VRMMORPG「The World of Possibility」
何をとち狂ったのか書き始めてしまいました。
拙い文章ですが、エタらないように頑張りたいと思います。
「「「じゃーんけん、ぽん!」」」
真新しい木造の室内に、3つの声が響き渡った。
1つは朗々として楽しげな声色で、1つは焦りを孕んだ緊張したもの。最後は何処か諦観の混じった、色を感じさせない平坦なそれ。
ホール――酒場を模して作られたそこの中心で円を描き対峙する彼らは、それを囲み座す面々の格好の肴と化していた。
「おいおい、また相子かよ」
「いいぞー! もっとやれー!」
騒がしく煩わしい野次を遠くに置きながら、三つ巴の戦いは続いていく。
通算5回目の相殺の手を引っ込めながら、彼らは次に何を出すべきか。何を出されるかを探っていた。
「ボクは次パー出すね」と金髪碧眼の美少女が言い放てば、「じゃあ俺はチョキにする」と目つきの悪い赤髪の青年が口角を吊り上げる。
さて僕は何を出すべきか、と最後の一人が思案していると、空気を読まない外野が横槍を突き入れてきた。
「もうチョキでアイリス落とせよー」
「ばっかお前、それでマフィアコンビにグー出されたらどうすんだよ」
「そうそう。折角あの2人をここまで追い込んだのに」
畜生、勝ち抜けたからってあいつらは!
暢気に好き勝手なことを言って惑わせてくる面々に、少年は歯噛みしながら必死に頭を回していた。
アイリスフィールがパーで、レイナードがチョキ。凸凹マフィアコンビはしょっちゅう喧嘩染みたことばかりしているくせに、こういう時は無駄に息を合わせてくるから厄介だ。
流石に一人負けなんてことになるのは避けたい、と苦悩する少年を他所に、アイリスと呼ばれていた少女はニヤニヤと歪んだ表情を浮かべて煽りはじめる。
「ほらほら、なに出すの? グー? チョキ? それともボクと一緒に罰ゲームするかい?」
無駄に整った顔でニヤつかれると、無性に腹立つな!
思わずアイリスを睨む少年。その肩に手を置いた青年――レイナードは、やれやれと首を振りながら少し落ち着けと彼を諭した。
その表情はなんとも言い難く、もう色々と悟ってしまった老人のように優しげであり、またその目つきの悪さから何か企んでいるようにも見えてしまって反応に困ってしまう。
「とりあえず、アイツは性格悪いから宣言通りに出してくることは無い。十中八九俺に勝つためにグーに変えるだろうが、外れた時のためにお前もグーを出すんだ」
そんな少年の内心を知ってか知らずか、レイナードは彼にそう助言する。
なるほど、つまり次はまたしても相子狙い。もしもアイリスがチョキを出してくれれば儲けもん、と。
そう納得し、礼を言おうとしてはたと気が付いた。
これは罠だ! 孔明の罠だ!
レイナードは自分もグーを出すなんて一言も口にしていない。しれっとパーを出して「ふはははは! 馬鹿めが!」と高笑いする魔王顔があっさりと想像できる。
少年は曖昧に微笑むと、もう何か考えるのをやめることにした。
「それじゃあいくよ――じゃん、けん!」
「「「ぽん!!」」」
*****
「くそぅ…完璧に嵌めたと思ったんらけどなぁ」
「勝負は時の運ってやつだな…はぁ」
ゆらゆらと火影の揺れる部屋の中。
レイナードとアイリスフィールの両名は、散々散らかされたホールの掃除を終えると、疲労感と共に最後の決戦を思い返していた。
結果は最早自明の理だが、彼らの二人負け。グーに誘導してからチョキを出させたところを殴りつけるつもりだったのに、まさか平手打ちだなんて。
今回の罰ゲームを思い、自然と重い息が漏れ出す。
「苦労して転職したんだけどなぁ…」
「ボクらってそうらよ! しんれんきしが目の前らったのにぃ!」
「…お前はいい加減飲むのやめようか」
最早自棄なのだろう。度数設定の高い酒瓶を直に煽るアイリスフィールに、思わず半眼になるレイナード。
だが、それもむべなるかな。床には既に3本も空き瓶が転がっているが、罰ゲームとして課せられた転職は、彼らの意にそぐわないものだったのだから。
TWP――「The World of Possibility」というゲームには、多くのVRMMORPGと同様に職業システムが採用されている。
職業転職を繰り返し、ステータスを上げ、有用なスキルを集めて強大な敵と戦う。
言葉にすると淡白に聞こえるかもしれないが、所謂ゲーマーという存在にとって、それらは苦痛でも苦行でもない。寧ろ楽しんで然るべきプレイングの一環である。
特にこのTWPはそのあたりのシステムが充実していて、多種多様な職業とスキル、そして条件を満たさなければ取得できない称号等々、「自分だけのキャラクター」を作り上げていくゲームコンセプトは多くのプレイヤーを虜にしていた。
