晴れ時々、好敵手
アイリス戦は端折ってしまったので、実質初の戦闘回です。
難産だった…セントウムツカシイ…
「レイナードくん。俺たちまでやる必要はあるんですかね?」
「まあ、俺も錆を落としときたいんで」
街を出て、平野を抜けた森の中。
折角宿から出られたにも関わらず、あっさりと街の門を潜ってしまった俺たちが向かったのは、今にも木々の中から魔物が飛び出してきそうなほど鬱蒼とした場所だった。
一応は武器を振り回しても問題ない程度に開けたそこで、お互い得物を握り対峙する。
やる気のなさそうな言葉を吐きながら、やる気のなさそうな構えで槍を握る緑の騎士。
どうしてこうなった…そう小さく息を吐く彼は、けれど一分の隙も見せずに佇んでいた。
事の起こりは、もちろん先の話によるものだ。
俺が模擬戦を提案し、アゼリアはそれを了承した。故に俺たちは対峙している。そこには何の不正もなければ、不思議もないはずである。
「いや、不思議どころじゃないですよ。どうして団長のための模擬戦なのに、俺まで参加することになっているんです?」
「――枝々を以て貫け。《フォレッジランス》」
「問答無用っ!?」
いつまでも愚痴愚痴と言わないで貰いたい。
やると決めたからには、やる。それだけのことだ。…まあ、気が進まないのはわかるけれども。
〈精霊魔法〉と〈短縮詠唱〉を用いて牽制の魔法を放つ。周囲の木々の枝が伸び、鋭利な槍となってワルターに襲い掛かった。
「ふっ、よっ、は――っとぉ」
無論、棒立ちでそれを受けるような者が騎士を名乗れるはずもない。彼は一つを避け、残りは槍で払い落とすと、ようやく覚悟を決めたのかこちらに向かってきた。
何の変哲もない突進…のようにも見えて、視線は周囲への観察に忙しなく動いている。恐らく、魔法の射出位置の把握のためだろう。
距離を保つために跳び退りつつ、試しにもう一度同じ魔法を使ってみる。…うん、どうやら正解だったらしい。今度はあっさりと全て避けられた。
なら、こいつはどうだろう。
「――幾多の枝々を以て縫い止めよ。《フォレッジランス》」
「何度も何を…うぇっ!?」
使った魔法は三度同じだ。が、今度は先程までの倍以上の枝が伸びてゆく。
最初はその量に顔を顰めたワルターだったが、どうも初槍を避けたところで小細工に気付かれてしまったらしい。身を捩り、掠めるように次々と躱していく様は、まるで某弾幕ゲームの回避術のようである。
初見でこれを見破り、即座に対応してみせるだなんて――グラードの騎士は化け物か!?
そんな阿呆なことを考えながら、けれど驚いたのは事実なので素直に賞賛の拍手を送る。
「まさか今のを避けられるとは」
「はぁ、はぁ…魔法の改変なんて、普通思い付いてもできないと思うんですけど、ねっ!」
荒れた息を吐き出すと、ワルターは悪態を漏らしながらも間合いを狭めようと動き始めた。
当然のことながら、長く詠唱する時間はくれないらしい。小さく舌打ちをして、下がりながらも呪文を紡ぐ。
詠うように唱えたそれは――今度は枝の傍ではなく、迫るワルターとの直線状に小さく淡い光を纏う魔方陣を浮かび上がらせた。
さて、折角だからここで魔法を発動させる手順について軽くおさらいしよう。
まずは、魔法を使用する基点を認識する。――約5メートル前方。地面。
次いで発動させる範囲を指定。――基点から大凡直径約50センチメートル程度。高さは5メートル前後の円柱状。
声に必要量の魔力を乗せながら構築術式を読み上げて、精霊に意志を伝える。――領域を守る標を立てて威を示せ。
精霊が魔方陣を展開してくれたのを確認したら準備完了。最後に、発動させる魔法の名前を宣言すれば――
「《トーテムコール》」
瞬間、疾駆する緑の騎士の足元から、色鮮やかな柱が生えてくる。
それは、人や動物を模した姿が彫られた、恐らく日本人ならば多くの人が思い浮かべることのできるであろう形をしていた。そう、トーテムポールである。
突如出現した柱に、激突こそしないものの大きく体勢を崩すワルター。
単体対象で効果範囲の狭いものばかりとはいえ、ここまでまともに魔法が当たらない相手とか、ゲームでも滅多にいなかったぞ…いや、ゲームじゃないからこそ、か?
