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桜舞い散る頃に…  作者: 彩莉
16/30

門の向こう

「……久しぶりだな、モモ、シダ」


青年は呟く。千切れそうなほどにか細い声で。

当時黒かった髪も、重なる実験で、紅に変わっていた。親がくれたものを全て失ってしまった。

名前も個体名などという理由で変えられてしまった。

鬼の人間、鬼人。

そんな名前でアクアリウムの外から呼ばれ、何度も死にかけた。


どうでも良くなったんだ、もう。

千年待っても何も無かった、そう思いかけていたときに、二人がいるって気づいたんだ。


だから、オレは。

シダ、お前との約束を守りにきた。




「鈴ちゃん、圭君。さっき入ってきた男はおそらく二人を攻撃することが目的じゃないと思うねん」

「どうしてそんなことが言えるの!攫われたんだよ!私たちの攻撃も効かない相手だった…」

神崎は鈴が声を荒らげることに咎めはしなかった。

「そう、相手は生身の人間やったってこと」

生身の人間ならば鈴たちの攻撃は効かない。

それを思い出した鈴は黙りこむ。


「じゃあ、オレと鈴は何もできねえのか?

違うよな、オレらはあいつらの友達だ!ほっとけねえ」

圭はまだ諦めていなかった。

「霰も、香織も……オレたちのことを助けてくれたから。今度はオレらが助けてえんだ」

そう言った圭の目の奥の炎は、静かに揺らいでいた。


「大丈夫、俺は神主や、少しくらいなら生身の人間にでも抵抗できるかもしらん」

生身の人間っていうところより、前世で縁のある人物だから……っていうのが強いが。

コバ君が鈴ちゃんや圭君に手を出したのは、きっと二人を連れていく邪魔をされたから。

一般の人間にむやみやたらに攻撃する人物ではない。それは神崎もわかっていた。


「どっちの方に行ったかわかる?」

神崎は札を口に挟みながら、準備をし始める。

「あっちの方に飛んでいったよ」

鈴はそう言って自分の顔をパチンと叩く。

気合を入れているのだろう。初めて見たときは、少し抜けてる中学生、と思っていたが成長したらしい。

神崎はそんな鈴を頼もしいと思いながら準備を終えた。


「うっし!二人を取り戻しに行くぞ!」

「そや、これだけ伝えとくな」


神崎は圭の耳元でぼそぼそと話した。

「えっ、そんなんどうしたらいいんだよ!」

「そんときはよろしゅうなあ」

話を終えると、三人は二人のもとへ走りだした。




「いっ……たた」

目が覚めたのは霰だった。

身体を起こし、あたりを少し見渡す。どうやら山の中……それもどこかの洞窟らしいところに霰はいた。


「香織」

目線を下にすると、香織が横たわっているのが見えた。そっと起こして、洞窟の側面にもたれかかるようにしておいた。

ぺちぺち、とほっぺたを軽く叩いてみたが、なかなか起きない。体温は下がっても上がってもないみたいなので、ひとまず安心した。


「どうしてこんなところに来たんですか」

女の声がした。声のした方へ霰は目をやる。


「あ?誰だ」

「私の名前は陽です。貴方は?」

陽と語った女は霰の名前を問う。

「俺は霰だ。どうしてこんなところに来たのかは俺もわかんねえ。なんだここは」

「知らず知らずで此処に来たんですか?」


繰り返し問われ、頭をガシガシと掻きながら霰は答えた。

「俺は麓の神社にいたんだ、なのに気ぃ失って。気づいたらここだったんだ。わけわかんねえよ」

愚痴混じりの返答を聞いた陽はふむ、と相槌を打った。


「此処が何処かわからないのであれば、私が説明します。此処は、かつて鬼を生んだ女の牢だった」


鬼を、生んだ?鬼なんているわけねえだろ?

