鍵
「鬼人と話してたの、圭はからかってきたけど、なんか大切なことなんだろ」
「……」
香織は顔を逸らして黙っている。
「俺が頼りないなら……」
「そんなことない!話すから」
俺は、その後なんと続けるつもりだったんだろう。
俺が頼りないなら、鬼人に助けてもらえ、か?
いや、頭に血が登っていたから正気じゃなかっただけかもしれない。
そもそも、なぜカッとなってしまったんだろうか。
表面では否定しつつも、圭の言っていたことを目の当たりにしてしまっていたのかもしれない。
「……モモの死因の話をしていたの」
「死因?」
うん、と頷き香織は続ける。
「結局二人と合流できなかったモモは海に飛び込んだ。でも……」
「もしかして、そこから記憶がないのか?」
「うん……でも、一つだけ。神社に向かってた」
「そうか……ありがとう、悪かったな」
霰はそう言って圭たちのところへ戻っていった。
「やっぱり、二人には言えないなあ」
微かに声を漏らした。
「どうしてモモはあんなこと……」
ー
「おはよ」
「おー!霰どうだった!」
「告ってねえよ」
圭はえー、と残念そうにする。
「あれ、和服女」
霰は社神を見て、指を指す。
「色々あって今は仲間だ」
鬼人がそう言って軽く説明し、霰は納得する。
「そうか、んじゃまあ、よろしくな」
「ええ……よろしゅうたのんます」
軽く頭を下げて、微笑んだ。
「とりあえず、天真をぶっとばせばいいんだな!」
「まあおおまかに言うたらそういうことや」
「天真様……」
圭の言動をみて、幼い圭太と天真のことを思い出していた。
「座ってるより動いてる方がオレは好きだ!」
「圭太、一緒に外に出よう」
「お二人共、いい加減にしてください」
「社神はすぐ怒るなあ」
「そうだ兄者、今度鈴羽に会ってくれよ、オレの大切な友達なんだ」
そんな遠い昔の日々を懐かしいと感じながら、袖を濡らす。
「え!?泣くなよ!どうした!?」
「……わたくしは、やっぱり天真様を救いたい……」
圭は社神の頭を撫でる。
「わーった。オレも手伝うから、泣くなって」
にっと笑い、額をくっつける。
「天真はこっちに仕掛けてくるのか?」
「わかりません、けれども……いずれは圭はんや鈴はんを狙ってくるでしょうなあ」
うーん、と霰は肩を組む。そもそも天真は何故ふたりを狙う?
今の天真はいわゆる蛟に乗っ取られていると聞いたが、それは本当なのか?
社神が工作していたとしたら?実は繋がっていて、俺たちを皆殺しするタイミングを図っているとしたら?
「おい、大丈夫か」
鬼人がポン、と霰の肩をたたく。
「おー、わりい」
「なんからしくないぞ」
心配され、霰は少し憂いを含んだ笑みを見せる。
「そうだな……」
「あら……
「わりい、もっかい顔洗ってくるわ」
霰は香織の横をすっと横切り、洗面所へ向かう。
「え?喧嘩したの?」
鈴は香織のもとへ駆け寄る。
「……どうしよう」
香織は俯いたまま、顔を抑える。
「うーん、大丈夫だと思うよ?」
鈴は苦笑いをしながら、香織の肩をさする。
「うん……ありがとう」
そう、このことは誰にも言えない。
大好きな霰には、なおさら言えない。心配をかけたくない。それに……。
蛟のことだって……。
「霰君が戻ってきたら、あの神社に行こうか」
「あの神社、もう何年も前に廃神社になってたの?」
神崎に鈴は問う。神崎は顔に手を当て、悩むような素振りを見せる。
「いや、わからへんねん。俺もあんなとこに神社あるって昨日知ったし……」
「そういえば、天真はなんか掘り出してなかったか?」
「ああ……首飾りを」
社神は圭に尋ねられ、答える。首飾りを境内の土の中から掘り出していたと言う。
「圭太はんから貰った、って言ってはりましたけど……」
「あっ、圭太が小さい頃渡したやつかも」
「うーん、つまり何回も天真と蛟が交わってるわけか」
「そういえば、社神と天真は死者なのか?」
鬼人は社神に尋ねる。
「オレは鬼だ。寿命の概念がない。だが二人は……」
「わたくしは、死なないんです」
つまり、死者ではないということ。
それは鬼人の予測を裏切る答えだった。
「そうか……オレは誤って桜舞鬼門を開けてしまった。それで二人が出てきたのかと思ったけど、違ったみたいだ」
「鬼門?滅相もない。わたくしもかつては神社の出ですから」
「わたくしは狐憑きの類です。流石に千年も憑代の身体がもたなかったので、今は化けているというほうが近いですなあ」
「えー、お伽話みたいな存在だね」
「お伽話って狐出てくるか?」
「え?違ったっけ?」
「違うだろ!オレでもわかる」
圭に指摘され、鈴は唖然とする。
「鬼と狐、蛟……色んな種のモンがおるもんやなあ」
鈴はうんうん、と納得する。
「ねえ、霰は?遅くない?」
