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職業:宿屋で過ごす日々。  作者: TeA。
はじまりの日々。
19/24

それは所謂、フラグってやつだね!



 ――とある国の、とある街。とある宿の一室に、一組の男女の姿があった。



「…報告を聞こうか」

「はっ」



 その片割れ――燃えるような赤毛と鋭い目元の青年が、目の前で傅く少女に対してそう問いかける。

 彼の眼光は酷く冷たく、さながら真冬の雪山の如き様相で。見る者によっては震え上がるほど鋭いそれを、少女は何の感慨も抱かない様子で受け流す。


 サラリとした絹糸の如き黄金の髪に、透き通るような白磁の美しさを思わせる肌。人形のように整った目鼻立ち。

 少女はそんな美しい容貌をしていたが、輝きのない無機な瞳とピクリとも動かない鉄面皮が、それらを打ち消して有り余るほどの不気味さを醸し出していた。



「北東部については現在6割方調査が進んでおります。平均して銀貨4から5枚という価格帯ですが、入浴施設は確認できておりません」



 鈴の音を転がすような透き通った声色で、淡々と言葉を紡ぐ。

 青年もまた無感動にそれを受け止めて、無言で先を促した。



「また、人口密集度の高い店舗へ潜入して参りましたが、食事の質は我が組織に比して2枚は落ちると思われます」



 その報告は、恐らく彼の意に沿うものだったのだろう。

 青年は満足げに一つ頷くと、頭を下げたまま微動だにしない少女にいくつかの質問を投げ掛ける。



「食事の内容は?」

「周囲の様子から注文率の高いものを選出しました。メインは魔物のものと思われる、塩と香辛料で焼いた肉と固いパン、味の薄い野菜スープが付いて銅貨5枚。他には挽肉と豆の炒め物、川海老の素揚げにエールと蒸留酒とワインで銀貨4枚と銅貨2枚です」

「…何故、酒が入っているのか聞こうか」

「エールはぬるくていまいちでした。次からはエール抜きで調査しますが、よろしいでしょうか?」

「色々よろしくねーよ!」



 くわっ。目を見開いて茶番を強制終了し、俺は明後日の方向に視線をぶん投げている少女――アイリスを追及すべく肩を怒らせる。


 宿の価格帯と一食の値段を調査をしてこいとは言ったが、酒を飲みに行ってこいとは言ってない。別にちょっと飲むぐらいなら大目に見るが…割合が逆転しているのはグレーどころか完全アウトであろう。

 それをわかった上で、次も同じことをやると正々堂々宣言したアイリスに、思わず頭を抱えてしまった。

 同じ時間俺はマズ飯を食ってたっつーのに、ぬるくて不味いとか知らねーよ!


 アイリスは尚も傅いたまま、次の指令を待つ諜報員(スパイ)ごっこを続けている。コイツ、そのまま茶番で流す気だな?

 そっちがその気ならこちらにも考えがある――俺は心の中で暗い笑みを浮かべると、佇まいを直して再び彼女と向き合った。



「…いいだろう。どうせ酒の類も扱うのだ。特別に、酒を含めての調査を許可してやる」

「はっ。ありがたき幸せ。では――」

「まあ待て」



 早速任務を遂行してまいります、とばかりにそそくさと逃げようとするアイリスの肩を、がっちりと掴んで止める。

 焦るなよ。急いでは事を仕損じるとも言うぞ?


 俺は彼女をこちらに向き直らせると、表面上は至極真っ当な顔を貼り付けながら悪魔の囁きを贈ってやることにした。



「東門に近い辺りに「黄金の杯」という宿屋があってな。そこでどんな酒を扱っているのか調査してきてほしい」

「…何故にその店が気になるのです?」

「以前美味い酒が置いてあったのでな。こちらでも変わりないなら、同じものを扱おうかと思ったのだよ」

「美味い、のですね?」

「もちろんだとも」



 そこでなら、銀貨5枚まで好きに飲んできて構わんぞ――

 後押しするようにそう言えば、アイリスは思案するように数瞬沈黙して…



「…いいでしょう。他ならぬ貴方様の命です。不肖このアイリス、努めて任に当たらせていただきます」



 それが罠であるとも知らず、そう口にして出て行った。


 それを見送って、彼女が宿を出たことを確認してからそっと呟く。

 「黄金の杯」の酒は、確かに美味い。それについては嘘でないと誓おう。


 まあ、そうは言っても――




「――酒以外のメニューについては、保証しかねるけどな」




*****



 

