歪な笑顔
色々注意
「逃げる?は、どうやって」
コバは自嘲気味にそう言葉を放つ。
そんな彼はどこか悲しげだった。
「大丈夫、俺に策がある」
モモとコバはシダの声を聞くために近寄る。
「それなら、確かにいけそう!」
モモはニカッと笑った。
「大丈夫…なのか…?」
「多分。それと、もう一人の子にも話をしたいんだけど…」
「ん、ユリのことか。いいよ、ついてきて」
「ありがとう、コバ」
「コバ、その人たちは?」
ユリ、と呼ばれていた少女はこちらに顔をむける。
「シダだ。こっちはモモ。事情はコバから聞いた。それで、提案なんだけど…」
ユリにも話した。
大方理解出来たように見えた。
「うん、わかった。私はユリ、よろしくね」
小豆色の髪を束ねながらそういった。
「じゃあ、二人はここに行って」
「うん、じゃあ明日ね」
次の日がきた。
今日鬼の子は殺される。村の人々によって。
「ほら、さっさとこっちに来な」
乱雑に扱われる。村人はこちらにそれほど関心がないようだ。
「やっとこの日がきた、これでこの村も再び栄えるだろうね!」
ブンッと刀を振り下ろす。
「させない」
言うが早いか、何者かが鬼の子を助けにきた。
「誰だ!って…お前達は鬼の子!
ならこの目の前の鬼の子は…」
おそるおそるこちらに目をやる。
「神の子…シダ、モモ…」
村人は焦りの表情を見せた。
「この村の神の子に対する対応の裏返し…いや、皺寄せときたところか」
「悪いけれど、見過ごすことはできない」
策というのは、コバ、ユリたちとモモ、シダが顔を隠し入れ替わるというものだった。
踵を返し、コバたちの方へむかう。
「まっ…どこに行くつもりなんだい!?」
村人の一人が言う。
「ここを去る」
シダがそういう。
「そんなことが…許されるとでも?」
「許されるとは思ってません。そしてきっと、私たちは帰ってきません。
今まで、ありがとうございました」
モモはそういって村を後にしようとした。
「させませんよ」
ビッと刀を振り下ろす。
先の村人の首はモモの横に落ちた。
「ひっ…」
ユリが叫ぶ。
「何を驚く、鬼の子よ。これは貴様らの役割だったんだ」
男はそうユリに言葉を放つ。
「あなた誰?」
モモは男を睨みつけ、不機嫌そうな顔でそういった。
「ああ、失礼。村が騒がしかったものでね」
「…」
不気味な笑みを返し、会釈をする。
「私の名前は神崎、以後よろしくお願いします」
「いいえ、以後はないわ」
「村に残らなければこの鬼の子二人を殺すといえば?」
その場は凍りつく。神崎の一言で。
「脅しをかけているの?」
にたあ、と神崎は笑う。
「どうするんですか?出ていきますか?
できませんよね?あなたたち二人が村を出ても、この二人がいないと意味がない」
つかつかと、足音をたてて神崎はモモに近づいてくる。
「私の手元が狂ってシダさんも殺してしまうかもしれませんねえ」
「神崎ィイ!」
モモは激昂する。
「もう、落ち着いてくださいよ」
「…残る。三人に手を出したら許さない」
「くそ!そうするしか方法がないのか…?」
「ああ、でも四人方にはこの村は苦しいでしょう。それは私も察します。
ですから、村はずれのところに家を建てさせましょう。そこで四人暮らせばいい」
神崎という人物の感情がよく、掴めない。
今、コバとユリが死ぬことはなさそうだ。
とりあえずここは一旦ひいて、また考えるか?
…今思えば、この考えが甘かったのかもしれない。
この後全てが始まり、終わってしまうのだから。
「では私はこれで」
後から思えば、神崎は始めからわかっていたのかもしれない。
「なんなんだ?あの神崎ってやつ」
コバも激昴していた。しかし、美しい顔が歪むのは似つかわしい。
「私あの人見たことある。ここらの地域の神職だよ」
「ユリ、知ってるの?」
「…いい噂は聞かない、私たち以上にね」
無言が続く。
もしかするとこの状態は前よりも悪いのではないか?
