パーシモン&イーオス視点
「良かったの?彼女に思いを伝えなくて」
「何でもかんでも恋愛の方に話を持って行かないでください。あんなちんちくりんな小娘にそんな気は微塵もありません。あれには赤い悪魔が付いてますし。大体、あなたに仕える者がいなくなってしまいます」
「もしもイーオスが仕えるとしたら私よりも次の王でしょう?どこまで私を長生きさせるつもりなの」
パーシモンが二十代で玉座についてから十五年ほどが経った。血筋なのか、金狼亭のおかみをやっている姉と同様に若く見えるけれど、もう少し昔だったら小さな孫がいてもおかしくない齢である。
イーオスが小さなころから成長を見てきた。自分の子供の様に見てしまったのは仕方のないことだと思う。
理屈屋で少し傲慢。けれど内側にきちんと感情を持っていて、それをうまく表に出せないだけ。ぶつかることは何度もあるけれど、不思議と恨みや憎しみとなることは一度も無い。
パーシモンの為にゴーレムの絵を取り上げたのがいい例だ。平民の国王思いでありながらその手段が全く持って頓珍漢。ただ、パーシモンが連れて来た彼女とのつながりを持ちたかったのであれば説明はつく。本来なら交渉して下げた金額を払い、縁が切れて終わりになるはずだった。
それが本人の言うように恋愛感情ではなく、芸術作品に対しての執着であったとしても世界を広げるのは悪いことではない。
世代交代を意識し始めるのは、即ち自分の最期を身近に感じる機会でもある。まだまだ先はあると思うが、それでも育てるための時間を出来るだけ長くとりたい。
意地を張り、学びの糧となった彼女を見送りもせずに書類仕事を続けるイーオスが、どんな治め方をするのか。彼が玉座についた時には自分はこの世にいない事を思い、パーシモンはわずかに瞳を伏せた。
「イーオス。あなた、そこの植物を蘇らせることが出来るでしょう?」
「……誰にも話した覚えはありませんが」
「鬱金が教えてくれたのよ。やってごらんなさい」
鉢植えの小さな木にイーオスが手をかざすと、橙色のうっすらとした光が現れて萎れかけていた小枝が元に戻る。そこから花が咲き滅多につけない実がなった。
「これで精いっぱいです。あなたの様に国土を豊かにする程の力はありません」
しょんぼりしたようにも聞こえるイーオスの声に、パーシモンは思わず笑ってしまった。やはり、勘違いをしている。
橙の女神の加護持ちが国王になる条件は知られているけれど、国王が具体的に何をするのかは知られていない。それを教えるのは、鬱金の仕事だ。
「いいえ。きっとあなたは私が死んだら次の王に選ばれるでしょうね。そうなる前にもう少し感情を学んでほしかったんだけど」
「いつだって私は理解をする事に貪欲であるつもりですが」
「感情は理屈ではないのよ。物の価値が人によって違うと学んだのならその辺も受け入れなさい」
ウルサンにはまだ遠く及ばないと言うと、いつもと変わらない表情でありながら瞳の奥に少しだけ影が見えた。
空席となる次代の王の執事には、ゴブリン化していた彼を養子に迎えさせよう。ウルサンが施す教育はまた一からとなってしまうが、貴族としての下地が出来ている分、私を王として育てたよりも随分と楽なはず。彼の嫁の実家に対しても面目が立つだろう。
国家として大きな飛躍などは望まない。今あるものを繋いでくれるだけで良い。それらに対してイーオスの性格は非常に適している。自分なんかより堅実な王となると期待しながらパーシモンはイーオスを見た。
数十年後―――
代替わりしたイーリック国王の執務室には、先代のパーシモンが飾ったゴーレムの絵画が残されていた。保存には手間が掛けられ、それなりの金額がかかる。国王となったイーオスにとって、やはり厄介な物には違いなかった。
手入れはオベルジーヌに一任せざるを得ないお陰で、絵画の価値が分かったのに幼馴染ともなかなか縁が切れなかった。
イーオスはその絵を眺めながらふと、気づいた事をつぶやく。
「なるほど…資料絵画と言うだけでなく、この絵は王の執務室に長年飾られて価値を増していくのか。先代の王は国を脅かしたゴーレムを見て、守る意思を固める。そう思うと、なかなか悪くない物に思えて来たな。なるほどなるほど」
「陛下、何かおっしゃいましたか」
聞いたのは国王となったイーオスに代わり、王の執事となったスクワルだった。元々、武よりも文官に向いていた彼は、受けた恩義に報いる熱意とウルサンの指導により、足りない教育期間をものともせずにイーオスを支える良き臣下となった。
「スクワルか、漸くこの絵の価値が理解出来てきた所だ」
「すごい迫力ですよね。作者はえっとノア、ール……え、これ、私を救ってくれた女性が描いたんですか?」
そう言えばノアールが画家であると一度も伝えたことが無い。てっきり、スクワルの嫁となったシャモアから聞いていたとばかり思っていた。
王の執事となったスクワルをシャモアも家族も認めざるを得なかった。
スクワルは感慨深そうに絵を眺めている。
「この絵をじっくり見たのは初めてですけど、かなり高かったでしょう?」
「いや、只だ。彼女から先代に寄贈を……違う、私が取り上げて先代に渡した」
「はぁっ?何やってるんですか。絶望から救ってくれた私の恩人なのに」
「ああ、馬鹿な事をしでかしたと反省している」
言いながらイーオスの表情が和らいでいるのを、優秀なスクワルは見ないふりをした。年を経て少しだけ角が取れたらしいと勝手に推測する。
王として成長したとは言えまだまだ我を通し喧嘩になりやすいイーオスと、一度は裏切ったシャモアをも受け入れる度量を持ったスクワルは中々に良いコンビだった。
「今日は壁の外の病院へ行く用が会ったので七色お焼きを買って来たんですけれど、召し上がりますか?」
「……一つだけ、もらおうか」
七色お焼きをゆっくりと咀嚼するが、複雑に混じりあった野菜はそれぞれの味を生かせていない。二、三種類ならまだわかるが七種も入れる必要があるのかと、イーオスは首をひねる。この地で作られた野菜を贅沢に取り入れたくて思考錯誤したとしても、食べ物としてはどうなのか。
けれど、イーオスの意に反してこちらはすっかり、名物になってしまっているらしい。
「……こちらはまだ、分からないな」
「ゴブリンの時にノアールさんにもらってからクセになってしまって、好物になってしまったんですよ。で、何が分からないんですか」
「いや、何でもない」
橙は代々。草木は栄枯を繰り返しても豊穣は時じくの香の木の実によって絶えず続く。
イーリック国王の思いは代を重ねてもいつだって変わらない。争いに巻き込まれようとも、迷いを持ちながらも。
―――次の世代へ、豊かな国を。
これにて三章終了です。




