現状は把握するもの。浪漫は追求するもの。
「さて、方針は決まったことだし、まずは現状を把握しねえとな」
「気になるのはスキル周りだよね。前と同じように使えるのかな?」
いつまでも床に転がったままでは格好がつかないということもあり、昨晩と同じように向かい合って座り合うことにした。
無駄にゲンドウスタイルで意見を述べるアイリスだったが、気になる部分なのは確かなのでツッコミは控えておくことにする。
ゲームとしてのTWPでは、職業ごとに習得できるスキルが異なっている。それらは職業レベルを100まで上げることで、他の職業でも使えるようになっていた。
が、それらは決して際限なく使えるというわけではない。同時に使用することのできるスキルは10種までという制限があるのだ。
どんなに多くのスキルを集めても、有効化される数には限りがある。その枠の中で、どのように組み合わせるか、どんなキャラクターにするか、というのもTWPの魅力の一つと言えた。
また、条件によっては枠の中に入れても効果を発揮しないスキルもある。
分かりやすいのは武器の類か。例えば剣を装備していたとして、この状態で槍スキルを有効化してもその効果は発揮されない。
武器スキルには対応する武器に対する様々な補正と、それとは別にアーツと呼ばれる特技が存在する。これらを使うことで、ただ武器を振るよりも大きな威力を持たせることが可能となるのだ。
強い冒険者とは、適切なスキル構成の上に成り立つ。
中には敢えて奇特な組み合わせをしている者もいるが、あくまで少数派だということを主張しておこう。
さて、盛大に脱線したが、現状スキルの使用が可能かどうかに視点を戻そう。
可能性としては、三つ。
まったく使えない、有効化していたものだけ使える、今までに取得したスキルが全て使える、のいずれかだろう。
できれば最後が望ましいのだが、そう都合よく事が運ぶとは思えない。
「とりあえず危なくなさそうなものから試してみるか――って、そうだ」
「うん?」
「俺はさっさと転職しちまったから宿屋だろうが…お前はまだ神官戦士のまま、だよな?」
一抹の不安を覚えつつ、問い掛ける。
ただでさえ俺自身のステータスが落ちているのだ。これでアイリスまで転職してしまっていたら、戦力ダウンどころの話ではない。
戦うウェイトレスなんて、物語やゲームの中だけだ。此処ゲームの中っぽいけども。
「ん、それは大丈夫。散々渋った甲斐があったね?」
悪戯っぽく笑うアイリスに、思わず息を吐く。…よかった。
これでアイリスまでステータスが下がっていたら、お互い身を守ることも儘ならなくなるところだった。
「神官戦士」は前衛職なので、相応の堅さを持っている。故に多少のダメージは無視して前に出ることが可能だが、あくまで非戦闘職である「ウェイトレス」にそんな芸当は逆立ちしても不可能だ。
なので相手の攻撃は極力避ける立ち回りが必須となってくるのだが…突然やれと言われてできるようなものでもないからな。
一方俺はというと、前職が後衛の「大魔道」だったし、スキルにも魔法をセットしてあった。
なので、立ち回り的にはそう変わらないはずである。…まあ、それも魔法さえ使えれば、の話にはなってしまうのであるが。
「そいつは良かった。んじゃ改めて検証だが…スキル構成は覚えてるか?」
「勿論。冒険者たるもの、自分のスキルを忘れてる様じゃ話にならないからね」
ニヤリと笑みを深めたアイリスは、つらつらと己のセットスキルを挙げていく。
〈聖鎚術〉〈鎚術〉〈神聖魔法〉〈重力魔法〉〈短縮詠唱〉〈練気法〉〈跳躍〉〈節約戦闘〉〈冒険者の心得〉〈鍛冶〉。
どうしよう、凄くツッコみたい。ツッコみたいが、今までこれで上手く回っていたのを知っているだけに至極言い辛い。
「…いくつか確認させてくれ。まず、なんで武器スキルを二つ入れてるんだ?」
「よくぞ聞いてくれた! 理由は二言!」
――浪漫だ!
………。
…ツッコまないからな? 絶対にツッコまないからな!
説明になってねえとか一言じゃねえかとか言わないからな!
