作れぇ! この場にすべての食材を用意した!(1)
色々と修正を加えていたら遅くなってしまった件。
やってみたかったからって掲示板回を書いた結果がこれだよ!
――そうして、昼食後。
例の串焼き屋台の店主の下に向かった俺たちは、彼の導きを受けて広大な農園に足を踏み入れていた。
「…よく、これを育てようと思いましたね」
目の前にいくつも転がっている黒々として艶のある球状のモノを前にして、思わずそんな言葉が漏れる。
隣でアイリスが「16ポンドぐらいありそう」と呟くのが聞こえ、思わず頷きそうになって踏み留まった。
さて、とても農園にあるとは思えないそんな物体であるが――何を隠そう、これこそが俺たちの求める醤油の代用品なのである。
俺もアイリスも実物を見たことがあるというのに、改めてこの奇想天外な光景を前についつい引いてしまった。何しろ見た目は完全にボーリングの球で、それが畑に生っているのだ。
形状から考えればスイカやメロンと同じ栽培方法だとわかりそうなものなのに、「醤油」という概念が邪魔をしてか実物を見るまで全く備えることができていなかったのは痛恨である。
そんな俺たちを微笑ましげに眺めつつ、この農園の持ち主――店主の友人だというトマス氏はHAHAHAと笑った。
「趣味みたいなものですよ。シャルルさんから聞いていると思いますが、私はこれの味が好きなので」
「それにしては…随分と手広くやっているんですね?」
見てわかるとおり、この畑は随分と規模が大きい。パッと見た限りでも、都合千個ぐらいは軽く収穫できそうなレベルだ。
加えて今も従業員らしき人物たちが丁寧に手を入れている様子を見るに、どうも単純に自分が食べたいが為に作っているというわけでもなさそうである。
俺は勘繰るような言葉を吐くと、彼の一挙手一投足を見逃さないように注視した。
「ええ、ええ。街の方々には不評ですが、少数でも評価して下さる方はいるものでして」
トマス氏はにこにことそれを受け止めて、品定めでもするかのように視線を返してくる。
…なるほど、どうやら店主の言っていた通りらしいな。
この農園に着くまでの道すがら、俺たちはソイソの栽培を行っている人物…即ちトマス氏がどんな人柄か店主に聞いていた。
性格は温厚で、真面目。抜け目なく、物腰は柔らかい。時折突飛な発想と思い切りの良さで周囲を驚かせることもあり、見ていて面白い。
そして何より――己の「商品」に対するプライドが人並み外れて高い野郎だ、と。
(なるほど。これは、一筋縄ではいかないかもね)
(ああ。趣味で作ってる、なんてレベルの話じゃないな…おやっさんめ)
案内だけしてさっさかと帰ってしまった店主に内心で軽い恨み節を吐きながら、さてどうしたものかと考えを巡らせる。
今、トマス氏は明朗な面持ちで俺たちに農園の案内をしてくれているが――恐らくそれは、彼の友人の紹介があったからこそだろう。
彼は商売人であると同時に職人でもある。
故に、目先の儲けよりも中長期に渡った利益を求め――また、己の商品を正しく「評価」する人間にこそ扱って欲しいと考えているはずだ。
彼に商売の話を持ちかけて素気無く断られた人数は枚挙に暇がないと聞くし…ここは、どんな形であれ彼に興味を持ってもらうことが先決か。
「のう、マスター。この黒いのは本当に食べれるのか? 我にはとても美味しそうには見えぬのじゃが…」
「そうだな…これ単体で食べるのは、ちょっと俺にも無理だと思う。しょっぱ過ぎて食えたモンじゃないはずだ」
(ちょっ!?)
正に絶好のタイミング。
ライちゃんの正直すぎる感想に便乗し、敢えて批評するような言葉を立てる。トマス氏の鋭い視線を感じ、アイリスが慌てるようにこちらを見るが――安心してくれ。我に策あり、だ。
「けどな、コイツの真価はそのまま食うことじゃない。味付けに使えば素材の旨味を引き出してくれるし、隠し味に使えば味を引き締めてくれる」
敢えてちょっと焦がした醤油の、あの芳しい香りを想像しながら朗々と、謳いあげるようにその魅力をライちゃんに伝え聞かせる。
ゴクリ、と喉が鳴り、まだ昼食から然程の時間が経ってないにも関わらず腹の虫がキュルキュルと切なげな悲鳴を上げる。
さて、ぼちぼち頃合だろうか。俺は矛先をライちゃんから逸らすと――全力で投擲してみせた。
「野菜や魚に使っても美味いが――何より肉との相性が抜群だ。煮込んでも良いし、絡めて焼いても美味い。滴る脂と焼けた醤油の組み合わせは、俺もアイリスも大好物だ」
「うんうん。生姜焼きに牛丼に、チャーシュー、肉じゃが、角煮…醤油がないと作れない料理は、どれも絶品だからね」
ありがたいことに、意図を察したアイリスも援護射撃をしてくれる。
並べ立てられた肉とソイソを使った料理の数々に、最早ライちゃんの胃袋は全力稼動待ったなし、といったところだろうか。
彼女はプルプルと震えると…涙すら浮かべながら俺の胸元の服を引っ張りだした。おいちょっと待て、服が伸びちゃうでしょうが!
