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職業:宿屋で過ごす日々。  作者: TeA。
はじまりの日々。
10/24

鉄腕アイリス

 書き溜めしていたのにいざ投稿する時になると違和感を覚える罠。

 練り直しに時間がかかってしまいました。申し訳ありません。




「どうも、ちょっとぶりです」

「遅くなってしまってすまない」



 二人の騎士が再びやってきたのは、数日後のことだった。


 相変わらず丁寧な口調でへらりと軽いワルターと、絵に描いたように固いアゼリアを招き入れ、先日と同じテーブルに案内する。

 今回は前のようにアポなしで突撃されるようなこともなく、事前に兵士の一人が連絡に来てくれたので慌てふためくこともなかった。茶請けも既に用意してあり、準備は万端である。


 二人が座ったところで紅茶を淹れてやり、俺も席に着く。と、今日はまずアゼリアから口を開いた。



「み、土産だ。口に合うかはわからないが、良ければ食べてくれ」

「わあ、ホントに持ってきてくれたんだ! ありがとう、アゼリアさん!」



 そう言って包みを手渡すアゼリアに、満面の笑みを浮かべ受け取るアイリス。

 早速とばかりに解いた包みから出てきたのは、美しい琥珀色の瓶詰め――はちみつだった。酒好きなくせに甘党なアイリスにとっては、ばっちりストライクゾーンな代物である。

 珍しく見た目相応にはしゃいでみせる彼女に、最早アゼリアは陥落寸前。控えめに言ってデレデレだった。


 堅物な姉と人懐っこい妹――そんな風にも見える二人を前に、ひっそりとワルターが解説を入れてくる。



「アゼリアってば、アレを選ぶのにこの街で売ってるはちみつ全種類買ってきたんですよ…試食までして一番甘いのを選んだみたいです」

「…わざわざそこまでしたのか?」

「ええ。最早病気ですよありゃ。ぶっちゃけ俺には味の違いがわかりませんでした」



 そう辟易したようにぼやくワルターは、まるで甘さが舌に残っているかのように無作法に紅茶を啜った。


 どうやらこの様子だと、大分付き合わされたらしい。どんまいとしか言いようがない。

 しかし今日はまた随分と、それも初っ端から態度が砕けているように感じるが…何かあったのだろうか? 前回の帰り際などは、当初とは違うベクトルの警戒心が芽生えていたと思うのだが。


 親交を深める女性陣――片方は純粋に女性と言えるかは別にして――を眺めながらそんなことを考え、ティーカップを傾ける。

 と、その答え合わせの機会はすぐにやってきた。



「実は先日、この宿から引き上げた後に他の『旅人』と会いました」

「!」

「こんな風に言うのはなんですが――酷い有様でしたよ」



 待ち望んでいた情報。その唐突な出現に、思わず目を瞬かす。


 前回、彼らは多数の『旅人』(プレイヤー)がこの地に現れたと言ってはいたものの、その詳細については把握していなかった。

 だからこそ、今日はそれについて問おうと決めていた。のだが――

 苦々しさを孕んだ声色に、それよりも先に確認しておくべきことができたと眉を顰める。


 まさか、プレイヤーが街の人たちを攻撃したのか?



「いえ…混乱自体はあったみたいですけど、住民から怪我人は出てません。騎士団の中から何人か、錯乱した様子の『旅人』を止める際に手傷を負ったらしいですが――まあ、少数ですし後遺症もなかったので大丈夫でしょう」



