流れに身を任せ
「私がいたら貴方は大人しくするのよね」
モモの確認はどこか自己犠牲をほのめかしているように感じた。シダはモモに寄ろうとするが、モモは霰と香織の横から動かない。
「なんのはなし……
「霰どのや香織、この世の人々を巻き込まないと約束できる?」
モモは自分のせいで皆を巻き込んだことを悔いていた。霰と香織の方を向いて、二人の髪を少しだけ撫でる。哀しげな双眸を向け、涙を流す。
「モモ?」
「二人のこの髪……貴方がしたんでしょう。元に戻してあげて」
「うん、モモが言うなら」
シダは、モモの言うとおりに髪を元に戻し、目の下の三角もなくした。どうやら霰と香織はこのときからマーキングされていたようだ。藍色と小豆色に髪色が戻る。
「この地で共に眠りましょう」
「何を……言ってるんだ?」
モモの言葉にシダは驚く。モモはシダに見つかるまいと今まで身を隠していた。しかしその結果、関係のない今の者まで巻き込んでしまった。その過ちを、遅すぎるが今、償おうと考えた。
「この神社は貴方のものでしょう。名も無き神だった貴方に名前を与え、村を滅ぼすきっかけをつくった私にもその責任はある。私は魂だけの存在だけど、貴方と共にいることはできる」
「待てよ、モモ。お前はシダのこと……」
強い眼差しが霰を貫く。そうか、そうなんだ。この二人はもう好きとか、嫌いとか、そういった感情では存在出来ないんだ。複雑すぎるんだ。時が経つにつれていくつもの感情が積み重なってきたのだろう。
霰はそう感じた。
いつの間にか夕方になっていた。茅蜩は無神経に鳴いている。この場をただ無常に感じているかのように。
「俺はお前のことが好きだ」
「私はそんなこと聞いてない」
ただ好きだ、というシダに少し恐ろしさを感じた。会話が噛み合わないのか、理解したくないのか、どちらなのかはわからなかった。
ただずっと、此処で気迫を感じている。前の魂の末路が今、目の前で決まろうとしている。
「俺はお前にもう一度、好きになってもらいたかった」
「だからってこんなこと、許されない」
許されないのよ、何もかも。あのときからずっと。だからね。そう呟くとモモはシダの手を掴む。
「やり直すとか、もう一度とか。そんなのは駄目。此処で永い間、受け入れるのよ」
すべてを。村のことも、今までのことも。
「私もいるから」
「モモ……ありがとう……」
あっさりとシダは受け入れる。それほどまでにシダにとってモモの存在は大きかったんだろう。
モモはくるりと霰と香織の方を向く。
「私たちはこの神社に留まることにする。貴方たちにとっては酷い記憶だけど、消してはいけないと思ってる」
「俺も同感だ。こいつのしたことは最悪だったが、こいつのことを好いていた人間もいた。無にするのはやめだ」
「シダとモモのこと、湯ノ神村があったこと。全部忘れない」
モモは香織の頭を撫でる。涙を流し、ぎゅっと香織を抱きしめる。
「どうか、幸せになって」
霰はシダの方に目をやる。シダの顔は無機質な先ほどの顔とは違って、童のように見えた。
「霰、どうしようもねえやつで悪かった。俺が言えたことじゃねえけど幸せになってくれ」
「まったくだ、だがお前の惚れた女に対する想いは、よかった」
黄昏色に染まる。気づけばシダとモモの身体は透けていた。二人の姿は泡のように消えていく。
ねえ、シダ
なんだ?モモ
またユウにもあえたらいいね
そうだな ……
「……戻るか」
「うん」
神崎の神社に戻ると、レンはいなくなっていた。酒呑童子が霰のもとへ歩いてくる。
「のう、弟は現世に残るようじゃ」
「え?そうなのか?」
先の廃神社に、鬼人はいた。
「オレが此処の守護者になるよ、シダ、モモ」
木が少し、さわさわと音を立てる。微笑むように。
酒呑童子は笑っていた。弟はいい仲間と会えたようだと幸せそうに語る。
「おれは戻る。蛟のことじゃが……妖から戻した。今はもう魂となり、いずれまたこの世に生まれてくるじゃろ」
今度はちゃんと仲良くするように言っておいた。そう言って天真たちの方に目をやる。
「あれ?そういえば天真と社神は?」
「これから歳をとる。お前らと一緒じゃ」
圭と鈴は喜んでいた。それを見て天真と社神も少し微笑んでいた。
「じゃあの」
酒呑童子は黄泉へ戻った。
ー
「しかしまあ、えらい体験やったなあ」
神崎はすっかり元の姿に戻っていた。シダから受けた傷はいつの間にか癒えていたようだ。
「全部解決したわけだが、君ら四人は戻るのか?」
「何が?」
天真の声に圭はなんのことかわからず、疑問を抱く。
「あっ!ほんとだ!東京へ戻らないと」
鈴は思い出したかのように言いだす。もともとここ、京都へは修学旅行のために立ち寄ったのだ。
「俺は残んぞ」
霰は何も気にすることなどないように平然と答える。
「私も。せっかく縁ある地だから。それに家には、戻りづらいからね」