ゲームでは魔法名を宣言すると同時に発動されていたそれに、若干のラグを覚える。
これは、現実となったこの世界では普通のことなのか? それとも、俺が俺自身として魔法を発動させることに慣れていないからか。確かめないといけないことが一つ増えたな。
それはさておき、大チャンス到来だ!
魔法でブーストした力と速さで、こちらから踏み込んでいく。
自分でも驚くほど鋭く放たれた杖先が、前のめりに傾いでいたワルターの喉元に迫り――弾かれた。
「――ちィッ!?」
埒外の衝撃に、思わず目を見開く。野郎、あんな鎧着てるのに倒れるのを承知で防いだのか!
それでも、ガシャンと大きな音を立てて落ちた身体は、逃がしきれなかったダメージに苛まれているはず。
だが、即座に上段から振り落とした一撃も、転がるようにして避けられてしまった結果、地面を砕くだけに終わってしまう。
拙い――
「今度は、こっちの間合いですねっ! 《三段突き》ッ」
「くそっ!」
針を通すような三連星が迫り来る。
鳩尾、胸、喉への刺突から始まって、有効範囲ギリギリからの、穂先で掠めるような《ジャベリンスラスト》。上段からの叩き付けに、足元を掬うような下段への一閃。
通常攻撃とアーツを織り交ぜた多彩で豊富な連撃が、雨霰とばかりに降り注ぐ。
PvPでは散々槍使いともやり合った筈なのに、一手ごとに押し込められるように後退させられていく。
頬が、肩口が、脇腹が燃えるような熱を持ち、辛うじて致命の一撃を避けられているという事実が心拍数を跳ね上げる!
「(――これが、実戦! VRとは違う、本当の命のやり取り!)」
一手捌き損ねれば、即座に命の灯が散らされるという恐怖。
一手読み違えれば、選び取れたはずの道が寸断されていく絶望。
見えているのに、防げているのに、どんどんと追い詰められていく感覚!
――初めてTWPの世界で魔物と戦った時。そして初めて人間と戦った時。
俺は酷く緊張し、痛みに狼狽え、息を逸らせていたのを思い出す。
けれど、どうだろう。今此処で、今この瞬間に、感じているそれはそれと同じだと言えるのか!?
「―――」
否! 断じて否である!!
嗄れそうなほど荒く、今すぐにでも深く酸素を求める身体を酷使せざるを得ない焦燥。
氷河に叩き落されるが如き、痛みすら覚えるほどに冷たさを孕んだ殺気に竦む心身。
そして、何よりもそれらを幾重にも包み鈍らせつつも高鳴る鼓動!
――嗚呼、良かった! 本当に良かった!
いつかは経験しておく必要がある。
漠然とそう認識していた、この世界での戦闘行為を――命が一つきりしかないことを思い出すための経験を、こんなにも早く積むことができるだなんて!