 最悪の事態を考えて身を硬くした俺に、ワルターは苦笑を浮かべながらそう告げた。

 その内容に、胸の内でよかった、と小さく息を吐く。どうやら、最悪の事態にはならずに済んでいるようだ。


 錯乱した連中がどれほどいたのかは不明だが、それでも、そこまでいかずとも混乱している奴は大勢いたはず。

 それが街中で同時多発的に暴れでもしようものなら、街の住人の『旅人』(プレイヤー)への印象はストップ安必至。

 軽傷とはいえ怪我をした騎士団の人員には悪いが、実に幸いだった。


 さて。そうなると、先程の言葉の捉え方も変わるであろう。

 プレイヤーによる被害が酷いという訳でないのなら、一体何が酷いのかというと――



「精神的にやられているのが多い、のか?」

「大正解。花丸を差し上げましょう。…一部例外を除けば、見てるこっちが憂鬱になりそうな陰気臭い連中ばかりでしてねー」



 曰く、二人が宿を訪れてきたあの日、他の騎士たちは多くの『旅人』(プレイヤー)保護(・・)したのだという。


 彼らはこう叫んだそうだ。「GMを出せ!」「ログアウトさせろ!」と。

 中には自害を図ろうとしていた奴もいるらしく、勇気ある騎士団員が止めなければ混乱は更に広がっていただろう、とのことだ。


 しかしてなんとか無事保護された彼らは『旅人』と『塔』の話を聞かされることとなり、ようやく現状を認識するに至った。

 即ち、今すぐに戻る術はないのだと。

 ゲーム内に閉じ(ログアウト)込められた(できない)と見るか異世界に飛ばされたと見るかはそれぞれであろうが、その事実に大半が嘆いたという。



「私たちを帰して――か」



 そして、彼らは縋ったのだ。

 神でも悪魔でもない、同じ人間である彼らに。


 それは違うだろ、と言いたくなって、目の前にいない彼らに歯噛みした。


 気持ちはわかる。

 こんな訳のわからない状況に陥って、どうすればいいかもわからない。誰でもいいから助けてほしい。

 そう思うのは誰だって同じだ。が――それが許されるのは、庇護されるべき子供か、精々が気持ちに整理がつかない間だけだろう。


 俺たちがこの世界に来て、既に数日が経っている。

 だというのに未だそれというのは、俺にとっては怠惰に思えてならなかったのだ。


 それを直接見聞きしている、それでも尚保護してくれている彼らには本当に頭が下がる。

 俺がそう思うのは違う気もするが――顔も知らないとはいえ、大半は同じ日本人なのだ。何とも言えない情けなさと申し訳なさを噛み締めていると、ワルターはそれを晴らすかのように軽く笑った。



「ま、ここ何日かはそんな感じでした。おかげで此処に来る時は開放された気分でしたよ」

「そうか…じゃあ、せめて寛いでいってくれ」

「ええ、そうさせていただきます」



 この焼き菓子美味いですね、とジンジャークッキーを頬張る姿からは、俺たちに対する悪感情は読み取れない。

 二人が『旅人』(プレイヤー)に対して隔意を抱いてしまったのでは、と不安に思ったのだが、どうやら杞憂のようだった。あっという間に用意していたクッキーが胃の中に消え、それに気付いたアイリスたちが文句を垂れる。


 そんな意味もなく騒がしいやり取りを見ていると、どうにも馬鹿らしくなってきて笑った。

 そうしてようやく自分の顔が強張っていたことに気が付くあたり、どうやら俺は随分と悲観的になってしまっていたようである。


 ――まいったな。気を使わせてしまったか。

 