魔法使いが高いステータスを以て〈拳闘術〉で殴っても良し。敢えてモブ顔にメイキングしたキャラクターで「魔王」になっても良し。清楚な美少女神官が鉄塊のような鎚をぶん投げても良し。
そんな自由度の高さが売りのゲームだが、ゲームである以上、仕様の壁というものも存在する。今回の件も正にそれだった。
このゲームには、クランというシステムはあっても、クランホームというものは存在しない。故に、一定以上の人数を一つ屋根の下に収めるには、宿屋を丸ごと貸し切るか、或いは自分たちで宿屋を建てるしかないのである。
そこは広い一軒家でもいいのではないか、とも思うだろうが、残念なことにそれはNPC専用物件。勝手に入ることはできないし、入れたとしても占拠していれば通報されてお縄にされる。
何より、この世界ではログアウト・ポイントが宿屋にしか設定されていなかった。
勿論、ログアウト自体はその辺の道端でも可能なのだが、その場合一定時間キャラクターが無防備で棒立ちになってしまう。
その状態のキャラクターには攻撃することができてしまうため、モンスターや盗賊系のNPC、プレイヤーキラーにとっては格好の的。美味しい獲物という扱いなのだ。
故に、円滑なプレイには宿屋が欠かせない。
欠かせないのだが、宿屋というからには管理する者が必要になる訳で――結果として「チキチキ! 第1回クランホーム管理者選抜大じゃんけん大会!」が開催されたというのがことの顛末である。
現在のクランメンバー総数は17名。10部屋以上20部屋以下の宿屋には従業員が2人以上必要なので「宿屋」と「ウェイトレス」への転職要員としてレイナードとアイリスフィールが選ばれたのだった。
「まあ、言っても今更か…既にレベルも上がってるし」
「…もうレイだけでいいじゃん。ログアウトはできるんだしぃ」
「それだと宿屋の機能がいくつか使えねえんだよ。そろそろ諦めろって」
「らって折角のアップデートなんらよぉ?」
瓶に頬を押し当てながらぶーたれるアイリスフィールに、苦笑を漏らすレイナード。
そう、今日この後、通算4回目となる大型アップデートが実施されるのだ。
新エリアが開放されるという噂を聞いて楽しみにしていたのは彼も同じで、だからこそアイリスフィールの気持ちもよく分かる。
わかるのだが――この日に合わせてホームを作ろうという案は満場一致で可決されたこと。
要するに、運が悪かったのだ。
誰も彼もが自分が管理者役をやらされるだなどと、考えもしなかったのだから。
「それに、よりにもよってレイとお留守番らなんて。ボクみたいなか弱い乙女が襲われたらどーすぅの?」
「あっはっは。――調子乗んなよ似非美少女シスター野郎」
「野郎とか言っちゃらめぇ!」
指を突き出して「めっ」とかやりだした酔っ払いに、思わずレイナードの頬が引き攣った。
そう、彼の目の前にいるのは、ただの金髪美少女ではない。美少女という名の――ネカマなのである。
故に、レイナードが彼を襲うなどありえない。まあ、そもそも仕様からしてそういうことはできないのだが。
「ったく。折角回収してきた祝い酒もガバガバ飲みやがって」
「えへー、甲子園でボクと間接キッス!」
「後楽園な。色々違うしキモいわ」
微妙に年代のバレそうなネタを訂正しつつ、グイグイと押し付けるように差し出された瓶を取り上げテーブルの上に置く。
誰が好き好んでネカマとわかってる相手と間接キスなんて奇特なことをしたがるというのだろうか。
即座に回収して呷るアイリスを横目に、レイナードは一つ息を吐き出してから時計を見遣った。
――2時58分。もうすぐか。
緩慢な動作でメニュー画面を操作して、つい先頃転職したばかりのステータス画面を開く。そこには確かに、「職業:宿屋」と表記されていた。
称号や、今までにレベルカンストした職業のボーナスで、数値的にはそこまで低くない。
だが、前職と比べてしまえばやはり貧弱に見えてしまうステータスに、気付けばもう一つ息を吐き出してしまう。
「よーし、そろそろカウントダウンしちゃうぞー! ろーくじゅ、ごーじゅきゅ、ごーじゅはち…」
そんなレイナードを見てか、或いは単に酔っ払ってテンションが振り切れているだけなのか。
気の早いカウントを始めたアイリスフィールにつられてもう一度時計を見れば、もうアップデートは目の前だった。
少しだけ気恥ずかしい気分になりながら、レイナードもまた、声を揃えてカウントダウンに参加する。
年甲斐もなくはしゃぎつつ、数字は減っていき――
「「ごー、よん、さん! にー! いち!」」
そして、彼らの職業「宿屋」で過ごす日々は、始まりを告げたのだった。
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