「さて、こっからが本番だ」



 アイリスを酒場(地獄)へと送り出すことに成功した俺は、自身もまた調査業務に従事すべく街へ繰り出していた。


 向かったのは街の北西部――宿(ホーム)の所在である街の北東部からすると、職人通りを挟んで向かいに位置する場所である。

 この街(グラード)は、頑強な防壁に囲われた城塞都市だ。それと同時に、以前アゼリアが言っていたとおり貿易都市でもある。

 故に、この街には多くの冒険者と商人が同居しているのだが…それにはある程度の地域差が存在していた。


 職人通りを基点として東には、基本的に商人向けの店が多くなっている。領主館もこちら側にあり、裕福な者が住んでいる印象が強い。

 西側はどうかと言えば、こちらは冒険者を客層に捉えた武具を扱う店や、酒場が多い。冒険者ギルドは言わずもがな、教会も中心部とはいえ西寄りに建っている。


 何故このような住み分けがなされているのかと言うと、それはこの街の地理的要件、そして脅威度の差によるものだ。

 城塞都市グラードは、以前アゼリアとの話の中でも出てきたとおり、北はアルテミシア聖教国、西に魔王領と接する国境が程近い。


 同じ人間の治める国と、大昔とはいえ争ったことのある魔族が住まう土地。

 どちらに備えるかと言われれば、後者を選ぶのは自然であろう。



「――賢しき者よ、我に守護を齎したまえ」



 こうして冒険者とそれ以外とである程度分かたれることとなった訳だが、実際のところ、住み分けというのはそれ以外の要因でも起こりうるものである。


 それは、貧富の差。


 現代でも高級住宅街という言葉や、国によっては貧民街(スラム)なんてものが存在するからわかりやすいだろうが、ここでも同じことが起こっているのだ。

 とはいえ、東側はまだ良い。領主館のある南に富裕層が集まるのは当然として、北でも精々庶民と言われる程度でしかないのだから。


 狭い路地を通り抜けながら、周囲を警戒しつつ歩いていく。

 何故街中だというのに警戒が必要かというと――



「ホント多いなあ…」

「……っ!」



 すれ違い様に懐に伸ばされた、まだ幼く小さな手。

 それが弾き落とされ、痛みと痺れに動けなくなった子供を見下ろしながら思わずぼやく。


 年の頃は…見た感じ11、2歳ぐらいだろうか?

 少年とも少女とも言える中性的な容貌の子供であるが――そんな子供がスリを仕掛けてくる程度には、この北西部の治安が悪いからである。


 午前も合わせ、かれこれ5回は繰り返されたこの光景。

 相手が大人か子供かの違いはあれど、どれも財布を狙ってきたという点では同じ。いい加減面倒になってきたのもあって、どうしたものかと考える。

 余り目立つのもと思って忍ばせていたスリ対策だが、この分ではむしろ晒しておいたほうがいいのかも知れない。



「抑止力程度にはなるか」



 そう思ってローブの内側に隠していた精霊――精霊魔法で語りかけたら出てきた――を掌に乗せてひっぱり出すと、俺は仕事内容の変更を伝えることにした。

 薄群青の羽をパタパタと動かしながら、びしりと敬礼を返してくれる精霊。どうやら了解を得られたらしく、その顔は何処か自信たっぷりにも見える。


 余談だが、この世界(TWP)の精霊はただでさえ小さな妖精族(ニンフ)を更に小さくさせたような見た目をしている。

 サイズも掌大で、顕現させているとは言ってもその肉体は魔力を押し固めただけの仮初のもの。しかもその間は俺の魔力を消費し続ける仕様であるらしく、微々たるものだが常に出しっぱなしというのも考えものだ。


 けれど、今しがたのことを鑑みてみればその有用性がわかるであろう。

 俺がそんなことを考えながらお礼代わりに砕いた飴玉をあげていると、子供のまんまるとした瞳に凝視されていることに気が付いた。視線がかち合って、尻餅をついたままじりじりと下がっていく。