「はいはい、今追加を持ってきてやるから喧嘩すんなって! アイリスも、客に対して食い意地を張るなっての」

「だってボクらの分まで全部食べちゃったんだよ!?」

「ボクら、じゃなくてアゼリアの分な。端からお前の分は勘定されてない」

「れ、レイナード殿。それならばアイリス嬢の分は私のものから分けてやってくれまいか」

「本当!?」

「じゃあ俺はそれの残りをもらうとしましょう。具体的にはアゼリアの分」

「貴様、あれだけ食っておいてまだ食う気か!?」


 そんなわちゃわちゃと騒がしいお茶会は、どうやらまだまだ続くらしかった。




*****




「で、だ。具体的に領主様はどう対処するつもりでいるんだ?」



 一先ず落ち着き始めた頃を見計らい、ようやく話題を戻すことに成功した。

 今度はアゼリアもちゃんと話に参加するらしく、こちらに視線を向けている。…時折ちらちらと彷徨っているのは、まあご愛嬌ということにしておこう。


 さて、プレイヤー連中の話である。

 ここまで放置していたのはある意味俺たちの落ち度だとも言えなくはないのだが、領主様の考えはどうなのだろう。

 俺がそう問いかけてみると、ワルターも一つ頷いてそれに答えてくれる。



「ええ、流石に領主様もあそこまで酷いとは思ってなかったらしくて頭を抱えていたんですが――つい昨日、連中を引き取りたいって奴らが名乗り出てきましてね」

「引き取りたい…?」



 その言葉の響きの悪さに、思わず嫌な予感を覚えた。


 異世界モノのありがちな展開を想像すると、このタイミングで現れるのは国の使いか奴隷商、或いは訳知り顔の賢者だろうか。

 正直どれも厄介事の臭いしかしない。特に二つ目、テメーは駄目だ。


 思わず身を硬くしていると、アイリスも似たような連想したのか無言で彼を睨めつけた。何故かアゼリアまでも、ワルターに厳しい視線を送っている。



「違います違います、別に悪い意味じゃないですって! というかアゼリアは知ってるでしょう!」

「……ふん。貴様の誤解を招く言い方が癪に障っただけだ」



 つんとそっぽを向くアゼリアだったが、ほんのりと耳が赤い気がするのは見間違いだろうか。うん、きっと見間違いだろう。見間違いだ。見間違いに違いない。

 ワルターはコホンと一つ咳払いを挟み、話の続きを口にした。



「それで、そいつらなんですが、別に奴隷商とかではないのでそこは安心してください。何せ、君たちと同じ『塔』持ちの『旅人』ですから」

「『塔』…。ボクら以外にも、ホームごと飛ばされてきたプレイヤーがいたんだね」



 その言葉を受けて、なにやら思案顔のアイリスがそう呟いた。

 どうやらさっきの大騒ぎの中で本性が露呈したらしく、もう羊の皮を被るつもりはないらしい。


 しかし、『塔』…宿屋を所有するクランが名乗り出てきた、か。

 耳が早いのか、それとも斥候職がいるのか。何にせよ、俺たちよりも情報収集能力に長けているのは間違いなさそうである。

 できれば連携を取れればいいのだが、どういう連中なのだろう。



「因みに、『旅人』の総数は今把握してるだけで26人となっています。内訳は、キミたちのところで5人。受け入れ先の元々の人数が4人――

「あー…悪い。それなんだけど」



 補足を入れてくれたワルターに、なんとも微妙な気分になりながらそろりと手を挙げる。ここで言っとかないと、後々ネタばらしするタイミングを逃してしまいそうだった。

 ワルターたちの『旅人』(プレイヤー)に対する方針や対応を知った今なら、彼らに対する警戒レベルは多少下げても問題ないだろう。


 俺はミスリードさせたことを明かすと、正直にここの人数を口にした。即ち、俺とアイリスの二人だけだということを。



「え…? それって冗談じゃなくて本気でですか?」

「うん。宿の中を見てもらってもいいけど、ホントにボクらだけなんだ。ごめんなさい」

「申し訳ない」



 俺が勝手に仕向けたことなのでアイリスが謝る必要はないのだが――一緒に頭を下げられてしまった。

 後で礼を言おう。そう頭の片隅に置き、二人と改めて向かい合う。


 頭を上げた先では、何故かアゼリアがニヤニヤとワルターを小突いていた。



「だから言っただろう? 宿の中にある気配は我々含めて4人だと」

「ぐっ…あ、あの後アゼリアだって言ってたでしょう! もしかしたら気配を絶つことに優れた手練なのかも知れないとか!」

「わ、私は可能性を示唆しただけだ! 最終的な判断を下したのは貴様だろう!?」

「それが騎士団長(責任者)の台詞ですか!」



 責任転嫁のような言い争いに、なんとも申し訳なさが肥大していく。

 警戒心が立っていたとはいって、せめて騙すような形になるよりも濁しておくほうがよかっただろうか。