香織も続いてそう話す。香織も霰も、実家に確執があり、なかなか家では息が詰まると前々から話していた。
「オレも!お前らいないんじゃ高校おもんなさそうだかんな」
「いやお前学力あげねえと、ここ残っても行けねえぞ」
霰の現実的な口出しに圭は目を見開く。
「い、いけるって!まだ半年あるからな!」
「私も残る!社神ともっと話したいから!」
ニコニコと笑いながら、社神の腕に抱きつく。
「家をどうするかだな」
「ここ住んだらええやん、俺一人じゃ広すぎるからなあ」
神崎の一言に四人は賛同した。そういえば神崎も同い年だったと、今更ながらに思い出した。
「もちろん、二人もな」
天真と社神は驚いていた。
「いいのか?」
「当たり前やん。それに色々手伝ってもらいたいこともあるしな!」
「……ありがとうございます」
また賑やかな暮らしが始まる。平穏な日々が戻ってきたのだ。
それから半年。霰たちは高校生になった。
「まさかお前が受かるとはな」
「うっせえ!オレはやるときゃやる男だ!」
「霰もギリギリだっただろ?」
「首位だ」
「い!?あの霰がー!?」
「黙れ」
「怖い」
宿題を忘れて香織に写させてもらっていたことを思い出す。あの頃に比べ、たくさんの仲間が増えたな、と考えていた。
そして変わらずこうして肩を並べるやつらもいる。そんな当たり前のようなことがありがたく感じる。
「わ!あの女の子二人ちょーかわいくね?」
同じ制服を着た男たちが騒いでいる。
「俺はあのロングヘアーの女の子の方が好みやわ、色っぺー!」
「いや、おれはもう一人の方やわ、めっちゃかわいいし」
そんな声が聞こえる人だかりの中心に目をやる。
「もう、霰どこ?」
「すぐはぐれちゃったー!」
香織と鈴だった。一つ歳を重ねた二人は、とても女らしく成長していた。人だかりができるのも理解できる。
「なあ君ら新入生?一緒に行こ!」
そんな声をかける輩の手を掴む。
「俺のツレだ。わりいな」
「オレのちょっかい出すんじゃねー!」
途端、黄色の声援が飛び交う。今度は女の方だ。
「あのタレ目イケメン、彼女さんいるけどめっちゃかっこいい……」
「え、まって、めっちゃうらやましい!」
「もう一人の子めっちゃウブそう!狙っちゃおーかな!」
「こらこら!」
そんな声が聞こえてきて、より周りが騒々しくなる。鈴はぷくっと頬を膨らませる。
「なんだよ!」
「圭のバカ!」
「オレはお前一筋だよ!」
「ばっ……こんなとこで言わないでよ!」
照れて走る鈴と、慌てて鈴を追いかける圭を見てふふっと香織は微笑む。
「お前は妬かねえのか」
霰は少し不機嫌そうに尋ねる。香織は不思議そうに首を傾げる。
「霰がかっこいいって言われるのは、嬉しいことよ?」
そんなんじゃねえよ、と少しだけ眉を歪ませる。
「それに、私だけを好きになってくれるんでしょう?」
まったく、彼女には適わない。
「もう惚れてる」
「ふふ、ありがとう。私も……霰のことが
「おーアツいな!まだ朝やで」
振り返ると神崎がいた。
「いいとこ邪魔すんなよ」
「君らこそひどない?俺置いてかれててんけど」
「神崎、気持ちよさそうに寝てたから……」
涎を垂らして寝ていたと伝えると、神崎は少し恥ずかしがる。男の恥や!と照れている。
「あれ?神崎髪の毛……」
「あー、三つ編みやめてん。今はこうしてくくってんねん!」
いきなり斬るのも落ちつかんしな、と呟く。そんなやりとりをしているうちに、いつの間にか式が始まっていた。
「あ!やっべ俺挨拶するんだった」
霰の後ろ姿を見て、半年前のことが懐かしく感じる。
短く斬った藍色の髪、少し低くなった声、大きくなった背丈、まるで浦島太郎にでもなったような気分だ。
「遅れてすみません!」
マイクも通さずとも、わんわんと響く声のもとに視線は集まる。
「霰!おせーよ!バカ!」
圭の声だった。どうやらクラスは二人と違うようだ。
「あともうちょっとで霰の出番だよ!」
鈴が少し小さい声でそう伝える。さんきゅ、と言って座席に座る。
「しょっぱなから目立っちゃった」
香織は少しだけしょげていた。
「まあまあ。それはそうと三年間楽しもな!」
神崎は気にすることもなく、笑顔でいる。香織ははあ、とため息をついて、そうね、と返す。
「また、皆で」
何気ない高校生活が始まることに期待を寄せていた。
これからもきっと、悩むことがあるんだと思う。今まで以上に、つらいこともあるのだろう。
でも、いつだって見てくれている人がいる。仲間がいる。
だからもう立ち止まらない。
皆で乗り越えるんだ、今度も。
私たちが過ごした夏を、思い出すんだ。
校庭の桜の花びらが宙をそよそよと舞ってきた。桜が舞い、散る。
だけど、私たちの心はいつまでも散ることはない。命も簡単に散らせない。
花びらのように、皆で力を合わせて、生きていく。
それが、私たちの決意。
次回、最終回。