そう返したかったが、これまでの当たり前の概念は覆されてきた。

何より人を謀るような声ではないことがわかったので、霰は黙って聞き続けた。


「鬼を生んだ女は、この牢にまじないという名の呪いをかけた。呪いの名は『桜舞鬼門』」

「さくらまいきもん……?なんだそれ」

「わかりやすく言えばゲート。何処かに繋がる次元を跨ぐ門です」


えらいものを作ってくれたもんだ、と霰は苦言した。

「この山に住んでいた親類に聞いた伝承です。正直此処に立っているだけで私は気が滅入りそうです」

手を額にあてながら、陽はそう言った。


「説明ありがとう。そういやなんでお前は此処にいたんだ?立ってるだけでもつらいんなら……」

「この山が、好きだったから」

目を閉じ、そう呟いた。


「そんな門が開けば、この山はどうなるかわからない。この山は、昔たくさん遊んだ記憶があるから……」

思い入れのある山を失いたくない、と語った。

「この門は開かせねえよ。俺が約束してやる」

そう誓い、にっと笑った。


「ありがとう……ございます……」

すっと立ち上がり、笑い返した。そしてそのまま、下山して行った。


「さてと、そんな場所に呼ぶなんて俺らを攫った奴は何を考えているんだ」

「約束を果たしにきたんだよ」


向こうからお面を付けた青年が歩いてくる。そんな青年を、霰はどこかで見たことがある気がした。

「約束、俺がお前と約束したっていうのか?」

「そうだ」

「俺はそんな約束をした覚えがねえ」

霰は青年に向かってそう言う。

「忘れたとは言わせないぞ」

「は……?なんなんだよ、お前。ていうか、俺との約束ならどうして香織まで連れてきたんだ」

苛立ちを隠せなくなってきた霰は、怒りを含んだ言葉で問う。


「やっと会えたんだ」

「何わけわかんねえこと言って……」

「久しぶりに会えて嬉しい、シダ、モモ」

霰は目を見開き、眉を歪める。


「お前まさか……!」

そう言って霰は青年の腕を掴み、お面を剥がす。

「……コバ、お前、コバか?」

青年はにっと笑う。

「よ、シダ」

軽快な挨拶をしてきたコバに霰は驚く。

嘘だろ、千年前の人間のこいつが、どうして生きてるんだ……?

いや、そもそも俺はシダの記憶が最後まで残ってるわけじゃない。村から逃げたあとのことなんて覚えていない。


「俺は、シダじゃねえ。生まれ変わりだ。別人なんだ」

「お前はシダだよ。生まれ変わろうが、シダはシダのまんまだ」

話が通じる相手じゃないのか。ここは俺はシダという体で通した方がいいのか?


「俺には村から逃げたあとの記憶がねえ。何を約束したかなんて……」

コバはそれを聞いて少し驚いた顔をした。そして少し間を置いてから、霰の頭をポンポンと撫でた。


「は?な、なんだよ」

霰は突然頭を撫でられ、戸惑う。コバは、ははっと笑った。

「昔シダにしたときと一緒だよ。やっぱお前はお前だな」

それは俺のことを霰として認識してるのか、それともシダだと思って言ってるのか。霰にはわからなかった。


「昔話してやるよ、オレとお前が村から逃げた後のな」



「村が壊されてる!なんなんだこれは……」

「コバ!」

オレを呼んだのはモモだった。頭から血を流していた。

「モモ、これはどういう状況なんだ!それに額の傷……」

「私のことはいいから!」

息をあげながらそう叫んだ。モモは血を流しながらオレのところに走ってきたんだ。


「何があったんだ」

コバはモモの肩を掴んでそう言った。

「神崎……が……シダを刺殺した」

神崎、あの神主が?シダを?どうして?

