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職業:宿屋で過ごす日々。  作者: TeA。
はじまりの日々。
14/24

雷鳴時々、高き壁



「――あ、やっと来た。もう、遅いよレイ」

「悪い悪い」

「考えすぎるのは貴様の悪いところだぞ。さっさと直せ」

「はいはい…相変わらず団長様は厳しいことで」



 まるで一昔前の不良漫画にでも出てきそうな展開で友誼を結んだ俺たちが女性陣の下へ向かうと、それに気付いた彼女らは思い思いに出迎えの言葉を告げた。

 ぷくーと頬を膨らませるアイリスと、仕方ない奴めと言わんばかりのアゼリアに、思わず苦笑してしまう。男の立場なんて此処にはなかった。


 さて、鍔迫り合うような状態でそんなやり取りをしていた二人だが、どうやら本格的に模擬試合を開始していた訳ではなかったらしい。

 俺たちが近づくと、改めて距離をとって構えを作る。



「手加減してあげるから、全力でかかってきなよ」

「ふ。その手の挑発はワルターで慣れている――ぞッ!!」



 …通じないとわかっているくせにネタを仕込むのは、最早癖か何かなのだろうか?

 初手から煽るアイリスに、余裕そうな表情でアゼリアが応えた。その言葉にチラリと横を見遣れば、口元をヒクつかせている男が一人。


 なるほど。さっき言っていた戦い方とはそのことか。

 ワザと頭に血を昇らせるというのは有効な手段ではあるが、確かに正々堂々で尋常だとは言えないだろう。

 折角だから俺にもやってくれれば倍返しにして差し上げたのに。まあ、もしかすると俺が後衛だったってのもあるのかね。


 さて、いよいよ始まる。

 ジリジリと間合いを詰めながら出方を伺う双方。そのまま幾許かの時が流れて、最初の一歩を踏み込むタイミングを計っているようだ。

 達人同士の決闘は、往々にして陣取りゲームの如き様相だと聞くが…この二人の場合はどうだろう。




 ――初手は、大上段からの袈裟斬りだった。




 落雷のような一撃である。剣速は目にも留まらず、空を裂く音は遅れて聞こえても可笑しくないほどの鋭さを秘めている。

 果たして、これを避けられる人間がどれほどの数いるのだろうか? そう思ってしまうほどに見事な初太刀は――けれど盛大に大地を砕くに留まった。



「ひゃあ、これは凄い」



 足元に入った亀裂に目を落とし、その瞳を丸めたアイリスが感嘆の息を吐き出す。

 アーツを使ったわけでもないのにこの威力。

 勿論彼女の《流星鎚》と比較するまでもないのは確かだが、それでもアゼリアのステータスはかなり高いのではなかろうか。そんな感想を抱いてしまう。

 だが、それでもまだまだだ。それだけでは廃人一歩手前の彼女(アイリス)には届かない。


 アゼリアの一撃をかわしたアイリスは、その場でクルリとステップを踏む。



「今度はこっちから行くよー」



 まるで鬼ごっこでもするかのような気楽な物言いに、アゼリアの顔が強張るのが見えた。


 避ける時間なんてものはない。

 それが彼女の耳に届くと同時に――その真正面から、ティーバッティングのように狙い澄まされたスイングが長剣を打ち据える。



「ぐっ…うッ!?」



 瞬間、まるで音叉の如き振動音が響き渡った。


 その異質な音階に思わず顔を顰める見学者二人(俺とワルター)だが、よくもまあアレで剣が砕けないものだと感心してしまう。

 確かに、ゲームシステム的に言うならば、余程磨耗した数打ちの安物でもない限りは今のを受けても耐久度がゼロになることはない。

 だが、現実的に考えるなら、アレだけの大質量が通常の倍以上の(普通の剣速と同じ)速さと威力を以てぶつかってくるのだ。余程丹念に鍛え上げられた剣だとしても、刃毀れの一つもして不思議はなかった。


 それでもそうならない理由は…恐らく、彼女のスキルによるものだろう。



「〈騎士の誓い〉――か」

「その通り。あれが使えるから、彼女は俺たちの団長なんです」



 ポツリと心当たりを呟くと、どこか苦笑げにそう漏らすワルター。どうやら、彼の口ぶりからするとプレイヤーとは違って「聖騎士」の誰しもが使えるものではないらしい。

 同じ職業でも、やはり得手不得手があるのだろうな、と納得しつつ思索する。


 〈騎士の誓い〉は、「聖騎士」で取得できるスキルの中でも特に使い勝手の良い代物だ。

 その効果は、一言で示すならば自己強化(バフ)