そんな、心の内で繰り広げられている理性と本能の争いなど知ったことではないとばかりに、アイリスは芝居がかった所作で解説に入った。
「まず、ボクの武器は知ってのとおり鎚――つまり鈍器だ。」
鎚とは一般に、打撃を目的とした金属性の道具の総称だ。武器としての鎚は、ウォーハンマーやメイスなどを指す。
アイリスが普段使っているのはメイスの方で、所謂モーニングスターと呼ばれる、球状の柄頭にスパイクの付いたものを愛用していた。
なお、念のため補足しておくと、柄と棘付き鉄球を鎖で繋いだ、ファンタジー作品に登場しがちなフレイル型ではない。
ハンマーを使うこともあるようなのだが、俺は鍛冶をする際にしか見たことがなかった。
「鈍器に求められるのは威力。圧倒的なまでの破壊力だ。それを追求するために、我々は「速さ」を捨てた!」
我々って誰だ。他にもこんな阿呆なことを言うメイス仲間がいるのか?
まあ、確かに鈍器の類は、威力が高い分手数が少ないイメージがある。なぜ断言しないかというと、現実とは違い、ステータスによっては身の丈を越す大剣を軽々と振るうことも可能だからだ。というか、実際そういうプレイヤーを何人も知っている。
そして、そろそろ興に乗ってきたのだろうか。
アイリスの挙動は益々大げさになり、まるで演劇でも見ているかのようだった。立ち上がってこちらに背を向けると、両手を広げ、天を仰ぎながら朗々と語り続ける。
「〈聖槌術〉は優秀なスキルだ。聖属性はエフェクトがかっこいいし、アンデット相手なら一撃一殺することすら可能だ」
おい、今チラッと本音が見えたぞ。
「だが、足りない。衝撃・魅力・破壊力・信頼性・重厚さ・泥臭さ・頑強さ! そしてっ、なによりもォォォォ!!」
「――威力が足りないッッ!!!」
………。
振り向きざまに力強く宣言し、ドヤ顔で無い胸を張るアイリスに、思わず頭を抱えた俺はきっと悪くない。
理由は分かった。単純だ。
〈聖鎚術〉はその名の通り、聖属性の付いた特殊なアーツを使える代わりに、純粋な攻撃力は〈鎚術〉に比べると控えめになっている。
鎚という武器について独特の美学を持っているらしい彼女としては、それが我慢ならなかったのだろう。
二つのスキルを状況によって使い分けることで、浪漫と美学と格好良さを共存させることに成功した。そういうことだ。
だが、それだけなら此処まで冗長にせずとも伝わる。つまり、一連の寸劇の理由は――
「お前最後のネタ言いたかっただけだろ!」
「一度言ってみたかった。後悔はしていない。反省は少ししている」
「こんなのをもう一つ聞かないといけないのか…」
神妙な顔で頷くアイリスに、思わず呻くような声が漏れてしまった。
まだ確認したいことは残ってるというのに、どうしよう。
既にHPが危険域まで削り取られているような気分である。
それでも、聞いておかねばなるまい。何ができるか、できないかぐらいは把握しておかねば話が進まない。
「じゃあ、次だ…どうして〈重力魔法〉なんて産廃が入ってるのか教えてくれ」
〈重力魔法〉。
名前だけ聞くと強そうに感じるかもしれないが、実際は弱いとすら言えないほど使い勝手の悪い、TWPきっての名前詐欺として有名なスキルだ。
使用できるアーツは《重力操作》のみ。しかも、直接触れている間しか使えない上、熟練度が上がっても倍率が変わるだけという、扱いに困る仕様をしている。
取得できる職業が魔法系で一番紙装甲だと言われている「魔法学者」ということもあり、わざわざ苦労してまで他の職業で使おうとする人は極めて稀だろう。
「はい、先生! 必殺技のためです!」
「よろしい。ではアイリス君、もう少し詳しく説明してくれたまえ」
「うん。…一時期、ボクの《流星鎚》の威力がおかしいって話題になったのは覚えてるでしょ?」
「ああ…プレイヤーががわんさか押し寄せてきたアレな」
