腐ってやがる。遅すぎたんだ
何かに絶望したように煤けていたワルターの意識を現世に引き戻し。改めて話を聞けば、今この街にいる『旅人』の数が見えてきた。
俺たちという誤差があり、且つ未だ隠れているプレイヤーを考えても、実際の数はそう多くなさそうである。
彼らが把握している『旅人』の数は、俺たちがまず2人。
保護された者が16人。彼らを引き取りたいと申し出てきた『塔』持ちが4人。
そして、もう一つの『塔』に1人。
計23人が、現在この街に存在している最低人数とのことだった。
「…で、今日はついでにその4人組について探ってこいって?」
「察しが良くて助かります」
にっこりと口角を吊り上げるワルターに、思わず顔を顰めてしまう。
そりゃ、彼らからしてみれば『旅人』について聞くならば『旅人』に、というのが道理であるのはわかる。
手っ取り早く、彼らが保護した『旅人』に聞くのを避けたい気持ちもわかる。どうせ保護されるなら、同じプレイヤーに。そう考えて暴走でもされたら堪ったもんじゃないからな。
けど、それで俺たちに聞かれても…正直言って困るんだよなあ。
「それだけの情報でどうしろと? それに、あまりベラベラ喋って同じ境遇の奴らに睨まれるのも嫌なんだが」
「そりゃそうですよね。なので聞きたいのは、どういう相手なのかってこと。つまり使う魔法とか弱点とか、そういうのを言う必要はないですよ」
「彼奴らは自分たちを『開拓者』と名乗っていた。…正直私には、冒険者との違いがわからん」
「えっ」
驚いたように声を漏らしたアイリスに、2人の視線がついと集まる。
慌ててそれを避けるべく、彼女は顔を明後日の方に逸らせるが――残念ながら、片割れはともかくそれで諦めるような相手ではない。
俺は苦笑を漏らしつつ、アゼリアの口にしたそれについて思い返した。
別に、冒険者のような職業を示した名ではない。本来の意味そのままの単語でもない。
それは――クランの名前なのである。
「その様子だと、知っている相手のようですね?」
「………」
沈黙は肯定。そう言わんばかりにニィっと描かれた弧が、複雑そうな面持ちのアイリスに投げ付けられる。
某不思議の国の猫の如き笑みに小さな肩が落ち、即座にアゼリアが出動しかける――が、自分の任務を思い出したのだろう。すぐに鎮火して座り直した。
さて、事此処に至っては、最早隠しておくことはできないだろう。
『開拓者』。ワルターの察するとおり、その名前を俺たちは――特にアイリスはよく知っていた。
*****
連中と――否、奴と最初に関わったのは、まだ俺たちがクランとして集まるようになる前のことだった。
当時から俺たちはパーティを組むことが多かったのだが、ある日、レベル上げのためのボス狩りをしている所に現れたプレイヤーがいたのである。
名前はアクセル。ソロの冒険者だという彼は、アイリスに会いに来たのだと言った。
「え? ボク? …言っとくけど、勧誘はお断りだよ?」
勿論、当時からキャラクターの容姿は変わらない。つまり金髪碧眼の、紛う事なき美少女である。
故に、彼女はよくよくパーティやクランへの勧誘を受けていた。目的は言わずとも察しがつくだろう。毎度毎度、ご苦労なことである。
そう、この日もそんなよくある光景の一つだと思っていた。俺も、アイリスも。
――だが、そうではなかったのである。
「――好きだ! 俺と結婚してくれ!」
「――はっ?」
軟派どころの話ではない。彼は電撃戦どころか、急転直下もかくやという切り込みの速さでアイリスに思いの丈を投下した。
一応補足しておくと、一部のネットゲームにもあるように、TWPにも結婚というシステムは存在する。
存在はするのだが――少なくとも今日、出会ったばかりの相手とするようなものでないのは誰にだってわかると思う。
そして、そんな唐突に過ぎるプロポーズを受ければ、きっと誰だって動揺するに違いない。
アイリスもまたその例には漏れず、けれどすぐに気を持ち直してそれを断った。
「いや、無理だから。そもそも勧誘はお断りだって言ったよね?」
「勧誘じゃない! 本気なんだ!」
「本気とかいう話じゃなくてね? ボクはフレンドとしか遊ぶ気はないの」
「じゃあ、俺をフレンドに」
「お断りします」
ばっさりと切り捨てられるアクセルだったが、彼は諦めていなかった。
