亀裂
いつから、壊れた?
和解はした。
シダが殺されるはずがなかった。
だって、シダは神の子だから。
この村に、必要な…
この村?
そうだ、この村に必要なだけで。
神崎には関係のないことだ。
そうか。合点がいった。
恋人が目の前で亡くなってしまった人間の割には、思考が巡っていた。
これも私が人ならざるものになってしまったことを表すのだろうか。
「神崎…どうしてシダを…!しかもこんな方法で…!」
コバは怒りながら涙を流す。
「鬼さながらとでも言えるような顔をしていますね、コバさん」
「は、鬼はお前だろ」
呆れて眉間に皺を寄せながらコバは嘲笑する。
神崎は、くくく、と腹をねじ曲げ笑いだす。
「シダさんが、邪魔だったからですよ!」
「邪魔?それだけで、殺したってわけ?」
ユリは聞き捨てならないとでもいうような顔で神崎を睨みつけた。
「ええ、貴方たちもくだらないことに振り回されて大変でしたね?」
…くだらないこと?
ユリとコバにむけられた言葉が、やけに頭の中に残る。
「くだらないって、なに」
気づけば声に出していた。
「私たちが村から出ようとしたことも!
この六年間も!何もかも…無駄だった、くだらなかった…そう言いたいの?」
「ははっ!そういうことに、なっちゃいますね?」
「ふざけないで!」
私は激昴してしまった。
「そんなこと…あるわけない。
私たちは毎日、来る日も来る日も…命を輝かせながら生きているの。無駄なんて、ない!」
涙するほどの幸せや声にならないほどの怒り。
さまざまな感情は、決してくだらなくなんてない。
「モモさん、あなた…そこまでわかってるんなら受け入れられるでしょう?」
神崎は、そういった。
「なに、が…」
「シダさんがなぜ抵抗をせずに死んだと思ってるんですか?」
な ぜ ?
言葉の意図がわからなかった。理解ができなかった。
「あなたが私の手先を操ったから…」
「それでも!本当に死にたくないのなら。抵抗はするんじゃないんでしょうか」
そうだ、あのときシダは私の腕を遠ざけようとしなかった。
逃げなかった。
「私が術をかけようとしていたのを、シダさんは知っていたんじゃないですか?」
「あ…」
「そんなわけないだろ?お前、冗談で人をかき回すのもいい加減に…!
「待って、コバ」
私が、コバにそう制した。
コバは黙る。
「神崎、話をしましょ。二人で」
私は腹を決めた。あの日のことを話すつもりで。
神崎も、何かを知っている顔をしていた。
「ううっ…シダ…!どうして…?」
ユリは泣いていた。亡くなってしまったシダのもとに駆け寄りながら。
私だって悲しい。最愛の夫を失くしたのだから。
でも、何より。真相が知りたい。
シダがなぜ、死ななければならなかったのか。
「ええ、あちらの木陰で話をしましょう」
「私ね、一度だけシダが不思議な体験をしたのを見たことがあるの」
「シダが蛇に咬まれた。その蛇の毒は致死性のあるもので、私は号泣した。
ああ、どうか。死なないでって」
「それで、どうなったんです?」
先のような嘲笑はなかった。
虚勢を張っていただけなのかもしれない。
そんなことはさして気にせず、話を続けた。
「死ななかった…私は安心した。でも、あのときの蛇は死んでた。それが気味悪くてね…」
「玄武色の蛇が、シダを咬んだあと…真っ白になっていたの」
「…なるほど、確かに奇異な体験ですね」
「私がシダさんを殺させたのには理由があります。大方予想はつきますか?」
わからない。不思議な体験を観たのは事実だが、
殺されるような人物ではない。それは重々承知している。
「つきませんか…まず結論から言うと、今回の件の参謀は私ではありません」
神崎じゃ、ない?
「そんなに意外でしたか?でも、これは事実ですよ。残念ながら私は手を下しただけですから」
「誰が、頼んだの?」
村人、か?