 …どうにもまだ痺れが残ってるのか、それとも精霊なんてものを連れている相手にようやく危機感が芽生えたらしい。

 その表情には子供らしくない苦さがありありと浮かんでいて、どうにも後味の悪さを感じて気分が悪い。これは、帰ったらアイリスのケツをしばいて発散するしかないな。

 俺はそう決意して息を吐き出すと、子供の前にしゃがんでポーチから飴玉を取り出した。



「なんだよ」

「いや、物欲しげに見てたから欲しいのかと思って。食うか?」

「…いらないよ、そんなの」



 どーせなら金目のもん寄越せよ、と吐き捨てられる。

 一方でその目はチラチラと飴玉に向けられていて、どうやら甘味に飢えている――というか、そもそも普段からマトモなものは食っていないようだった。


 褐色の肌は薄汚れ、適当に切ったと思われるボサボサの黒髪も煤けて見える。

 ボロ布を縫い合わせたような服から覗く痩せぎすの身体は不健康さが滲み出ていて、ギラギラと輝く紫紺の瞳がなければ今にも倒れてしまいそうなほどである。


 俺は再び息を吐き、飴玉の一つを口に含む。そして、もう一つを少年――判別できないからとりあえずそう呼ぶことにした――の口に無理矢理押し込んだ。


 痺れて動きの鈍った身体に、アイリスらには届かないものの子供に比べれば圧倒的に高いステータス。

 必然的に対抗手段のない少年は、それを捻じ込まれると目を見開いた。



「―――!」



 どうだ、美味かろう。

 何せこのイチゴミルク味のキャンディは、俺が作った中でも食味と付与効果(バフ)を高いレベルで両立させることの叶った完成度の高い逸品なのだ。

 小さな飴玉故に戦闘中にも動きを阻害しづらく、微々たるものだが自然治癒能力向上(リジェネレート)と魔法防御力上昇の効果があるためクランメンバーにも人気の高いそれ。


 半ば無理矢理にではあったが、口にさえ入れてしまえばあとは早かった。

 ちょっとだけ頬の緩んで見えた少年に、悪戯っぽく問いかけてみる。



「美味いだろ?」

「……ふん」



 やはり強引にいき過ぎただろうか。プイと視線を逸らされてしまったものの、けれど飴玉は吐き出されない。

 その一点が、少年の感想を如実に表していた。


 俺が苦笑と共に少年の頭を乱暴に撫でて立ち上がると、どうやら痺れの抜け切ったらしい腕がそれを払い退けようと空を切る。

 それがどうにもご不満な様子の少年は、益々不機嫌な顔で俺を見上げて――瞬間、ビクリと身体を震わせてしまった。



「ま、次からは相手を選ぶことだな」

「……え、選んだ結果がオマエだったんだよ」

「そいつぁ残念。運が悪かったとでも思ってくれ」



 余計なお節介だと思いつつも少年に忠言を贈ってやれば、目を泳がせながらも気丈に憎まれ口を叩いてくる。

 なるほど。確かに警戒はしていたつもりだが、目に見えて武器を下げていない俺は格好の標的だったのだろう。


 やっぱり最初から精霊を出しておくべきだったか…。

 思わぬ助言をもらえたことに気分が良くなって、クツリと小さく喉を鳴らした。これで、午後の調査は効率よく回ることが出来そうだ。


 俺は礼代わりに追加の飴玉を押し付けると、それを落とさぬよう抱え込んだ少年の頭に言葉を落とした。






「――二度目はないから、覚えておけよ?」






 意識して魔力を滲ませながら、笑みを削ぎ落として告げる。

 顔は見えずとも、その言葉の意味と魔力は感じ取ったのだろう。少年は固まったその体勢のまま、小さく頭を揺らして頷いた。


 …本当なら、スリなんてやめろとか、子供なんだから危ない真似はするなとか。大人としてはそういうことを言ってやるのが正しいのかも知れない。

 けれど、此処は異世界で。まして、俺は彼の家庭事情なんて知る故もない赤の他人だ。


 だから、俺は日々の糧を得るためにやっている彼の行為を、否定しなければ肯定したりもしない。

 下手な事を言えば気分を害するのは目に見えている上に、無責任な言葉を吐いて余計な面倒に巻き込まれるのは御免だからな。



「それは残念賞だ。食うも捨てるもお前さんの好きにすると良い」



 それでも、まあ、俺も人の子だ。

 毒にも薬にもならないプレゼント(飴玉)の一つぐらいは、くれてやっても問題はないだろう。

 俺は少年の頭をもう一つ撫でてから、そう言ってその場を後にすることにした。




「………」




 少し離れてから振り向けば、既にその姿はなくなっていて。

 少年なのか少女なのかは結局わからないままだったが――できれば、あの子供が野たれ死ぬようなことがなければいいなと思う。



「…ま、もう関わることもなさそうだけどな」



 フラグ染みた感想を呟きながら、思わず苦笑した。


 現実には旗を立てることなんてできないし、あれはフラグだったと認識できるのは何事かが終わった後のこと。

 はてさて、どうなることやら。きっと悪魔ですら見通せないだろう未来に思いを馳せながら、俺はどこか寂しい雰囲気の街並みを再び歩き出したのだった。




*****

 子供「……くそっ、くそっ、くそっ! なんだってあんなバケモノに…くそっ」

 子供「最悪だ。ああもう、最悪の日だ!」

 乞食「おう坊主、オマエあの兄ちゃんになんか食いモン貰ったんだろ? 少し俺にも…――おぐっ!?」

 子供「誰がやるかっ! これはオレのもんだっ!!」

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