 《身命を賭す(身体強化)》、《剣を以て志を示す(武器攻撃力向上)》、《魔に抗うは主が為に(魔法耐性強化)》など、汎用性の高いアーツが揃っている。


 そして、その一つ。

 《我が意砕くこと能わず》を、今のアゼリアは使用していた。

 その効果は単純にして明快。武器の使用による磨耗、耐久値の減少を抑える、というものだ。



「まだだ――まだ私の剣は折れてはいないッ!」



 気炎を発するアゼリアを、ニッと笑みを浮かべたアイリスが迎え撃つ。


 そこからは、まるで大人と子供のような展開だった。


 波濤の如き振り下ろしは大地に亀裂を生んで足元に大きな影を響かせ、噴火の如き一撃は鎧を身に着けた身体ごと容易く吹き飛ばす。

 上から下へ。下から上へ。

 接触するたびに弾かれる様は、さながらピンボールのようである。


 既に全身泥だらけ。美術品が如き鎧の精緻な意匠も、最早鋳潰したかのように見てとることができなくなっていた。



「………」



 意外だな、と思った。


 それは、今も尚馬鹿の一つ覚えのように突進を続けるアゼリアではなく、それをじっと見つめるワルターに対してだ。

 彼の性格、その全てを知ったわけではないが、彼が彼女に――否、騎士というものに対してどのような思いを抱いているかは先程の告白で察しが付いている。


 憧憬、というと大袈裟だろうか。

 彼は、彼の思い描く正しい騎士像に、ある種のコンプレックスを抱いているのだ。

 そして、それに最も近いと思われる騎士団長(アゼリア)が、今目の前で転がされている。それをただ見ているだけで、文句や皮肉の一つも叩かないというのが不思議だったのだ。


 剣を杖のように地に突き立てて、再び立ち上がったアゼリアを眺める。


 彼女がこのまま終わるとは、俺もアイリスも思っていない。現にその瞳には闘志が宿ったままで、何か狙っているのは明らかだ。

 だが、こうも打ちのめされている現状では、奥の手があったとしてもそれを万全の状態では振るえない。最悪、アイリスに届く前に力尽きる事だってあり得るのではなかろうか。

 そんな風に考えながら、相も変わらぬ様子でアイリスに接近するアゼリアを見守る。


 そして――その懸念通りに、とうとう力尽きてしまったのだろうか。

 不意に、足の力が抜けたかのようにぐらりと傾いだアゼリアに、迎撃の為に振りかぶっていた鎚の勢いが削がれる。


 その、瞬間のことだった。






「――《騎士は只では(リベンジ・オブ)朽ち果てぬ(・ナイトアームス)》」






 ゾワリと、俺の背に怖気が走る。

 見れば、倒れそうなのは上半身だけで、アゼリアの足はつんのめるようにしながらも次の一歩を踏みしめていた。


 同時、彼女のボロボロだった鎧と剣が、夜の帳のように黒々としたそれへと変貌してゆく。

 そうして一瞬後、まるで暗黒騎士かの如く禍々しい全身鎧に身を包んだアゼリアは、驚愕に目を見開くアゼリアの眼前に迫っていた。


 やられた!


 そう思ったのはアイリスも同じだろう。何せ、ある意味「聖騎士」の切り札とも言えるスキルの存在を、すっかりと失念してしまっていたのだから。


 《騎士は只では(リベンジ・オブ)朽ち果てぬ(・ナイトアームス)》。

 それは、自己強化が主である〈騎士の誓い〉の中にあっても、一際異彩を放つアーツだ。

 その効果は、自分の残存HPに反比例した強力な自己強化。そして、発動中の攻撃に「聖騎士」とは相反するはずの闇属性と、高効率の自然治癒能力向上(リジェネレート)が付与されるというもの。

 発動中は常に消費されていくMPが尽きるか、或いは自分のHPが最大値まで回復すると効果が解けるのだが、その後、反動で一定時間ステータスが元々の半分まで落ちてしまう。そんな、少々どころでなく厄介なデメリットを持つピーキーなアーツ(それ)