 兎にも角にも謝罪を重ねる。が、ワルターはひらひらと手を振ってそれを遮った。そして頭を一つ掻き、まるで自嘲するかのように言う。



「あー、まあ、キミたちの気持ちもわかりますから、それ以上は謝らないでください。俺の未熟が浮き彫りになったみたいで、余計に情けなくなってくるので」

「…わかった」

「因みに、あの時言ってた「引退した冒険者」というのは?」



 謝るなと言われるのも釈然としないが、そうなるとこれ以上こっちから言うのも憚られる。

 もやもやしたものを飲み下し、せめて次来たときには何か美味いものでも食ってもらおうと決意した。


 そしてどうやら、彼らはあの時の内訳が気になるようだ。確か全員戦闘できるということは言ったはずだから、俺たちのどちらがそうなのか確認しておきたいらしい。

 外見年齢的には俺がそうだとわかりそうなものだが、線の細いアイリスは見るからに荒事に向いていなさそうな容姿をしているからな。判別し辛いようだ。


 まあ、貴族のお嬢様と言っても過言ではない見た目の美少女が、冒険者なんていう粗野な仕事をしているとも思えないのだろう。

 もしかすると引退という言葉の意味を、冒険者としてやっていけないと思い断念した、とでも解釈されているのかもしれない。



「俺だ」

「「えっ」」



 答え合わせをしてやると、案の定な反応が二つ揃った。

 信じられない。嘘でしょう? そんな顔をして目を剥いた二人の視線が、ゆっくりとアイリスの方に向けられる。



「では、つまりアイリスフィールちゃんは…」

「ん、現役ばりばりの冒険者だよ。あと、ボクのことはアイリスでいいから」



 ギギギ。そんな油の差していないロボットのような動作で首を動かすアゼリアが目にしたのは、ポーチからモーニングスター(己の獲物)を取り出すアイリスの姿であった。


 揃ってあんぐりと口を開ける騎士二人。まあ、そうなるな。

 何しろアイリスは、傍から見るだけならば線の細くて小柄な少女なのである。それが、身の丈に届かんばかりの巨大な鈍器を軽々と素振りしていれば、その反応になるのも無理はない。



「…すまない。少し持たせてもらっても良いだろうか?」

「うん、いいよー」



 ニカッと太陽のような笑顔を浮べ、ちょっと本を貸すぐらいの気軽さで手渡される明けの明星。



「――重ッ…!?」



 それを手にした瞬間、苦悶するようなくぐもった声と共に、ただでさえ強張っていたアゼリアの表情に苦虫を噛み潰したようなそれが添加される。

 しっかりと腰を落として重量に引き摺られないように堪えるも、どうやら相当に重いのは間違いないらしい。

 それを見たワルターの顔は、青を通り越して白くなっているようにも見えた。


 …一応擁護しておくと、別に彼らが非力という訳ではない。単に、アイリスが異常なだけである。

 正確には、アイリスの着けている称号による恩恵だ。彼女がセットしているのは、「怪力無双」――ステータスの力の値に大幅な補正を加え、更に武器の重量(・・・・・)制限を取っ払う(・・・・・・・)という効果を持っている。


 重量制限とは、プレイヤーがどれだけ重いものを持てるかの限界を示す数値だ。これを超えれば装備できないし、逆に大きく下回っているならば武器を振り回す速度に補正が掛かる。

 では、この制限がないとどうなるのか。つまり、目の前のアイリスのようになるというわけである。

 彼女は理論上、どんなに重い武器でも扱える。実際には取りまわしの問題があるのであまりに巨大な武器は無理だが、例え自分より重くとも、持ち上げて振り回すこと自体には何の支障もないのだ。



「……もしかして、レイナードくんもアレを?」

「いや、流石に無理だ」



 戦々恐々とした様子で疑問を投げてくるワルターに、苦笑しながら首を振る。

 一応持つだけなら可能かもしれないが、そもそも俺は魔法使い(スペルユーザー)だ。後衛があんなものを持っていても、いざという時に動けなくなるだけである。


 そんな俺の返答に安心したのか、それとも色々と諦めたのか。

 深く息を吐いた彼はゆっくりと頭を振った。…なんだか酷い誤解を受けている気がする。


 言っておくがああも軽々金属の塊を扱えるのは、同じ様な称号持ちか力のステータスが極まった廃人位なものだ。

 伝わらない部分は噛み砕いてそれを説明したが、結局彼の遠くなった目はしばらく戻ることはなかった。



*****


 アイリス||||||越えられない壁||アゼリア|||レイナード||努力の壁|ワルター

 ワルター「騎士の立場ェ…」

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