騎士が導く街道中
「まさか、こんな状態で街の中を散策することになるとは」
「案内役がいてくれるのはありがたいけどねぇ」
そうして味見役という約束を交わしたした俺たちは、森から引き上げるとワルターの先導に従って街の散策に出ていた。
流石に女性陣をそのままの格好で出歩かせるわけにはいかなかったので、一度宿に戻って着替えてきてもらったが。
特にアゼリアは、ボロボロの鎧でいたら道中で凄い見られたからな。今は宿の忘れ物と称したクランメンバーの私服を着ている。
幸いにもサイズはピッタリだったので、現在の彼女はカッチリ目なシャツに黒いパンツという、キャリアウーマンのようなシンプルな装いだ。
一方のアイリスは、チュニックにショートパンツ、ニーソックスという、あざとさを演出しつつ動きやすさも重視したボーイッシュな格好である。
街の案内なら俺に任せてくださいというワルターの後ろを三人で並んでいる形なのだが、どうにも周りの視線が俺とアゼリアに集中している気がするのは何故なのか。
ついでに言えば俺が視線を返すと逃げるように顔を背けるのは何故なのか。誰か教えてくれまいか。
「きっと、アレじゃない? 服装も相まってアゼリアさんと兄妹に見えるとか」
「…そうなのか?」
「俺に聞かれても」
後半をまるっとスルーしてくれたアイリスの尤もらしい言葉に、きょとんとしたアゼリアがこちらを見て首を傾げる。
確かにどちらも赤髪で、白黒の似たような装いだ。だが、それだけでそういう風に見られるものなのか?
つられて首を傾げていると、振り返ったワルターがくつくつと笑いながら答え合わせをし始める。
「まあ、アゼリアはその若さで騎士団長ってことで顔が知られてますからねー。そう珍しくはない髪色とはいえ、目立ちますし。パッと見そう思ってしまうのも仕方ないのではないかと」
「いや、まず顔が似てないだろ」
「似てない兄妹なんてこの世には大勢いますよっと。――さ、着きました」
ここがグラードの街で一番栄えている、職人通りです。
サラリと話を流しつつ、ワルターはそう言って改まったようにその場所を示した。
北門に近い我らが宿から、西へ歩くこと5分。唐突に道の幅が広くなり、行き交う人の群れも倍以上に膨れ上がったそこは、親しみと出店者への敬意を込めて「職人通り」と呼称されている。
ゲームでならば、俺たちも何度となく利用したその場所。
冒険者の必需品から日常用品まで大抵は揃うと言われ、多くの店舗が軒を連ねる職人通りを前にして、俺たちは不思議な感嘆を覚えて知らず息を吐いていた。
「おお…」
「すごいね…」
見渡す限りの人、人、人。
思わず人がゴミのようだ! と叫びたくなる光景に、どちらともなく顔を見合わせる。
「なんか、本当に異世界なんだねえ、って感じ」
「信じてなかった訳じゃないんだが…これを見ると改めて思い知らされた気がするな」
ぼちぼち夕暮れが近づく時間帯というのもあるのだろうか? ゲームだった頃とは比べ物にならないほどの人の数に、素直に圧倒されてしまった。
中にはちらほらと獣人族や、人並みに押し潰されないよう肩車をされた小人族、彼らの頭上を気怠げな表情で飛ぶ妖精族の姿もあって、尚更その感覚を押し上げてくる。
宿から見える範囲の街の様子はゲームと大差なかったので、尚更だった。
「この街は貿易都市でもあるからな。魔王領や聖教国と接している故、旅人や商人も多いのだ」
「…魔王領? 魔王がいるの!?」
「ああ――と言っても、別に敵対しているわけではないぞ?」
敏感にその言葉に反応したアイリスに、訳知り顔で苦笑するアゼリア。
彼女の話を聞けば、魔王が治め、魔族の住まうその土地は、どうやらこの街――引いてはこの国の西に存在するらしい。
そして、彼らとこの街は交易を行っている。人類と魔族で相争っていたのは遠い昔の話で、現在は特にしがらみもないそうである。
とはいえ、相手は魔族。そして強い力を秘めた魔王だ。何かあってからでは遅いということで、領主様は日々彼らの動向を注視しているのだとか。
それはなんとも、胃に優しくなさそうな職務だな――俺たちの知る魔王について思い返して、つい内心で苦笑を漏らす。