 ゲームの頃は使い手が殆どおらず、いても「聖騎士」とは別の職業で使っていた。

 だからこそ、思い出せなかったのだ。



「――ぅぁッ!?」



 黒い稲妻のエフェクトが、逆袈裟にアイリスの脇腹を、胸元を、鎚を振るうために振りかぶっていた腕を切り裂いた。

 常ならば迎撃か、そうでなくとも防御するための戦鎚は、一瞬の緩みが祟って未だに引き寄せることは敵わない。


 一撃必殺となり得る剣戟――それでも、辛うじて致命傷を避けることは叶ったらしい。少々深いそれらの傷も、雷撃を纏った斬傷だったことが幸いしてか失血は多くない。

 陶磁器の如き真っ白い胸元が痛々しく灼け裂けているのが見えて、知らず眉根が寄った――取りあえず、ワルターの脇腹をドツいて意識を逸らしておく。


 振り上げられた暗黒剣が、ヒラリと踵を返して戻ってきた。

 再び打ち下ろされるのは、初撃と寸分違わぬような黒雷の一撃。音をも置き去りにせんとばかりに奔る剣の閃きが、アイリスへと降り注ぐ。

 同時に、ようやく手元に戻ってきた明けの明星(モーニングスター)が、それを撃ち散らさんと光と共に唸りを上げて振り上げられた。



「く、ぅうううッ!!」

「おぉぉォォッ!!」



 聖なる光と誇りある闇が、裂帛の気合と共に激突する。

 衝撃が俺たちの元にまで届き、思わず息を飲み込むが――けれど、彼女らはそれでも膝を着くことはなかった。


 この若さで三次職(聖騎士)まで至った実力と、彼女の秘策は伊達ではなかったということなのだろう。

 システム(準廃)裏打ちされた(人級の)ステータスは、真に彼女の力になっていたということなのだろう。


 最早アーツの加護を受けて尚上げられていた剣の悲鳴は聞こえない。

 今や武骨なだけだった鉄塊は煌めくような輝きを帯びている。


 事此処に至って、天秤は揺らめきながらも均衡を保っていた。

 


「ここまで…やるとはッ、思ってもみなかったよ…!」

「これでも騎士、なのでな! せめて無様な負けは晒さんよ…!」



 幾度目かの鍔迫り合いを演じながら、笑みを湛えた顔を突き合わせてそんなことを言い合う二人。


 そう、状況は、一見拮抗しているようでアゼリアの言葉通りだ。

 徐々に色が抜けていく彼女の装備…聖なる白銀を取り戻し始めた剣と鎧が、遂に彼女のMPが底を尽き始めたことを示している。


 それでも、尚。


 アゼリアは全ての力を吐き出すように、最後の一撃を為すために硬直を押し解いた。






「――《騎士の剣は雷光の如くスラッシュ・オブ・レイ》ッ!!」

「――《聖鎚撃(セイントクラッシャー)》っ!」






*****






「――及第点、ってところかな」

「そうか。…それは、なんともありがたい評価だな」



 模擬戦の結果をそう評したアイリスに、アゼリアは柔らかい微笑を浮かべて息を吐き出した。


 仰向けに倒れた彼女の傍らには、暗黒化が解けて元の白銀(ボロボロ)に戻った鎧が転がっている。…あれは、ウチで修理代を出したほうがいいんだろうか。

 アイリスの装備も、本気のそれではないが破損してしまったし、どうするべきか。駄目元だった回復魔法でも、やっぱり直らなかったからなぁ。


 …さて、そんな詮なきことは置いておくとして、ぼちぼち模擬戦の結果。及第点という評価について考えるとしよう。


 まず、この模擬戦の趣旨は、彼女ら騎士と俺たちプレイヤーの実力差を確認するためのものである。

 そこに命のやり取りは生まれず、だからこそ俺たちは――否。アイリスはある程度の(・・・・・)加減(・・)をしつつこの模擬戦に臨んでいた。


 彼女の高いステータスで攻撃にアーツを用いれば、それだけであっさりと人が死ぬ可能性がある。

 故に、彼女は当初アーツの使用を控えていた。アゼリアの奥の手を引き出すために、また彼女がどれだけ自分たちと戦えるのかを確認するために。

 …まあ、その目論見通りにアゼリアの秘策が成った結果、アーツを解禁してまで拮抗する羽目になるとは思ってもみなかった訳だけど。


 それでも人殺しの危険を憚らず、目的もなければ――きっと、アゼリアは最初の一撃で沈んでいたと思われる。


 前提条件を並べると、及第点という結果は合っていないようにも聞こえるが…これは何も模擬戦に限った話ではないのだ。

 現在この街にいるプレイヤーたちは、ほぼほぼ全てが日本人だろうと思われる。つまり、いくらVRという疑似体験をしているとは言って、本当の意味での人の生き死にとは縁遠い連中ばかりだということだ。

