真相と違和感
「霰君が聞いた話やと、千年前にモモちゃんが湯ノ神村の人々を全滅させた……ゆうことやな」
「ああ。シダとコバ以外はそれで死んだ」
神崎は黙って頷いた。
「ユリちゃんは?覚えてるやろ?シダ君らの友達やった女の子」
ユリか。ユリはあのときはいなかった。
あれ……?なんでだ…?
おかしい。ユリはあのとき死んでなかった。いや、そもそもあの夕暮れからユリを見ていない。
「あ…れ……?」
「覚えてないんか……そらそうやわな」
神崎は納得した素振りを見せ、目線を下にやる。
「あんな…ユリちゃんはそれよりも前に死んだんや」
「ユリが?いつ……!?」
「なんも知らんねんな。シダ君が隠したとも思われへんし……」
シダが隠した?いや、そんなはずがない。
十年そこらしか生きていない俺でも、あの目が嘘を語る者の目じゃないことくらいはわかる。
かといって、神崎が嘘を言っているようには見えない。
ならシダは知らなかったのか?
親しい友人だったのに?
何で?
霰はそんな思考を巡らせながら神崎の話を聞いていた。
「ユリちゃんは殺されたんや。親しい人物にな」
「は…!?コバがユリを殺したって言いたいのか!?」
首を横に振った。コバじゃないのか?
なら誰だ?
「モモ……か?」
村を壊したときと同様、ユリも殺したのか……?
「ちゃうよ」
モモでも、コバでもない……。
まさか。
「シダ……が殺したのか」
「そうや」
シダが、ユリを。
俺の前世が、その友人を殺した。
「どうして」
「そりゃ、おそらくシダ君のなかにおった…」
『それ以上話すなら君の喉を掻き切るよ』
どこかから凛とした少年の声が聞こえてきた。
「はいよ。ごめんなあ霰君。これは答えたら俺が殺されるわ」
「俺にもその声は聞こえた。なんだよ……それ……どうしてユリを…殺した……?」
夢の中でシダの話を聞いていたとき、シダには俺の父や他の大人から感じる邪念がなかった。
人を殺めたことがあるようなものなら、当然邪念はあるはずだ。
念というのは臭いなどと違って、消しても消しきれぬもの。
簡単にごまかせるものではない。
ならさっきの声の主が関係あるのか?
だが詮索は許されない。
しかし一番怪しいのはやはり、さっきの声の主。
「まあそういうことで詳しいことは話されへんみたいやわ。すまんな。とりあえず、掻い摘んで話すで」
「おう」
「まず、村を滅ぼしたのはシダ君や。モモちゃんやない」
「……!?」
神崎はそのまま続ける。
「残念なのはわかるし、なんで?って思うやろうけど、それもおそらく話したらあかんみたいや」
「さっきの声のせいか」
「せや。すまんな」
「いや……いい」
「話を続けるな。村が壊れたあと、モモちゃんは息子とコバ君の子を村の外に逃がした」
「モモが……?」
「そうや。だからモモちゃんが暴走したなんて、どない考えてもおかしいんや」
たしかにそうだ。子供を逃がす余裕があるなら、そもそも村ごと壊さないだろう。
「神崎…ずっと気になってたんだが」
そういうと神崎は目を少し見開きこちらを向く。
「その傷は死んだときの傷だって言ってたよな。誰にやられたんだ?」
霰の言葉に、少し眉が動く。
「これは……シダ君にやられた」
「やっぱりか……すまねえ」
「君がやったことやない」
「……」
やはりシダの力に関して、疑問がいくつも残る。
そもそも背中一面をこんな傷で覆うほどの攻撃をしたというのが、どうみても人間の仕業ではない。
「……話の食い違いがあることがよくわかった。それに、俺が聞いた話より、今聞いた話の方が信用できるってことも」
香織は始めからこの話をモモから聞かされていたのだろうか?
