起源
「おい…どうして二人共倒れたんだ!?」
「わかんないよ!ねえ、これって結構危険なんじゃないの!?」
声が聞こえる。
圭の声でも鈴の声でもない、誰の声だろう。
目の前は村の光景はなく、白一色が広がっていた。
俺の意識の中だろうか。
何にしろ戻らないと。皆が待ってる。
「どこへ向かう?」
誰かの声が聞こえてきた。
男の声だった。聞いたことがあるような、懐かしい声だった。
「誰だ?」
振り返ると若い青年がいた。
透き通るような銀髪。何かを訴えかけるかのような紅の瞳。
俺はこの青年を知っている。
名は…
「シダ…ってもう覚えてないか」
「俺はお前のことを知っている気がする」
シダと名乗る青年はふ、と息をもらす。
「輪廻転生を信じる?」
「なんせ、複雑な家庭なんでね。
何回も親から聞かされた話だ」
「なら話ははやい。霰、俺は君の前世だ」
なんとなく、気づいていた。
他人には思えないこの口ぶり、話し方といい、
まったくとは言えないが、俺のようだった。
「なんなんだ、ここは。こんな魔訶不思議な空間にずっといるのか?」
話を逸らす。
「うん。ずっとではないけど」
「ここは懐かしいにおいがする」
シダは驚いたような顔をする。
「そうか、君も…このにおいを覚えているんだ」
梅の香りがする。優しいにおいだ。
「どうしてここに来たんだ」
シダは踵を返し、凛とした声で俺に問う。
「それはこっちのセリフだ。気づいたらここに来てたんだ」
「ここには俺が連れてきたんだ。
そうじゃなくて俺が聞いてるのは…君たちはなぜこの村に来たのかということ」
「俺たちはこの山でフィールドワーク…
違う目的地を目指して歩いてたんだ。
なのに気づいたら道が変わっていた」
結局日が暮れて、気づいたら霧がでてきた。
「そう。通常ならこの村には入れないはずだ。
立ち入り禁止の看板が掛かっていて、何重にも通行止めの縄と木の板があるから」
木の板…?
シダはそう言った。
おかしい。木の板どころか、看板すらなかった。
「俺達がここに来たとき看板すらなかったぞ…?」
「そうだ。本来なら有り得ない」
シダは焦りの顔を見せる。
「なあ、何を焦ってる?」
目を合わせてくれない。いや、集中しているだけかもしれない。
「村の物に、触ったりしてないか?」
「ああ…石?みたいなのには触ったけど…」
「なんだって…?誰が触ったんだ…?」
「香織と、俺だけだ」
香織、と聞いたシダは目を見開いた。
そしてうなだれながら、膝を落とした。
「君にはあの村の話をしなければならない。
俺たちがかつて住んでいた湯ノ神村の話だ」
-
平安時代中期、農村にシダは産まれた。
美しい白い肌と艶がかった黒の髪、端正な顔立ち。
貴族を上回るほどの美青年になった。
「シダー!」
「痛い!飛び乗らないでくれ、モモ」
「あはは!ごめんあそばせ?」
モモは同じ日に産まれた少女だ。
美しい容貌はシダと並ぶほどであった。
「なんか、緊張しちゃってさ」
「ああ、明日は儀式だから…」
この村には昔からのしきたりがある。
十六歳の男女二人が、神社に参詣する。
そして一晩、座り続ける。
そうして神の子となった二人に村を守ってもらうというもの。
「なんだね、やたらめたらうろつくんじゃないよ!」
怒鳴られ、びっくりしたモモは声の方を向く。
俺たちと同じくらいの男が膝をかがめ、
バシッと叩き落とされた野菜を拾っていた。
どうやら怒鳴られていたのは俺たちじゃなかったようだ。
モモの表情に気づいた村の女が言葉を返す。
「ああ、悪かったねモモちゃん、シダ君。
明日は頑張っておくれよ」
「ありがとう、ございます…」
「おい、大丈夫?」
「ほら、果物落ちてたよ!」
モモは拾って男に渡す。
「…あ、ありが…とう」
「君はどうしてあんなひどいことをされたんだ?」
表情が雲る。
「俺は鬼の子…だから」
「おに…の…こ…?」
「何だそれ…?」
「あんた、名前は?」
あんた、と言われたシダは目を見開く。
「シダ。こっちはモモだよ」
「シダ、モモたちは神の子、だろ…?」
「うん、でも鬼の子なんて聞いたことない」
「満月の夜に産まれた子は神の子、新月の夜に産まれた子は鬼の子。
そう決まってるんだ」
「…そんな決まりがあったのか」
「明日儀式なんだろ?俺たちもだ」
「え?鬼の子にも儀式があるの?」
モモは不思議に感じたのか、そう問う。
「…明日俺ともう一人の鬼の子は首を切られる」
「なんだって…?」
「そんな、ことって…!」
「いいんだ、俺はそもそも、今日二人と話すまで人と話したことすらなかったから」
嬉しそうな顔をする青年に違和感を感じた。
「そんなの、おかしいよ」
モモがそう答えた。
「ああ、その通りだ。…君の名前は?」
「…コバ」
「コバ、か。誰がつけてくれたんだ?」
「母さん。もう死んだけど…」
「その母さんはきっと、君に生きてほしかったから君を産んだ。名前をつけた。
死んでいいはずがないんだ。そうだろう」
珍しく熱く語る自分がいた。
「迫害をしていたのは?」
「あんたたち以外の村人全員だ」
モモは何か心に決めたような顔をしていた。
もしかしたら同じことを考えているのかもしれない。
「ねえ、コバ。聞いて。
私はあなたを悪い人間だとは思わない。
悪いのは村の人たちよ」
「そうだ…だから、俺たちは明日の儀式に出ない」
コバは目を見開き驚く。
「「逃げよう、この村から」」