「マスター! マスターは、我を餓え殺す気なのか!?」
「いや、そんな気は微塵もないが!?」
「では、何故! 何故にこのような仕打ちをするのじゃ! 我はもうそれを食さずには帰れぬ!」
激昂するかの如き様相で喚き立てるライちゃんは、万が一にもそれが演技だとは思えぬほどに感情を発露していた。
いやまあ、実際演技でもなんでもないのだが、トマス氏に茶番だと見抜かれぬための材料としてはこれ以上無いほどの働きだろう。
この様子だと、仮に夕食にソイソを使わなかった場合酷い目に遭いそうな気もするが…はてさて、どうなることやら。
アイリスにライちゃんのことを任せると、俺はトマス氏の様子を窺う。
「――ぃ」
「え?」
「食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい…!!」
そこには、先ほどの焼き回しのように身体を震わせる男が一人。
トマス氏は、まるでどこぞのフリーホラーゲームで箪笥に隠れる少年の如く、血走った眼でブツブツと呟き続ける存在になっていた。
――どうやら効果が覿面すぎて、|こちらの言葉が届かなく《マナーモードに》なってしまったらしい。
俺は肩を竦めると、彼が再起動するまでご立腹な精霊様の怒りを鎮めるべく祈りを捧げることにした。
*****
「すごく――大きいです」
黒々として立派な、天を穿つかのように反り立つ逸物。
その根元は深く茂った剛毛に覆われ、生命の神秘を感じさせるそれは時折跳ねる様にビクビクと震える。
アイリスはそれを目の前に、うっとりとした表情でそう呟いた。
「ええ、ええ、そうでしょうとも。思えば此処まで立派に育てられるようになるのに、長い時を費やしたものです」
…知らないってのは、幸せなことなんだなあ。
誇らしげに胸を張るトマス氏に、俺は思わず生暖かい視線を向けてしまう。
さて、現在俺たちは、ソイソ農園から離れて金属製の柵に囲われた場所――トマス氏の本業である牧場へと足を踏み入れていた。
見覚えのある姿をした家畜たちが、各々の過ごしやすい場所で悠々自適に寛いでいる。
目に優しい牧草地帯に見えるのは、ホルスタインのような模様で、ヘラジカのそれに近い威圧感ある角を持つ牛。
剥き出しの地面で地面で泥遊びに興じているのが、猪の如き剛毛と牙を有し、鼻先にはサイに似た角を生やした豚。
それぞれエルクスタイン、ホーンブルと呼ばれる、TWPにも存在していた魔物である。
そう、魔物。トマス氏の本業とは、この魔物牧場だったのだ。
「しかし、ここまで大きいと基本大人しい魔物とはいえ緊張しますね」
「ははは。とてもそうは見えませんがね」
「顔に出ないだけですよ」
実際、彼らはアイリスが撫でただけでビクつくほど臆病な性格をしているが――その厳つい見た目に違わず、角を使った突進は駆け出し冒険者程度ならば軽く轢き潰せるほどの威力を秘めている。
この世界にも普通の牛や豚はいるのだが、彼らから採れる乳と肉はそれらに比べて非常に美味で、市場では高値で取引されるのだ。そして、それが故に――目が眩んで返り討ちに合う話はプレイヤーにとっても珍しい話ではない。
彼らは重ね重ね言うとおり穏やかな気性の持ち主なのだが、それはあくまでこちらが敵対していない場合に限るのだ。
ノンアクティブだからと高を括って安易に手を出せば、周囲の群れごと敵対されて無残なミンチの出来上がり。
その上意外と高いHPと防御力を持っているので、生半可な攻撃では怒らせるだけでドロップアイテムすら手に入れられない。
そんな彼らを家畜として飼うというのは、他の魔物に比べれば確かに難易度は低い。けれど魔物ということに違いはないので、普通の家畜よりは当然リスクも大きいのだ。
万が一、暴走でもしたら――或いは欲目に駆られた人間が手を出したりしたら――目も当てられないことになるのは容易に想像できる。
そんな時の為の対策は用意してあるのだろうか?
俺はついそんな風に考えを巡らせて…嘆息と共にそれを手放した。いずれにせよ、俺が考えるまでもなくトマス氏ならば考えているだろう。
気を取り直して、少し気になっていたことについて聞いてみることにする。
「そういえば、おやっさ――シャルルさんにも此処の肉を?」
「ええ。彼の店にも卸しています。まあ、屋台には普通の肉を使っているのでしょうが」
それもそうか。こんな上等な肉を2本で銅貨3枚で提供してたら、帳簿が大炎上不可避だもんな。
しかしそうなると、ここの肉はあの串焼きよりも美味いということになる訳で…
ゴクリ、と生唾を飲み込む音が重なって、つい視線を空へと逃がした。流石に未だ売ってくれるとも決まってないのに、三重奏はちょっと気まずい。
チラリと横目に窺えば、ばっちりにっこりと微笑を向けられた。
「ははは…失礼しました」
「いえいえ。正直私も、牧場主だというのに同じことをしそうになりましたから」
くつくつと喉を鳴らしながらそんな風に言うトマス氏に、どう反応して良いか困ってしまう。
実家で犬を飼っていた人間としては、いつか食われる…食材にするために動物を飼うということに対して、どういう思いを抱くのが正解なのかがさっぱりわからない。
やっぱり、美味しくなあれと愛情を注ぐのだろうか? そう考えると、人間というものの業の深さは異世界でも変わらないのだな、なんて思ってしまう。
と、そんな風に言葉に窮していると、トマス氏の下に従業員らしき人がやってきて耳打ちをしていった。
「そうですか。ありがとうございます」
トマス氏にとっては確実に目下だろう人物に対しても、彼の物腰は柔らかなまま。どうやら商売人としてだけでなく、経営者としても彼は優秀な人物らしい。
はてさて、一体何事だろうか。
アイリスらと共にそれを眺めていると、話の終わったらしいトマス氏は笑みを深めてこちらに向き直る。
「では――商談に移りましょうか」
……えっ?
*****
レイ「…シャルル(似合わねーなおい)」
アイリス「(あの強面で)シャルル…?」
おやっさん「てやんでぇ。俺の名前に文句でもあんのか?」
二人「「とんでもない」」