TWPでの魔王は、別によくあるRPGのようにラスボスだとか討伐対象ではなかった。その代わり、彼女は脆弱なる人間の冒険者たちに、時折試練と称した遊びを持ちかける存在だったのである。
それらの内容は様々で、とある国の闘技場を乗っ取って闘技大会を開いたり、各国に期間限定で迷宮を作り出しての討伐大会や、果ては俺が持っているような装備品を報酬としてもらえる料理大会なども行われた。
つまるところ、プレイヤーにとってはゲームを楽しませてくれる存在として人気があったが、NPC視点で考えると非常に迷惑な存在だったのだ。
今回のアップデートでは、そんな彼女のいる地が開放されると噂されていたのだが――どうやら、それは真実だったようである。
「魔王…ねぇ」
よくある物語的に捉えるならば魔王を倒して元の世界に、という感じなのだろうが、それはあくまで人類が危機に瀕している場合の話だ。
作品によってはそれが人類の差し金…政略的な刺客として送り込まれるものもあるわけで、一概に魔王=悪とは言い切れないのが昨今のファンタジー情勢という奴である。
故に、俺たちが此処に来てしまったのが魔王によるものだとは言い切れないのだが――彼女のあの性格からすると、面白半分に連れてこられた可能性も否めない。
そんな嫌疑を頭の中に浮かべているのが不穏に見えたのか。ワルターは、スススと俺の近くに寄ると非常に不安げな顔で問いかけてきた。
「…魔王に喧嘩売ったりはしないでくださいね?」
「いや、普通に無理だから」
そもそもプレイヤー一個人では太刀打ちすることも敵わない存在である。
それを、今の冒険者でもない俺が相手にできるはずがない。しようとも思わない。それに、それができるのであればワルターにもできるということになってしまうではないか。
ひらひらと手をぶらつかせながら苦笑と共にそう告げれば、ワルターは「そうですよね、考えすぎですよねハハハ」と乾いた笑みを浮かべた。
…別にステータスが足りてたら喧嘩売りに行くとかいう話じゃないからな?
「さ、気を取り直して市場散策と洒落込もう」
折角職人通りにやってきたのだ。色々と見て回らなければ損である。
俺は気を取り直すようにそう言うと、外の面々を促して雑踏に足を踏み入れたのだった。
*****
「――で、此処が俺のお勧めの串焼き屋さんです。店主が厳ついんで行列になることも滅多にはない、見回り中にも寄りやすい穴場で…」
「…ほう? そうかそうか、それは、いいことを聞いたな?」
「…あ〝」
冒険者の面々に人気のある武具取扱店。日常的に使う台所用品を扱う店。騎士団の遠征の際には保存用の固焼きを注文しているパン屋。薬草の他、多様な香辛料も取り扱っている薬問屋。
その他諸々、俺たちが今後お世話になりそうな店を中心に案内してくれたワルターが最後に案内してくれたその店は、なんとも胃の腑を擽る香りを漂わせる串焼きの出店であった。
北から南へと進み、街の中心部まで来たら東門まで伸びる職人通りには、軽食を売っている屋台も多い。
食欲をそそられる香りがそこかしこから漂ってきて、つい先頃激しい運動をしたばかりの俺たちには道中なかなかの苦行だったと言わざるを得ない。
そうして、最後に連れてこられたのがこの店である。耐え難い誘惑にじわりと湧き出す唾液を飲み込むと、何者かがクイと袖を引っ張って主張してきた。
まあ、そんなことをするのはこの場に一人しかいないのであるが――
「………」
視線を落とすと、アイリスが無言でこちらを見上げていた。尚も袖を引いたまま、どことなく悲しげな表情を浮かべている。
さっきも言ったが、やめてほしい。ただでさえ見た目が美少女なのに、上目遣いとか本当にやめてほしい。
中身は男…中身は男…。
脳内で魔法の言葉を連呼しながら、思考を平静に保つべく目を閉じる。
視界を閉ざした途端に自己主張を増やす袖。――駄目だ、やっぱり抗えそうにない。
「…わかった。わかったからこっちを見るのをやめろ」
「やめたら買ってくれるの?」
「そうだな――と言いたいのは山々なんだが。実に残念なことに金が無い」
「…そういえばそうだったね」
そう、俺たちは現状無一文である。
