離し、はっはっはっと口を開いた。

 どうやらあまり吠えない子らしい。


 恐る恐るまたがると、王様が声を張り上げた。


「吾輩がしんがりを務めるにゃ。では皆のもの!帰るにゃ!」

誤字報告有難うございました。

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