そもそもなぜ姿を消したのか?
会って聞きたいことがたくさんある。
それに、この頬の模様……。
「俺にもこんな模様が出てる。いつかそんなことにならないか不安だ」
「霰君、君には香織ちゃんがおるやろ。大切な人を傷つけたらあかん。そう思ってるうちはおそらく……大丈夫ちゃうかな。それに……俺も手伝えることは手伝う」
神崎……。
「ありがとう」
「うん、話はこんなもんかな。他に聞きたいこととかある?」
「ない」
「わかった。……霰君、悪いけど今日は此処に泊まっていってな」
ここって、この神社に?
「やっぱり今君を一人にはできやんわ」
「わかった」
寝るところを案内された霰は、寝転んでぼーっと天井を見ていた。
親父に香織を守れって言われてたのに何もできなかった。
圭や鈴も危険に晒した。俺がいながら。
話を聞くと原因は俺と香織がいたからか?
原因ってなんだよ……生まれ変わりだっただけで?それ以外に当てはまるものが思い浮かばない。
とりあえず明日起きたら、香織を探さないとな。
香織を見つけて、色々聞かないといけない。
無事でいてくれ……香織……。
そんなことを考えながら霰は眠りについた。
ー
「あの様子だとやはり、シダさんは私の策略でモモさんに絞め殺されたことを知らない」
「シダさんの死や×××について話そうとすると、×××が邪魔をする」
『それ以上話すなら君の喉を掻き切るよ』
まだ声が残っている。
しかし、姿を現したところを見たことがない。
掻き切る、というのは霰君の身体に降りて?
「霰君の手を汚すのは許しませんよ」
なんて。ここにまだ彼がいるかはわからないが。
「千年前のようにはいきませんから」
ー
「おはよう霰君ー、お風呂どうやった?」
「よかった、なあ神崎」
「なに?」
「俺香織の場所わかったかも」
神崎は目を見開く。
「何処?」
「湯ノ神村だよ。香織、消えたんじゃなかったんだ」
「あそこは危険や、殺されるかもしらんで」
「そんなに危険なのか?なんで?」
眉を歪め、口を歪ませ神崎は言う。
「あんな、生まれ変わりの君でも瘴気にあてられたんや。一度は良くても二度目なんて、命の保証はないよ」
千年経った今も、色濃く残ってるってことか。
それでも俺は。
「俺は香織を見つけられるなら死んでもいい」
「君が死んだら香織ちゃんはどう思うかな。
自分のために死んだなんて嫌やろ、絶対」
自分のために……。
その言葉に、何故か霰は思いとどまった。
「……ならどうすればいい」
「そもそもなんで湯ノ神村ってわかったん?」
神崎は落ち着いて霰に応える。
「圭らは消えたって言ってたけど……昨日の話を聞いて、シダの力なら簡単に……
香織を隠すことくらい出来るんじゃないか?って思って」
香織の気配がわからなくなったのは、いなくなったからじゃなくて、隠されてたから。
そうだと俺は思った。
「……そうか、たしかに不可能じゃないしな」
「おう」
「霰」
懐かしい声がした。
この声は、いつも隣で聞いていた声。
大好きな人の声。
「香織!」
「香織ちゃん?えっどうして?」
「霰……」
そう言って香織は倒れた。
「香織ちゃんからこっち来てもらえて、よかったな霰君」
「ああ……神崎、香織を部屋に運ぶぞ」
「うん、ちょっと待って……」
そういうと神崎は香織からもの凄い速さで離れた。
「何をしてる神崎!」
「何も…感じやんの?」
神崎は震えながら目を瞑っている。
「神主だろ?何ビビッ……」
どうして気づかなかったんだろう。
そうだ、この香織は……香織じゃない。
いや、身体自体は香織だ。
でも……この感じは……。
「シダ」
まさか……。
「モモ……」
そう言うと目の前の彼女は怪しく微笑んだ。