故に、目の前の串焼きがどんなに美味そうで食欲をそそられるものであっても、買うことはできないのだ。…これはもしやして、手の込んだ嫌がらせか何かだろうか。
おのれワルター。
未だに顔面を鷲掴みにされている彼の救助を諦めると、俺は一つ溜息を落としてポーチを漁った。
そうして掌に収まるサイズの硬いものを引き出すと、それをどうするの? と小首を傾げるアイリスを尻目に屋台へと足を進める。
「すまない、串を2本貰いたいんだが」
「はいよ。…ん? そいつは魔石か?」
「ああ。この街に来たばかりでまだ換金してないんだが…連れも俺も腹が減っててな。美味そうな匂いのお陰で動けそうもないから、これで支払わせてもらうことはできないか?」
「ふむ…いつもならそういうのはお断りなんだがな。美味そうと言われちゃあ仕方ねぇ」
それに、そっちの嬢ちゃんも別嬪さんだしな?
店主は快活な笑みを浮かべると、そう言って串を手に取った。
「塩とタレ、どっちにする?」
「うーん…レイ、半分こでもいい?」
「いいぞ」
「じゃあ、1本ずつで!」
「あいよ」
その場で塩を振り、タレに潜らせて火にかける。
すぐに脂を滴らせてじゅうじゅうと心地良い音を立ててアピールを始めた肉に、俺たちの視線は正しく釘付けだった。
幾許も経たない内に完成した串焼きを受け取ると、引き換えに魔石を渡す。…渡そうとして、拒否された。
「あっちの、店の紹介一つまともにできねえ騎士様のツケにしといてやるよ」
くっくっく、と悪い笑みを浮かべる店主に、思わず苦笑する。どうやら、さっきのはバッチリ聞こえていたらしい。
それはなんともありがたい。俺もまた鏡合わせの様に口角を上げると、店主に礼を言ってから串を食らうことにした。ワルターには金ができたら返すことにしておこう。
タレを所望したアイリスに1本手渡し、早速かぶりつく。――うまっ!
「うまっ!」
輪唱するように聞こえてきた感想に頷き、もう一口。
熱々の肉を噛み千切れば、口の中でほどよい塩加減の脂がじゅわりと広がっていく。
きっと肉本来の旨味が十全に引き出されているのだろう。微かに甘みを伴うそれに、思わず頬が緩んでしまう。
シンプルな味付けながら、いやだからこそと言うべきなのか、最高の塩梅である。アイリスと目が合うと、無言で残りを交換し合った。
タレは見ている限り、醤油っぽいさらりとしたものだった。焼いた時の香りが微妙に違うのは、店主のブレンドか、それともまた別の食材によるものか。
TWPでの醤油はプレイヤーメイドのものしか出回っていなかったが、醤油っぽいものであれば似たようなものがあるのだ。
年甲斐もなくわくわくし始めた心に従うがまま、再度かぶりつく。
「……やばい、めっちゃ美味い。塩も美味かったけど、こっちも良いわ」
「ボクはタレの方が好きかな。塩もすごい美味しいけど!」
互いに満面の笑みを浮かべつつ、店主に揃ってサムズアップを贈る。照れくさそうにしながらも、同じように返してくれる店主。ノリいいな。
タレの味付けは、やはり醤油に近かったが別物だった。
果物でも摩り下ろしているのかフルーティで、塩気よりも甘さが先に立つ。味的には、とんかつソースと醤油の中間と言えば近いだろうか。
「おやっさん、このタレ、ベースは何を使ってるんだ?」
「ん? ああ、ソイソの果汁だよ。この辺じゃ見ねえだろうが、真っ黒い実でな。ここ何日か試しに使ってみたんだが、塩ばっか売れるからどうしたもんかと思ってたところでよ」
俺はこっちの方が好きなんだがな。そう苦笑を漏らす店主に、思わず顔を見合わせる俺たち。
ソイソの実は、先程の醤油っぽいものとしてゲーム内にも存在していた果物だ。見た目はスイカか、ボーリングの球というのが一番それっぽい。
今まではプレイヤーメイドの醤油が出回っていたからそちらばかり使っていたのだが、現状では補充の当てもない。であれば、醤油の代用としてこれを使えると思ったのだ。
「いい食いっぷりじゃあねえか。どうだ、もっと食ってくか?」
「え、でも――」
「そんだけ美味そうに食ってくれりゃあ、コイツの宣伝にもなるってもんだ。むしろ食ってくれるとありがてえんだがよ?」
それに、もう焼いちまってるしな!