 故に、余程ぶっ飛んだ思考回路の奴でもない限り、対人戦闘で全力は出さない。というか、出せないだろう。


 だからこそ、先ほどのアゼリアの戦い方も間違ってはいない。

 流石にあそこまで何度も何度も(トライ&エラー)はさせてくれないだろうが、それでも相手の気力を削ぐという意味では正解だろう。


 そして、彼女の切り札である《騎士は只で(あの)は朽ち果てぬ(アーツ)》。

 彼女の培ってきた技量の上でアレを用いれば、持久力に難はあるが廃人勢にも届き得るということは証明された。だからこその及第点、という訳だ。



「……なるほど。持久力、か」

「ああ。あの技はそれこそ奥の手だからな。鍛錬は難しいだろうけど、普段から慣らしておけばかなり有効だと思う」



 実際、急激なステータスの変化に意識が追い付いていない節もあったからな。アゼリアに『旅人』(プレイヤー)の抱く倫理観と共に解説をしてやると、真剣な眼差しで一つ頷く。


 あのアーツは、熟練度が上がるとMPの消費がかなり緩やかになった筈。それだけでも大分使いやすくなるはずだ。

 問題は発動条件のお陰で鍛練の方法が限られてくることだが…と、此処でワルターが興味深い提案をアゼリアに振る。



「領主様のコレクションを借りればいいのでは? 着けてる間体力が減り続ける効果の装備とか、普通に持ってそうですし」

「うむ…しかし、私の個人的な鍛錬にレイノス様の私物を拝借するというのは…」

「いやいや、全然個人的じゃないですよ。切り札になる訳ですし」



 趣味で呪いの装備を集める領主とは一体。

 アイリスと二人でドン引いているとは露知らず、鍛錬の計画を立てる二人はまったくそのことを気にする様子はなかった。


 もしかしてそういう、高貴な人独特の感性という奴なのだろうか…?

 未だ見ぬ領主の奇特な趣味に戦慄しつつ、そろそろ続きを話していきたいのだが――


 

「む、すまん」

「あとは領主様も交えて話すとして…続きですか?」



 二人がこちらに向き直ったのを確認して、今度は俺とワルターとの模擬戦の話題に移る。

 といっても、両者共に現時点では彼女らに届かないのはわかりきっているので、内容は俺の疑問点。魔法についてだ。



「二人が魔法について詳しいかはわからないが…俺の魔法を見てどう思った? アイリスも、何か気付いたことがあれば言ってくれ」



 具体的には呪文がどう聞こえているか。また、あの時感じたラグについてを言及してくれるのならば大変ありがたいのだが。

 アイリスとの検証の時には攻撃魔法は使わなかったからなあ…確認できていない部分もまだまだ多いのだ。



「私には普通の魔法と同じように見えたが」

「ボクも、この間と特に変わらないかな」



 まずはアゼリアが首を振り、次いでアイリスも同じ動作をしてみせた。

 ふむ。そうなると、やはりラグがあるの(あの感覚)はこの世界では普通のことなのか…?

 二人の感想に頷きながら、そんなことを考える。すると、ここでワルターが躊躇いがちに口を開いた。



「あー…もしかしたら気のせいかもしれないですが、ちょっと魔法の展開が遅く感じたような気が…」

「――! やっぱりか!?」



 そう、それだ。その言葉が聞きたかったんだ!


 やはり傍から見ているのと直接相対するのとでは違うということだろう。

 ワルターの口にしたそれは、俺たちにとって、そして騎士の二人にとっても重要なことである。


 興奮気味に詰め寄った俺に、彼はギョッとしたように身を引いた。そして、俺を落ち着かせるためだろうか。ゆっくりと疑問点を口に出していったのだった。



*****

 アイリス「(いつの間にか二人の距離が近くなってる?これは…)」

 アイリス「…来るぞユーマ!!」

 レイ「誰がユーマやねん」

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