そう頭によぎったからである。
「ねえこれから、どうするの?」
ユリは不安そうに問う。
「…あの」
村人が話しかけてくる。
「ほんとうに、今まですまなかった…
俺達は、人がああやって目の前で殺されるまで、死の実感がわかなかったんだ。
今更許されるなんて、思わないが。
せめて謝らせてくれ…」
綺麗事なのか、はたまた本心からだったのか。
どちらかすら判断がつかないくらい、
双方とも疲弊しきっていた。
「…私は皆さんにひどい扱いをされたわけではないのに、勝手なことして申し訳なかったと…思っています…でも」
「コバとユリには…鬼の子なんて蔑称はもう、
やめてください。そして、もうそんな制度は無くしましょうよ」
シダはモモに続きそういった。
「俺とユリは、16年も迫害を受け、憔悴しきってる。ただ、気を遣うのはもういい」
「ええ。これから生まれてくる子や、今の子供たちには不通に接してほしい」
二人は前向きな答えを返答する。
村人は安堵したのか涙を流す。
涙に包まれ、夜がやってきた。
「シダくん、モモちゃん、おめでとう」
「この制度は、残すんですね」
「善習は残そうってコバくんとユリちゃんにも言われてね」
俺達は神の子になった。
満月と同じ色の髪になってしまった。
神の力を授かったという印に、髪色や瞳の色素は抜け落ちてしまうらしい。
「色々あったから、今日はゆっくり疲れをとっておくれ」
暖かい言葉に少し安心し、眠りに落ちた。
あれから四年。
気づけば皆大人になり、あのときの溝も少しずつ埋まっていったように思えた。
「モモ、お腹の子の名前は決めたの?」
ユリに聞かれる。
「うん!名前は決めたよ」
「産まれるまでのお楽しみだ、な?」
シダは男らしくなった。
「へえ。なら俺たちも秘密、だな」
コバは柱に寄りかかりながらそういう。
「え?二人もできたの?」
「うん!」
少し照れながらユリは笑う。
さらに二年の時が過ぎた。
「召集?村の全員?」
「そうみたい。大人だけよ。さっき伝えに来てくれたわ」
「そうか…ユウ、大人しくできるな?」
シダは息子の頭をガシガシと撫でる。
「うん!とと、かか、行ってらっしゃい!」
可愛い笑顔で送り出してくれた。
「ユウ、ほんとうに可愛い…」
モモがそういう。デレデレか、とシダにも言われる。
「うちのリコも負けてない」
コバがふんっ、と息を漏らす。
「あ、ほら、皆あそこに集まってるよ」
ユリがそういって指を指した先にはたくさんの村人がいた。
「こんにちは、六年ぶりですね、皆さん」
「神崎…?」
「ええ、しかし皆さんこの六年で随分と平和になったようですね」
「ああ」
「シダさん、貴方がここで殺されるまではね」
「は…?俺が殺される?」
ビュッと針が飛んでくる。
「危ない!」
シダの方に飛んできた針をとっさにモモが受けとめる。
「なにこれ…何のつもりよ!神崎!」
「ああ、触ってしまいましたねモモさん」
「シダさんの首を絞めてください」
「はあ?そんなことするわけ…!?
何!?手が!シダ逃げて!早く!」
モモが取り乱し、慌てふためく。
「え…?」
「いいから、早く!」
「逃げてって…言ったのに…」
間に合わなかった。俺の首はギチギチと絞められていく。
「無駄ですよ、あなたの身体は私が操っているんですから」
神崎の笑い声と、モモの泣き叫ぶ声。
コバとユリが神崎の腕を掴み、今にも引きちぎらんとする顔で睨みつけている光景。
すべてが、混ざりあう。
「モモ…今まで…ありがとう…な…
ユウと、二人を…た…の……む…
だい…す……き…………だ……」
そこからは地獄だった。
モモがシダの首を絞めて…。
神崎の策略とはいえ、あまりにも酷だった。
「うわあああああ!!」
モモは声が枯れるくらいまで叫びつづけた。
そのとき、なにかがモモの中に入りこんだ。