がははと笑う店主に、思わず失笑してしまう。どうやら遠慮という選択肢は無いらしい。
それぞれ2本ずつタレを受け取った俺たちは、そう言ってくれるのであればと再び肉を堪能し始める。
うん、やっぱり美味い。やはりここは、聞いておくべきだろう。
「おやっさん。このソイソなんだが、一体何処で買ったんだ? あれは南方が産地だったと思うんだが」
「お、兄ちゃん知ってんのかい。そうさな、確かにこいつはこの辺りじゃ見かけねえ代物だ」
俺たちが驚いたのは、まさかこの果実の名をここで聞くことになるとは思わなかったからである。
この街の属する帝国は、大陸の中でも比較的穏やかな気候の内陸国だ。一年を通して気温差が小さく、暑い気候に適したソイソの生産には向かない。
故に、これを手に入れるにはここよりも南に位置する群国家――マウラスヴィー協商連合に赴くか、輸入するしかないのである。
そういった仕入れの事情を考えると、とてもではないが出店で売れるような値段にはならないはずだ。
すると、そんな俺の考えを察してか、店主は苦笑げにその理由を示してくれる。
「俺の知り合いがよ、こいつにドハマりして趣味で作ってんだ。もし欲しいってんなら、口利いてやってもいいぜ?」
「本当!?」
「おうよ。つってもまあ、売ってくれるかは奴次第だがな」
「それでも充分ありがたい」
「うんうん! ありがとう、親父さん!」
ソイソの実――醤油の代用品を思わぬところで手に入れられる可能性が芽生えて、二人して喜色満面に頭を下げる。
この地で栽培をしていると言うのなら、きっと《品種改良》したものだろう。このアーツは〈農業〉のスキルに属するものなので、交渉次第では他の野菜も仕入れることができるかもしれない。
俺がそんな皮算用をする一方で、店主は照れくさそうによせやい、俺ァ口利くだけだってぇのと鼻の下を擦った。見事な江戸っ子ツンデレ、ごちそうさまです。
そして、どうやら丁度良くワルターの折檻も終わったようだ。
いたたた、と額を押さえながらやってきた彼は、財布を取り出して…既に俺たちが串を持っていることに目を丸くした。
「あれ? いつのまに?」
「「ごちそうさまです」」
「えぇっ!」
どうやら元から奢ってくれるつもりだったようだが、店主の粋な計らいで機先を制してしまったようだ。
彼はノリよく大仰に驚いてみせると、笑って財布の口を開いたのだった。
*****
店主「ま、4本分はマケてやる。銀貨1枚と銅貨5枚な」
ワルター「え? 何故に? 2本分なら銅貨3枚なのでは…」
店主「いや、団長サンの分も含めてだから」
アゼリア「ふむ、これはなかなか…」もぐもぐ
ワルター「団長ォォォォォォ!?」