「ユリさんですよ」
一瞬、聞こえた声に頭が追いつかなかった。
どういうこと?ユリが、シダを殺せと、神崎に頼んだ?
「でもさっき、あんなに泣いて…!」
作り涙?嘘?
おかしい。ユリがそんなこと…
「ユリさんから何も聞いていないんですか?」
「聞いてないわよ…もう何が何だか」
神崎は真剣な目つきでこちらに目を向ける。
「ユリさんは嫉妬したんですよ」
「嫉妬…?シダに?」
神崎は首を横に振る。
「いいえ、貴方にですよモモさん」
「私…?」
「ええ、ユリさんがコバさんのことを好きなのは知っていますよね?」
当たり前だ。結婚し、子供までいるのだから。
「ところがコバさんは、そうではなかった。
彼はあなたに恋をしていた」
コバが?
「確かに、そんな素振りがあったのは知っていたけれど…でも」
「そう、あなたはシダさんと両想いだった。
そんな二人を…コバさんから想われているのに、それに答えないあなたを、ユリさんは憎んでいた」
知らなかった。憎まれていたなんて。
そんな素振りは、一度もなかった。そう思っていたのに。
「そしてあなたを苦しめたいがために、
あなたの想い人をああやって殺した」
そんな。こんなことってない。
そう後悔にふけろうとしたところ、神崎は私の手を握った。
「モモさん、ここからは私の推測です」
手は震えていた。先ほどは人を殺した神崎が。
「シダさんは、生きているかもしれません」
「え…?」
私は素直に嬉しかった。シダが生きているなら、
また…四人とはいかないけれど、二人で生きていける。きっと…
「私が恐れているのは、シダさんの報復です。恐らく彼は全てを把握していたに違いない。
自分に手をかけ、妻に憎しみを抱いている彼女を生かしておくわけがない」
もっともだ。心優しいシダとはいえ、しびれを切らしているかもしれない。
「なら、どうすればいいの?ユリ…を守れっていいたいわけ?」
手を振り払い、肩に手をやる。
ユリに示唆されたとはいえ、人殺しに手を染めた神崎にやる情はない。
「おそらく手遅れです。ユリさんは先の話の蛇のように、白くなり死ぬでしょう」
「え…?それって」
「そう、あなたが人ならざるものになってしまったように、シダさんも…」
そうか、そういうことか。
つまりはシダも神の子、だから何かしらの力を持つということ。
「ですがあなたは常人だった。しかしシダさんのそれは恐らく生まれ落ちたときから」
言われてみれば、蛇の件は幼少期の話だ。
体に這うようにして違和感が伝わる。
「もしかして、シダは」
「ええ。多重人格…という状況に陥っているかも」
多重人格、いつもの優しいシダと、冷酷無慈悲なシダ。そう分かれているのかもしれない。
「というより…何かが混じっている?」
混じっている。それはシダと別人格のなにか がいるかもしれないと、いうことだろうか。
「止められるのはあなただけなんですよ…モモさん」
「なんで私?」
「神の力は良かれ悪かれ強大です。蛇程度で収まる報復ではないはず。
なのに周りの人間に支障がなかったのは、
表層意識の中でシダさんがなにかにむけて働きかけたからでしょう」
なるほど。私の手前被害を大きくするまいとでも考えたんだろうな。
「今回も、あなたが彼を止めれば村やコバさんは助かるかと」
そういうことらしい。私は私のできることをやりい。
「そういうことなら、するよ。話してくれてありがとう神崎」
「いえ…」
「私はあなたのことが、好きですから」
最後の神崎の声は、川のせせらぎに邪魔されて聞き取れなかった。
神崎の推測のとおりだと、シダは死んでいない。
死の代償、神の子を手にかけたその報復として、
ユリのもとに向かうはず。
だから私は…
「コバ…ユリ…シダ…!
どうか…無事で…!!」
四人の絆が、壊れていくのをもう止めたい。
引き下がれないところまできていようと。
コバの家にようやく着く。
「コバ!ユリ!家にいるの!?」