シダを殺すように頼んだユリはもう死んだはずだ。

「コバ、ユリが死んだのはシダのせいであり、シダのせいじゃない」

「何が言いたいんだ?ユリはシダに殺されたんだろ?」

モモは目を閉じ、首を振る。


「今のシダはシダじゃないの。それしか言えないんだけど……信じて」

モモが涙を滲ませ、そう言った。コバは彼女の言葉を信じるしかなかった。

「話、続けてくれ」

「神崎はシダを殺したときに死んだ。私が駆けつけた頃には、胸に大きな穴が……あって……貫通してた」


モモの話し方だと、その別の奴がユリを殺し、同じような反動で、神崎を殺したことになるのか。

「このままだと、皆死んじゃう……私はそれを止めたい……」

これ以上シダの身体で人を殺してほしくない、モモはそう言いたかったんだろう。


「コバ、もう少ししたらシダのあれは収まるから。そしたらシダを連れて逃げて」

「モモ……じゃあお前は?」

「私は……ユウとリコを逃がしたら、追いつくわ」

モモの言うとおり、それから倒れたシダを連れて村から去った。


「ユウ、リコ、あっちに逃げてね。大丈夫だよ、私もあとで行くから」

『リコ』。この言葉に少しだけシダの中の何かが反応したような気がした。


「ん……コバ?ここ、何処だ?」

シダが目を覚ました。オレのことをちゃんと認識できているみたいだ。


「村の外」

「どうして?村のみんなは?」

本当に何も知らないのか、ならユリを殺したのが自分ってことすら忘れてるのか……。

「……モモは?」

「モモはいない」

シダは顔色を変えてコバの肩をつかむ。

「なあ、村になんかあったのか?俺らはどうして助かった?」

本当のことを話すのは、モモやシダ、神崎を苦しめることになる。それなら……。


「モモが壊した……。オレたちはモモの目を盗んで逃げてきたんだ」

最低な嘘をついてしまった。最悪を避けるためにとはいえ、モモ……ごめん……。

「モモが……どうして」

「……」


オレもシダも、モモも、皆。普通に憧れただけだった。普通に結婚して、子供をかわいがって……それで……。

でもその未来はなかった。始めから、決まっていたのかもしれない。


「なあ、この山に鬼門があるの、知ってるか?」

シダが鬼門の話をするとは思わなかった。

鬼、といえば俺の方が近いからな。たかが蔑称とはいえ。

「鬼門……?それって良くないものを集める場所だろ」

「あそこのは別格だ。全部集めるんだ。ここら一体のものを。人間も、村も」

「一回全部無くしてさ、俺らが生きたかった世界を創ろうぜ」

シダはそう言った。全部、無くす……。

それはつまり禁忌を侵すこと。こいつは本当にシダか?別の奴、の可能性がないわけではない。


「そしたらモモも、また会えるだろ?」

……シダだ。こいつは本当にシダだ。


「ユリだって、門の向こうで会えるかもしれない」

死者を取り戻す、だって?そりゃあオレだって考えたこともあった。もし死んだユリに会えるなら……って。

「オレたち、どうなるかわかんないんだぞ」

「なら……このまま生き続けるのか?」

何もない。オレたちにいるのはお互い。それだけだ。子供も、妻も、友人も、村人も。

みんないなくなってしまった。


「……」

オレはもうどうすればいいのか、わからなかった。そんなとき、いつもシダが道標を示してくれていた。

シダ、お前にとってオレは対等な友達かもしれない。

でもオレにとってお前は、オレとユリを助けてくれた英雄。そして、大切な友達だ。

オレがつらいときは、シダやモモが助けてくれた。そのモモは、今はいない。


なら、オレは……。


「約束、しよう」

「ん?」

「オレはお前とこの門を開けて、幸せを取り戻す。約束だ」

「おお、約束しよう!」

肩を組み、傷だらけの足をお互い引きずりながら歩いた。




「そんな約束が……」

「だがシダは負傷した傷のせいで失血死した」

おそらくレンでも、人為的な傷でなければ治せなかったんだろう。


「オレは待った。お前が生まれ変わるまで」

「待てよ、お前なんで生き続けてるんだ?」

コバはにっと笑った。

「オレは本当に鬼の子だった。それだけだ」

さっき陽から聞いた話。あれが本当なら、コバは此処で生まれた鬼。


「お前を迎えにいく時、まさかモモも同じ場所にいるとは思わなかった。現世でも仲がいいとは。さすがだな」

「お前を待っている間、この門の開け方も調べた。あとは開けるだけだ」

門の開け方……?押したら開けられるんじゃないのか?


「オレとシダとモモ、今ここにいる三人でこの桶に血を垂らす」

そういうとコバは指先を岩で斬り、血を垂らした。

「ごめん、モモ」

香織の指先を、針でプツッと指し、血を垂らした。

「やめろよ、そんな禍々しいことできるわけないだろ」

霰は覚えたての体術で身を守る。

「これ、オレには効かない」

そう言って、針を近づけてきたので、霰はコバから離れ、針を遠くに飛ばす。


「させるかよ」

「約束は約束だ」

物凄い速さでこちらに飛んできたコバは、霰の頬に切り傷をつけた。


「くそ!やめろ!」

「やっとだ」


ゴゴゴ……


鬼門は開いた。ひどく禍々しいような、神々しいような、感覚が麻痺するような、よくわからない光が眩しい。


「コバ!」

門の向こうから、コバを呼ぶ声が聞こえた。聞いたことのある、懐かしい声だった。

「ユリ!」

「早く閉めて!この門は開いたらダメなの!」

ユリは開けてはいけない、たしかにそう言った。

「おい!それはどういうことだ!」

霰は目を瞑り、光を見ないようにして問う。

「この門は冥界と繋がってるの!」


死んだ者がいる世界、冥界。そんなところに繋がってる。

「死んだ者は生き返らない。それはこの世の理なの」

ユリはあのときのユリではなく、正気を取り戻したように思えた。

「でもシダは、何度も……!」

コバはそう叫ぶ。そうだ。死んだはずのシダは、何度も生き返っていた。


「何それ……!?そんなことは有り得ない!