《流星鎚》は〈聖鎚術〉のアーツの一つで、装備している鎚に聖属性を乗せて投げつける技である。
その威力は武器の重量とステータスに依存し、武器の耐久値も大きく減るため、人によっては無駄に武器を消耗するだけになりかねない。
それでも使いこなせれば威力は折り紙付きな上、エフェクトも派手なので、《流星鎚》に限らず他の武器の《流星》系アーツを使うプレイヤーは数多くいる。トッププレイヤーの中にも使い手がいるほどだ。
――そして、アイリスの《流星鎚》はその誰よりも高い威力を誇るのである。
いくら魔法系統の中では力のステータスが高めな「神官戦士」で、称号の補正も掛かるとはいえ、普通に考えてトッププレイヤーのステータスには及ぶべくもない。
いくら武器の中では重量のある鎚を使っているとは言って、剣や槍と比べて圧倒的に重いわけでもない。
では、どうして彼女が一番なのか。本人も知らぬうちに某所にある掲示板で議論された結果が――
「チートだチートだって騒がれて、粘着妨害、最後には仲間内にしか話してなかったネカマだってことまで拡散されて、ようやく問題視した運営が出てきて終息したんだよな」
「そうそう。いやあ、あの時はキツかったなぁ」
朗らかにそう言って頬を掻くアイリスだが、当時の憔悴した姿、そしてそれを悟らせまいと無理して笑う様は目も当てられないほど痛ましかったのを覚えている。
結局、事態は運営がチートではないことを正式に発表し、過度な粘着をしていたプレイヤーのアカウントが削除されたことで終息に向かった。
が、今度は掌を返して彼女に教えを請うプレイヤーが続出し、アイリスはそんな彼らに向けて言ったのだ。
「ねえ、今どんな気持ち? チートだって叩いてた相手がチートじゃないって分かった今どんな気持ち? 見下してた相手に頭下げて教えてもらわないといけないってどんな気持ち? ねえ、答えてよ。代わりにボクの気持ちを教えてあげようか。散々嫌がらせされて友達にも迷惑かけちゃった情けないボクの今の気持ち教えてあげようか。――ざまあ!!」
うん、かつてないほどに素晴らしい微笑みだった。その上、アーツの情報は開示しないという徹底ぶりに、思わず仲間と拍手喝采を贈ったのはイイ思い出である。
そんなぞんざいな対応に文句を言うプレイヤーもいたが、大半はそれで引き下がらざるを得ない結果となった。逆恨みした一部の連中は、あらゆる手段を用いて捕縛し、最後には《流星鎚》でクレーターと化していただいたのであるが。
「で、その秘密が〈重力魔法〉ってことでいいのか?」
「そういうことだね。熟練度をカンストさせると、ある程度の時間は触ってなくても重力操作が掛かったままになるんだ。」
「それであの威力か…」
クレーターの中心で、かませ犬の如く倒れ臥しながら消えていくプレイヤーを思い出し、背筋に薄ら寒いものを覚えながらしみじみと呟く。
仮にこの世界でアレをやられたら、どう足掻いても潰れたトマトになる未来しか浮かんでこない。
「ま、ボクのスキルはこんなところかな。〈重力魔法〉以外にも《流星鎚》の威力を上げる秘訣はあるけど…聞く?」
特段含むところのなさそうな表情で小首を傾げるアイリス。
この分だと聞いても良いし、聞かなくても問題はないってことか。なら、必要になった時にでも聞くことにしよう。多分来ないが。
さて、そうなると今度は自分の披露する番である。転職したてで特段おかしなスキルも無いはずだが、アイリスにとっては珍しいものもあるだろう。
まず、新たに「宿屋」で取得したのが〈宿屋〉〈家事〉〈家庭菜園〉〈簡易調合〉〈修繕〉の5つ。
次に、元から習得していたものが〈料理〉〈杖術〉〈精霊魔法〉〈短縮詠唱〉〈魔石術〉の5つだ。見事に生産系ばっかだな。当たり前だが。
「へえ、面白いね。〈農業〉とか〈調合〉みたいなスキルもあるんだ」
「下位互換みたいなもんらしいな。規模とか、作れる種類にも制限がある」