「確かに遅いな、どこにいるんだ?洗面所か?オレ見てくるわ」
圭は霰を探しに行く。
「霰、いねえぞ!」
「え!?なんで?」
わかんねえ!でも玄関にも境内にもいなかった、と圭は大きな声を出しながら戻ってきた。
「まさか、一人で天真のところに……」
鬼人の推測に、一同は沈黙する。無謀だ、とでも言いたげな表情を浮かべて。そもそも二人がかりでも太刀打ちできなかった相手だ。
霰一人で適うわけがない。
「私のせいだ……」
香織は顔を青ざめて、震えだす。
「社神、天真はあの神社にいるのよね?」
「おそらく……」
「私も行ってくる」
「危ないって!霰君がそこに行った確証もないのに」
「ありがとう、ごめん」
止める神崎に、香織は一言だけ残して走っていった。
「無茶や……」
そう言いながら神崎も香織を追う。
「私たちも行くよ!圭!」
「おう!」
「オレも行こう」
「わたくしも」
ー
「霰……あなたは知ったらいけないの」
走りながら、香織は呟く。涙を零しながら。
「それを知ったとき、あなたは壊れてしまうの……」
香織は霰と圭が過去の記憶を見ていたときに、別の記憶を見ていた。
ー
「何ここ?霰も圭もいないじゃない」
しばらくあたりを見渡しても、二人はいなかった。
目の前に薄い橙色の髪をした女がやってくる。
「モモ?」
モモは呼びかけには応じず、香織をすり抜けて進んでいく。
「待って!そっちは崖……!」
モモは崖から落ちた。
「シダと、合流しなかったの?」
場面は移り変わる。
「あれ?何ここの神社」
神社の中に、先ほど飛び降りたモモが入っていく。
「なんで?生きてたってこと?」
そこにはモモの他に、三人いた。
「お前が『陰の神子』か」
男がモモに声をかける。モモは返事をしない。
「つれねえ奴だ、なあ?『赫夜』?」
赫夜と呼ばれた女はふん、と笑った。
「けっ、これだからクソババアは困るなあ」
「喧しい小僧よ」
「もー、揉めないの!だから寄合嫌いなんだよね」
もう一人の男が二人を止める。
「神子が来たのに、こんな恥ずかしいところ見せられないでしょ」
「『蛟』、『赫夜』、落ち着いて。ね?」
蛟と呼ばれた男は髪をガシガシと掻きながらドカッと座る。
「えらく余裕を持ってんじゃねえか、『天狗』さんよ」
「『九尾』も先代で討伐されてしまったらしいの、そろそろ反撃するべきではあるまいか」
「まあ、そういうのはみんな揃ってから……」
「酒が足りんなあ」
少年がずかずかとやって来る。
「お前が神子か、さすればこれで寄合は四回目、これは不吉の兆しか否か……ははは」
モモはやっと口を開く。
「私が此処にやってきたのは……」
ザクッ
「この因習を終わらせるためよ『××××』」
モモは少年に刃を突き立てる。
「ははは……」
少年は笑っている。嘲笑うかのように。
「やめろ、下がってろ」
前に出た三人を下がるように言いつける。
「終わらせるだと?これからが面白いところだ、神子よ」
「何?」
モモの首をつかみ、耳元で囁く。
「賽は投げられた」
「もう一人の男の方がいただろう」
「シダに何かしたというの?」
「何も知らないのか、哀れだな」
「答えて」
少年は首を話し、モモは崩れ落ちる。
「あの男は……」
ー
「シダは鍵だった」
あのとき、鬼人には言えなかったけど。鬼門は血を垂らしただけじゃ開けられない。
霰がいたから、本来交わらないはずの世界が交わった。
混沌が出てきた。おそらく……。
「おった!香織ちゃん!」
「神崎……頼みがあるの」
「え?なに?」
「霰を見つけたら、連れて帰って。お願い」
理由を尋ねようとしたが、香織に気圧された。
「わかった」
霰がこのことを知ったらきっと、自分を責める。その前に着かないと。
おそらくモモの記憶で見たのが、天真を乗っとった『蛟』とみて間違いないだろう。
「間に合って……」
ー
「圭太……じゃねえな、誰だお前」
「……」
こいつを倒せば、とりあえず皆落ち着く。そしたら香織も……。
「お前、もしかして……」
「は?」
「なるほど、そういうことか」
蛟はそう言って、霰の胸目掛けて切り刻む。
「ぐっ……」
怯んだ霰は、見事に切られる。
「まさか自分から来るなんてなあ」
そういうと、切られた霰の傷口から、社の元へ血が走っていく。
「お久しぶりです」
天真が言う。社の中から少年が出てくる。
「よお、久しぶり」
天真は少年に頭を下げる。
「は?俺の血が、今……」
「久しぶりの外じゃ、ははは」
訳が分からない。霰は混乱しながらも目の前の状況をなんとかして受け入れようとする。
「なんなんだ、お前は誰なんだよ」
「おれはなあ」
「酒呑童子や」
駆けつけた香織は目の前の光景に絶句する。
「間に合わなかった……」