その日はすごすごと帰っていったのであるが、その後も度々俺たちの前に現れては、しつこく勧誘を繰り返したのである。
「俺が本気だってこと、そろそろわかってくれたかな?」
「あーもー! だから嫌だって言ってるじゃないか!」
「大丈夫だよ。恥ずかしがらなくっても、すぐに慣れるさ」
こいつヤバい奴だ、と。その輝く白い歯を目の当たりにした俺たちの行動は早かった。
まず、フレンドたちに連絡して防衛態勢を確立し、アイリスを徹底的にガードする。俺が口を挟んでも意味が無かったことから、常に3人は人を付けるようにした。
アイリスとは共通のフレンドも多かったので、ミイラ取りがミイラになる心配もない。彼女は彼らに時間を割いてもらうことに引け目を感じていたが、一つの仕様を知ってからは素直にありがたがった。
改めて言っておくと、アイリスはネカマというやつだ。
通常、VRのような没入型のゲームには、女性キャラクターに対する過度な身体的接触を防ぐためのプログラムが組み込まれている。
しかし、それは今でこそ。VRMMOというジャンルがようやく本格的に確立され始めたばかりのこの頃は、それが適応されるのは性別が合致している者――現実でも女性の人たちだけだったのである。
アイリスは直接的な被害にはまだ遭っていなかったのだが、アクセルの言動からするにそれも時間の問題だと思われた。
…そして、それが起きたのはその直後のことだった。
「やあ、アイリス。今日も綺麗だね」
「――こいつがギルマスの言ってた奴か? 確かに見た目はいいが、本当に使えるのかよ?」
「実力については保証するよ。ライズファルコンの群れを一人で討伐できるぐらいだからね」
「そうか。なら問題ねえな。で、なんだこの取り巻き連中? あれか、姫プレイってやつか?」
こちらの動きを察知したのか、それとも元からそういう腹積もりだったのか。アクセルは一つのクランを立ち上げていた。
それこそが、『開拓者』――以後幾度にも渡って煮え湯を飲まされることになる、廃人だらけの戦闘クランである。
「相変わらずしつこいなぁ、君は。早く帰ってよ」
「アイリスこそ、相変わらずつれないね。そんな奴らといるより、俺と一緒のほうが絶対楽しいのに」
「そうそう。お姫様扱いされてぇなら俺らがしてやるって」
ギャハハハハ、と濁声で笑うマナーの悪いプレイヤーたち。
彼らはどいつもどこかで見聞きしたことのある連中で、ランキング制のイベントでは常に上位に陣取るような者ばかりであった。
中にはそれを知り尻込みするメンバーもいたのだが――それでも、大事な友人のためである。そんなことを理由に逃げる奴はいなかった。
「かーっ! どいつもこいつも弱ぇなあ」
「しゃーないっしょ。ウチらとやり合えるのはウチらぐらいなもんなんだし」
だが、相手は廃人。社会性をかなぐり捨ててゲームの世界に心血を注ぐような連中とは、そもそも掛けてきた時間が違う。
あっさりと打ち倒された俺たちは、復活するまで地べたに倒れ臥し、ただただ見守ることしかできなくなってしまった。
そして、そんな俺たちを嘲笑うように、アクセルが言う。
「ほら、これでわかったでしょ? レベルも低い。技術も足りない。そんな奴らと遊んでたって楽しくないよ」
「……そう。確かにそうかもね」
俯き、膝を着いたままの姿勢で、ポツリとそんな言葉がアイリスから落ちた。
誰かが息を呑む音がした。何言ってるんだ、と嘆く声がした。
そんな俺たちとは裏腹に、アクセルは下弦の月のようににんまりと口元を歪める。
「だよね! よかった、やっとわかってくれたんだ!」
「………」
「じゃあ、これからはいつも一緒にいられるね。まずは何処に行こうか? 俺のお勧めはアドミシアの火山なんだけど――」
「おいおいギルマス。そこって最近公開されたエリアだろ? いきなりガッついてんなあ」
「当然俺らも一緒ですよねえ? ふひひ、温泉とか、運営はわかってるよなあ」
下卑た目つきでニヤつく『開拓者』のメンバーたち。
くそったれの直結共め!
無様にそう喚くことしかできない俺たちを、アイリスは目を細めて眺め。
「温泉かぁ…それは、是非みんなで行きたい――ねッ!!」
油断しきった一人の股座を、強かに蹴り上げた!
「――ウゥァぐッ!?」
即座に飛びのき、貴重な復活用アイテムを惜しげもなくを使うアイリス。
よくやった!