ジクジクと鈍痛を滲ませながら抜け出した赤色が、宙空に飛び散り地を染める様を視界に入れて口元に弧を描く。
見開かれた目が幾重もの流星を捉えて、瞳孔が開ききっているのを自覚する。
俺の変化を感じ取ってか、ワルターの優勢になったことで浮つき始めていた表情が引き締められた。
更に苛烈さを増し、どれもこれも一撃必殺足りうる鋭さを秘めた連撃を、鮮血を代償に捌き続ける。
まだまだ、決着はつかない。
ここからが勝負。
此処からが本番。
嗚呼――けれど。
最早、俺自身の目的は達せられてしまったのだ。
故に、だから、その礼を彼に捧げよう。
俺に生きるための本能を呼び起こさせてくれた緑の騎士に、『旅人』の戦い方というものを刻んでやろう。
俺は魔力を高鳴らせ、杖をありったけの力で握り締めて叫んだ。
「――転ばせろ!!」
*****
「いくらなんでも、アレはないと思うんだ」
目の前で仁王立ちするアイリスに、怒られること早数分。
俺は、どうにも釈然としない心持ちで痺れ始めた足を開放すべく奮闘していた。
「いや、だってあそこまで近づかれたら他の魔法は使えないだろ」
この歳になって地べたに、それも森の中で正座させられることになるなんて。
凸凹した地表のお陰で最早感覚の無くなり始めた足にそんな感想を抱きつつ、正当防衛だと主張する。
〈短縮詠唱〉を使っても、魔法を使うために呪文の詠唱が必要なのは変わらない。そして、あの息をも吐かぬ槍の雨の中でそんなことをしている余裕はなかった。
だから、ああするしかなかったのだ。俺は〈精霊魔法〉の、妖精に意思を伝えるという特性を最大限に活かしただけだ、と。
「それはそうだろうけど…もっとこう、他に何かなかったの?」
「真っ先に思い浮かんだのがアレだったんだ」
なんとも微妙な面持ちで問いかけてくるアイリスに、息を吐きながらそう答えを示す。
まあ、気持ちはわかる。
真剣勝負の真っ最中に、あんなふざけた魔法を使われたら怒りもするだろう。傍から見ていたならば余計にそう思うのは当然だ。
元ネタを考えれば失敗する可能性も大いにあった訳だし、もしかしたらそういう意味も含んでの怒りだったのかも知れない。
結果として精霊によって隆起させられた大地は見事にワルターの足を引っ掛けて、盛大に転んだところを《フォレッジランス》で地面に縫い止めてチェックメイトと相成ったのであるが、確かに失敗した後のことは考えていなかった。
――まあ、実際は勝負開始の時点で一度は使ってみようと考えていたのだが。
俺は心の中でぺろりと舌を出しつつも、表面上はいかにも反省していますとばかりに神妙な表情で視線を落とした。
「…はぁ。まあ、理由はわかったよ」
「そうか。じゃあ、そろそろ正座も――」
「でもなんか腹立たしいからしばらくそのままね」
なん…だと…!?
今の時点でも生まれたての子鹿になる自信があるのに、まだこんな苦行を続けると!?
「じゃあ、ボクとアゼリアの勝負が終わったら解いてもいいよ」
くつくつと喉を鳴らすと、アイリスはモーニングスターを片手に立ち上がる。
見れば、アゼリアは既に開けた場所で佇んでいた。
目を瞑り、精神統一を行っている――どうやら既に準備はできていたらしい。
俺は正座のままアイリスを見送ると、隣で今にも死にそうな顔をしている存在に声を掛けることにした。
「…なあ、ワルター」
「………」
反応がない。ただの屍のようだ。
日頃の胡散臭い笑みは一体どこに行ったのだろう。彼は精神的にはかなり強い方だと思っていたのだが…これでは指を指して笑い話にすることもできやしないではないか。
……いや、流石にそれは性格悪いな。思いついてる時点でアウトっぽいけども。
とにかく、彼に復活してもらわないことには封印の解除もままならない。俺は、痺れる脚を酷使して彼に向き直ると素直に頭を下げることにした。
「…その、申し訳ない」
下げたはいいものの、どんな風に謝ればいいかわからずに月並みが言葉しか喉を出てこない。いつぞやの、良かれと思って勝手な仕事に貢献する悪魔は今日は臨時休業のようである。
どう、したものか。あんな魔法で転ばせてすいません? 卑怯なことしてごめんなさい? …俺だったらぶん殴りたくなるな。
そのまま言葉を探しては、口にする前に飲み込むのを繰り返すこと早数回。
そこで、三角座りをしていた彼の身体が、小さく揺れていることに気が付いた。
「ワルター…?」
「――ぷ、く……ふふ……」
――よし、殴ろう。
「てめえ! よくも騙してくれやがったな!?」
「くくく…あっははははは! 最高です! 見事な頭の下げっぷりでしたよ、レイナードくん!」
そうだよな! そりゃそうだよな!!