魂は死んだら生まれ変わるまでこちらにいるのよ!」

シダに入っていたレンは死んでいなかった。

でも、全てを話したレンは、あのときなんて言ってた?


『シダが死んだのに生き返ったあれな。死者蘇生。あれは俺にもわかんねえ』


そうだ、知らないと言っていた。考えてみれば、そりゃそうだ。神殺しで身体が見えなくなったからと言って、他人の身体を蘇生できるわけが無い。


「それが本当なら、シダの魂は一回目で死んでる。その後のシダは別の魂、別人格が死ぬごとに入っていったのよ」

「シダに?そんなことできるのか?」

「おそらく、何者かが操作した。だって魂が死ねば身体もなにも入らなくなるはず。私だって私の魂が死んだから、身体も死んだのよ。そこに別の魂が入るなんて……普通なら有り得ないのよ」


ユリは声を震わせながら、そう語った。

「……まさか……いや……でも……」

「なんだよ、ユリ?」

コバはユリと話せることが嬉しいのか、口数がどんどん増えていく。


「ねえ、この門を開けるように言ったのは誰?」

「コバだよ、俺の前世と約束したんだーとか言って」

「そこにいるのは、シダの生まれ変わりね。

それが本当なら、コバにその話を持ちかけたのはシダ……ってこと」

「……そのシダは、何回目だ?」

コバは俺に聞いてきた。

「蛇に噛まれ、モモに絞め殺され、神崎に殺され………三回目」

いや、蛇はレンが殺したと言っていた。なら毒がまわる前のはず。


「違うな、二回目だ」

「モモに絞殺された後、何者かが、シダに入って……この門を開かせた」

「なあ、それはお前の中にいてたっていう、村を壊した奴なのか?」


コバはそう問う。

「いや、違う。神崎に殺され、暴走したのはそいつだけど……俺もそいつも、村に出たあとの記憶がない」


つまり、シダの身体は村から出た後、完全に乗っ取られた。レンとは別の何かに。

おそらくレンも、無理矢理追い出された感じで、村を壊すほどの威力になってしまったんだろう。


「……あいつがいない」

ユリはそう呟いた。

「この門を開いた瞬間、そっちに行った『何か』がいる」

ぶつぶつと呟き始める。

「とにかく、この門は閉めて!もう開けたらだめよ」


ユリはそう言って、消えていった。

門を閉め、コバと霰はひとまず座った。


「とりあえず整理しよう。シダは村から出たあとの記憶がない。死者が生き返ることはないから、シダはモモに殺されて死んだ。で、そのあと入った何かを『X』とするだろ。

そのXはこの門を開けてもらいたくて、シダの身体でお前に頼んだ。

まんまと騙されたお前はこの門を開けた」


「オレはなんてことを……」

「まあ落ち着けよ。一瞬で終わったわけじゃねえんだ」

コバはぐっと拳を握りしめる。

「門を開けたオレは最悪だ。だが、オレはオレに指図した奴が許せない」

「最初は反対してたんだろ?シダの身体を利用して、約束させた。悪いのはXだな」


コバは霰の方をじっと見る。

「そいつが名乗り出てこなければ、俺らはどうすることもできねえな……とりあえず香織起こして山降りるぞ、手伝えコバ」


「本当にすまないことをしてしまった。シダ、モモ」

コバは土下座した。霰は香織を抱えながら慌てて止める。


「謝んのはいいって、あと霰って呼んでくれよ。あ、こっちは香織っていうんだ」

「霰……香織、か。ならオレは鬼人って呼んでくれ」

前に進まないといけない。してしまったことへの償いをするために。忌み嫌っていた名前、それもどこの誰かわからない収容所の人間がつけた名前だけど。それでもいい。


「うし!じゃあ行くか」







「まさか千年待つとは思わなかったなあ」

「探し物は見つかりましたん?」


「ん、見つけたよ」

「ほな、行きましょうか」





「シダ、天真……次は誰がいいかな……」

「なんとおっしゃりました?」






「いやこっちの話。いくぞ社神」




「承知しました、天真様」




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