具体的には、〈農業〉だと《品種改良》とか《病害虫防止》、〈調合〉だと《秘薬調合》、《火薬製造》なんかの一部のアーツが使えない。
まあ、それでも「農家」とか「薬師」に転職しないでもそれ系統のスキルが使えるのはありがたかった。
尤も、現状でそれらがどこまで適用されているかは不明だ。そもそもスキル自体が使えなければ意味ないしな。
「けど、なんで戦闘関係が入ってるの?」
「ホーム建てるって話が出た時に、ちょっと調べてたんだよ。なんか、たまにNPCの冒険者同士が宿の中で喧嘩することがあるらしい。その仲裁に入るとき、ある程度戦えないと鎮圧できないで逆にやられるとか」
「生産職は軒並みステータス低いもんねぇ…というか、それって」
微妙な表情のアイリスに一つ頷く。
ホームとしての宿を使うのはギルドメンバーだけなので、実際は必要なかったのだ。
まあ、こんな現状になってしまった以上は結果オーライであろう。丸腰で戦場に放り出されるようなものだと考えると、背筋を冷たいものが伝った気がした。
「ちなみに〈魔石術〉は? 初めて聞いたんだけど…」
「修験者のスキルだからな。あんま有名じゃないから、知らなくても不思議じゃねえよ」
魔石とは、主に魔物と呼ばれる存在の体内に存在する魔力の結晶の総称を指す。
TWPではよくあるRPGのような、モンスターを倒せばお金が落ちる仕様をしていないので、金を稼ぎたければ手頃な依頼をこなすか、この魔石を換金する必要があるのだ。
魔石は大きさや希少性によって価値が高まり、それらは基本的に魔物の強さに比例する。
とはいえ、別に魔物からしか魔石が取れないわけではない。
人類にとって危険だったり敵対的だったりする生物を魔物と呼んでいるだけで、魔力を持つ生物は須く魔石を持っている。
もちろんTWPではそういう設定だったというだけで、実際どうなのかは不明だ。ゲーム内ではPvPもできたが、プレイヤーの場合死体が残ったりはしなかったし、NPCで試そうとも思わなかったし。
さて、前置きが長くなってしまったが、〈魔石術〉である。
魔道具の動力源としても使われる魔石だが、〈魔石術〉では魔道具を人に置き換えるとわかりやすいだろう。
魔石内の魔力を使い、身体強化や属性を付与するのだ。
それ以外にも、《魔石精製》《魔石合成》《魔石開放》など、戦闘時でなくとも使えるちょっと便利なアーツが揃っていたりする。
「試しに一つやってみるか。――《魔石精製》」
検証もかねてアーツを発動させてみる。
ゲームでもやっていたように、掌に感覚を集中させる要領で…っと。
「おおっ」
虹色の淡い光が収束し、その輝きが収まると同時に掌に重みが現れる。
大きさはビー玉程度の、一番ランクの低い小魔石ではあるが…そこには、確かに魔石が精製されていた。
代わりと言ってはなんだが、微妙な倦怠感を覚える…これは、MPを消費したからか?
検証項目が増えたな、なんて内心で息を吐きながら、キラキラと目を輝かせるアイリスに魔石を渡す。
アイリスはそれを受け取ると、太陽に透かせるかのように窓に向けて魔石を翳した。
まるで子供のようなその反応に、思わず笑ってしまう。
「むぅ。笑わなくてもいいじゃないか」
「悪い悪い。なんだか姪っ子を見てるみたいでな」
「このロリコンめ…」
失礼な。微笑ましいと思って見守っていただけなのに、どうしてそんな風評被害を受けなければならないというのか。
こうやってどんどん世知辛い世の中になっていくんだな、なんて日本の未来を嘆いていると、アイリスも一頻り触って満足したのか魔石を返してくる。
さて、まずはセットスキルの一つが使えることを確認したわけだが…
「じゃあ、次はボクの番…なんだけど。ちょっと此処だと狭いかな?」
「裏庭にでも行くか。ついでにステータスの確認もするとしよう」
*****
裏庭「」
クレーター「おう、ちょっとジャンプしてみろや」