さあ逃げるぞ! 風のように!
一体何が起きたのかと目を白黒させる『開拓者』たちに背を向けて、足を揃えて駆け出した。先ほどまでの沈鬱な空気はすっかり消え失せ、代わりに連帯感が生まれる。
「よぅし、こうなりゃ大放出だぜ! 《フレアダスト》! ――アイリス、これ使え!」
「《メルトスピード》! えっ、ちょっ、これいいの!?」
「《サモン・ドゥラグハンズ》。おお、集団転移魔法門。よく持ってたな」
炎の塵を撒き散らし、速度を低下させ、文字通り足を引っ張る亡者の手を呼び出して追っ手を妨げる。
見れば未来のクランマスターがアイリスに放って寄越したのは、いつでもどこでも、好きなときに好きな場所へと飛べる便利で貴重なアイテムだった。
背後から次々に飛んでくる魔法を結界で弾き、大盾で防ぎ、時には相殺させていた二人の殿も、目を輝かせて喝采を浴びせる。
いよっ、兄貴太っ腹! 流石の貫禄ね!
「一応言っとくけどこれ装備の所為で太く見えるだけだからな!?」
はて、何を言っているのだろうか。
笑いながら駆ける俺たちに、最早怖いものは何もない。
そして、最後に一つ言葉を残し、アイリスが手中のそれを起動させる。
「――残念だったね! ボクはレベルも技術も足りないみんなといるのは好きだけど、頭の足りない下種と一緒にいるのは嫌なのさ!」
そんな、なんでだアイリス――!
門を駆け抜ける俺たちが最後に聞いたのは、情けなく追い縋るそんな声だった。
「はははっ、最高だったな!」
「聞いた? あの情けない声! しばらくは話のネタに困らないわね!」
「おいおい、吹聴すんのは酒場だけにしとけよ?」
「じゃあ俺は掲示板に火種を投下しておくわ」
「ならボクは通行人Aとして油でも撒きに行こうかな?」
門が閉じるのを確認すると、俺たちは冷めやらぬ興奮と共にそんなことを言って笑い続けた。
一度はやられてしまったからこそ、あの場でやり返せたことが清々しくてたまらなかった。
勿論立役者はアイリスである。
彼女があそこで一矢報いなければ、こんな見事な逆転劇を演じることはできなかったであろう。
そうして一頻り盛り上がり、おうやく少し落ち着いた頃。
全員が全員大の字になって転がっていた中で、一人ムクリと身体を起こしたアイリスがペコリと頭を下げた。
「みんな、今日はありがとう。きっとまた迷惑を掛けちゃうだろうけど…これからも一緒にいさせてくれるかな?」
何を改まって言う必要があるのだか。そんなもの、答えは一つに決まってるだろ?
「ばーか。こんなもん迷惑の内に入んねーよ」
「むしろ、逃がさないわよ?」
「元気印がいないとレイナードがただのものぐさになる。いてくれないと困るぞ」
「うるせえな。でもまあ、そういうこった」
ニッと口角を吊り上げて、思い思いに言葉を並べる。
一人はそっぽを向いてぶっきらぼうに。
一人は妖しくも艶やかに。
一人は豪快に笑い飛ばして。
俺だって同じだと口角を上げ、グッと親指を立てて笑って見せた。
誰も彼も台詞は違えど、籠めた思いは一様に。
これからも一緒だと彼女に告げれば、アイリスは涙なんて出ないのに顔をくしゃりと歪ませた。
「うん――うんっ! 皆、これからもよろしくね!」
「――そうだなぁ、折角だし俺らもクラン作るか?」
「クラン名は『アイリスちゃんを守り隊』で決定ね!」
「うわきつ」
「ないわー」
「それはちょっと…ボクも嫌かな」
「これは酷い」
「えっ、嘘でしょ? だって今日もそのために集まって――
*****
クランメンバー紹介
・兄貴肌なギルマス
…色々破天荒すぎるリーダー役。当時の職業は「魔剣使い」。
・アイリス教の魔女
…アイリスちゃんを守り隊(自称)隊長。当時の職業は「ウィザード」。
・ごく普通の少年
…魔女の実弟。特徴がないのが特徴。当時の職業は「聖騎士」。
・アイリスフィール
…直結ホイホイトラブルメーカー。当時の職業は「司祭」。
・レイナード
…口は悪く目つきも悪いノッポ。当時の職業は「召喚士」。
※クランの名前はそのうち出します。