普段あんだけ強かに腹の内を探ってくる奴が、どんな過程だろうが一度負けた程度でここまで落ち込むはずがないもんな!!
盛大に、それはもう爆発するかの如く指を指して笑ってくれたワルターに、さっきまでの殊勝な謝罪を返せと叫びたくなった。
激情のままに殴りかかるも、足に力が入らない。おまけに既に魔法によるブーストも切れているので、簡単に受け止められる。畜生めぇ!
そのまま言葉の殴り合いに移行して、思いつくがままに罵り合った。
そうして、暫し。思いついたが侭に煽り嘲笑うことに満足したのか、ワルターは大の字になって寝転がる。
「いやあ、見事に負けちゃいましたねー」
「………」
「あはは、まあ、そう睨まないでください。俺だって一応悔しかったんですから」
「そうかよ」
こちらとしては騙されたことが消火し切れていないので、ついむっつりと愛想のない声が出てしまう。…はぁ。本当、見事な擬態だったな畜生。
いつまでも引っ張っていても仕方ないので、大きく息を吐き出すことで気炎を逃がす。
すると、それでいつもの調子に戻ったと判断してか、なにやら清々しげな顔のワルターが口を開いた。
「俺、騎士にしては線が細いでしょう?」
「ん、まあ、そうだろうな」
確かに、改めて見ても彼のガタイは良いとは言えない。
他の騎士を見たわけではないので断言はできないが、女性のアゼリアとどっこいというのは、やはり男性にしては線が細いのだろう。
そんなことを言えば俺なんてもやしみたいなものなのだが、魔法使いと騎士で比べても意味はないので口にはしない。
「だから、他の同僚と打ち合っても大抵負けるんですよ。その所為で、負けることに慣れちゃってまして」
「………」
「それでも、騎士になりたての頃は悔しかったので、腕を磨いてきました。正々堂々打ち合えとか言われても、へらへらしながら今の戦い方を磨き続けて」
苦笑しながら言うそれは、まるで独白のようだった。
もちろん俺に向けて語っているのは間違いないのだが、同時に、自分にも言い聞かせているようである。
「そうして俺は、気付いたら今の地位になっていました。相変わらず力では勝てませんけど、それも気にならなくなっていました」
それは、今の戦い方で勝てるようになったからなのだろう。
自分の中で、それが確固たるものになっていたからこそ、気に病む必要もなくなったのだろう。
実際、あの危機察知能力と回避率、そして素早さを活かした手数の多さは驚異の一言だった。
さっきの戦闘も、俺があんな所業さえしでかさなければ彼が勝っていたに違いない。
――それでも、いくら手段を選ばなかったとはいって、俺が彼を打ち崩したという事実は覆らない。
「いくら『旅人』だとしても、君は魔法使いです。しかも、今は冒険者でもない。そんな君に、どんな戦い方だったとしてもあの距離で対峙して負けた…そりゃあ、悔しいに決まってますよね」
「……そうか」
へらり、と笑った彼に、俺は謝ることをしなかった。
謝りたいとも思わなかった。何故ならそれは、今まで彼が磨き上げてきたその槍捌きを否定することに他ならない。
だから、俺はワルターに対して何も言わない。ただ、その言葉の続きを促すのみである。
彼は一つ目を瞑り――立ち上がる。
差し伸べられた手を握り、再び真正面に対峙した。
「次は、勝ちます」
「次も、勝つ」
互いに不敵な笑みを浮かべて、高らかにそう告げた。
こうして、俺は――この世界で初めての好敵手を得たのであった。
*****
上半身を映したカメラ「男の友情やな」
下半身を映したカメラ「」




