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桜舞い散る頃に…  作者: 彩莉
14/30

約束

夜が明けてすぐの朝は、まだ藍色が残っていた。

「おまたせ」

香織が小走りで庭まで走ってくる。

「じゃあ行こか」

神崎はそう言って圭の方を向く。

「圭君、その夢で出てきたんはどんなとこ?」

「おー、なんかの木があったな。でっかいの。

それに傷があったはずだ」


そうか。建物は焼け落ちたのだから、無くなっている。

神崎の言っていたことが本当なら、千年前にその大きな木はあったということだ。

ならば今ならさらに大きくなっているだろう。


「大きい木、なあ。京都ならたくさんありそうだけどな」

霰はそう言いながらあたりを見渡し、大きな木を探した。

「あ!」

圭が大きな声を出す。

「桜の木だ。大きな桜の木。それに何が書いてあったかも思い出した」


「夢に出てきた男と女が、背丈を測ってたんだ。その男、オレと一緒で背の低い方でよう。

女の背丈を抜かした頃には……なんだっけ?」

途中で途切れる台詞に香織は笑う。

「ふふっ、ねえそれきっと告白じゃない?

抜かした頃には、お前を迎えに行く……なんて言ったんじゃないかしら」


香織の言葉を聞いて、圭は顔をさくらんぼのように赤くさせる。

「なるほど……」

「なあに赤くなってんだよ」

霰はそういって圭を小突く。

「いや……なんつーか……

オレ、そいつの生まれ変わりっぽくね?」


……あ。言われてみれば。

見た目も似てると圭は言っていたし、第一俺と香織もあんな話のあとだから、有り得る話だと思う。

だとしたら俺たちの班は全員前世持ちか?

その話の感じだと、恐らく鈴に似ていた、火をつけた女というのは……鈴の前世だろう。


「オレ前世から鈴のこと好きだったのかよ!やっぱ俺だな」

おそらく順序的には反対なのだが。

あれ?その言い方でいうなら……。

俺も、香織のことを千年も前から好きだったことになる。


今回の件でわかったことだが、前世と言っても

魂こそ同じだが、存在は別だということ。

俺たちはたまたま昔の記憶、という形で認知しただけで。

でも、それを聞いた時俺は安心した。この気持ちは一過性のものではなく、れっきとした愛なんだと。

まあまだ告白できずにいるのだが。


「あ!あれちゃうん?桜の木」

神崎が指を指す方には大きな桜の木があった。

「ごめん、俺和服やし、先に行ってくれへん?」

どうして和服で来たんだろうと不思議に思いつつ、霰たち三人は桜の木の方へ歩いていく。


「桜の木…ほんとだ、なんか彫られてある」

香織はそういって彫られた痕をなぞる。

「鈴羽……と……圭太?」

同じほどの高さに二つの横線が荒くひかれていた。

「夢で見たやつと一緒だ!……にしてもこんなにでかくなってるとはなあ」

桜の木は大きく、せっかくなので木の周りを一周しようと考えた。

「あ……?」

霰が何かを見つけ、声を漏らす。

「どうした、何かあっ……」

圭は霰のほうへ駆け寄っていく。


「鈴!鈴じゃねえか!こんなところで何してんだ!」

「なんでここに」

「鈴?鈴がいたのね、良かった!」

後から香織も駆け寄り、三人で鈴を見つけた。

「鈴ちゃん見つかってんな!大丈夫そう?」

やっと追いついた神崎が、少し息をあげながら話す。


香織は鈴の前髪を手であげ、額を当てる。

「熱はないと思う。でも朝からこんなところにいるから体温は低くなってきてるわ」

香織がそう伝えると、圭は鈴を抱える。

「よし!とりあえず連れて帰ったらいいのか?」

こういうときに頼りがいがあるのは圭の長所だと思う。

「ちょっと待ってな」

神崎は袂から札を取りだし、鈴の方へ持っていく。

「なんだよ一夜、鈴になんかあるのか?」

圭の言葉が耳に入っていないのか、神崎は続けて何かを唱え始める。

そしてそれが終わると札を反対側の袂にしまった。


「念のため……気にせんでいいで、ほら俺一応神職やし」

「そうかー、わりい」


その後は朝早いのもあって、特に会話もせずに神崎の神社に戻ってきた。

「そこに寝かしといたげて」

圭は神崎の言葉どおりに鈴を下ろす。

「なんで鈴はあんなところにいたんだろうな」

霰は腕を組み、壁にもたれかかりながら言った。

「鈴も同じ夢を……見たんじゃない?」

香織はそう呟いた。そうか、香織は俺たちと同じことが起こっているのかもしれない、と考えているのか。


「鈴大丈夫なのかなあ」

圭が珍しくしょげている姿を目にする。

鈴のことがそれほど好きなのか、と改めて認識した。

自分だって昨日まであんなに苦しんでいたのに、強い男だと思う。


「い…や……」

鈴が微かにそう言った。首元には痣が浮かび上がっていた。圭とは違う、紅の痣。

「どうして……あなたが……」

首を引っ掻きながらそう続ける。

「鈴!?どうしたんだ!」

圭は首を引っ掻く鈴の手を急いで掴み、止めようとする。

しかし圭の手は力強く跳ね除けられ、痣は圭の指先まで広がる。

「圭!お前の手……」

「これ……鈴の血だ」

ガタガタと手を震わせ、霰の方をゆっくり向く。


「なんやこれ……どうしたらいいんや……」

神崎からは焦りと恐れを混じえた声が吐き出される。

「神崎……私たちのときみたいに、なんとかならないの?」

「香織ちゃんと霰君は過去に俺と接触してるからなんとか対策できたんや。それも相手は神まがいやったからギリギリやった。でもな」

神崎はぎゅううっとこぶしを握りしめる。

「鈴ちゃんと圭君のこれは異質や。悪質な痣がその証拠」


「一夜……オレたちどうしたらいいんだ?」

圭は自分の手を見つめながらそう呟いた。

「さっき術を施したから、悪い気は跳ね返せるで。問題は、その呪術をかけた相手がわからんことや」

先の術にはそんな効力があったのかと納得する。

にしても、呪術だと?

昔親父から聞いたことがある。何かしらの犠牲を払い、人を苦しめる禁術の総称。

禁術になったのはたしか江戸の頃からだったはず。

つまりこの術は……千年も残ってる、そうとうタチの悪いものだ。


「神崎、提案なんだけど」

「霰君。どうしたん?」

「俺が鈴の見てる夢を見ることってできるか?」

「できんことはない……けど」

「俺がその夢見たらその呪術のことわかるかもしれねえだろ」

神崎は目を見開き、そして頷いた。

「わかった、俺はここで術式展開しとかなあかんから行かれへんけど……」

「大丈夫だ」

「オレも霰と行く」

圭は何かを察したのか、そう言った。

「私も、心配だから」

香織は二人の肩をポンッと叩きながらそう言った。


「じゃあ、頼むなあ」



目を開けると、池の前だった。

「場所変わったな。成功したっぽい?」

「恐らくな。ここが鈴の見ている夢の世界か」

見たところ、平安時代のようだ。

「豪勢な建物だな」

俺は教科書通りのようなこの時代の風景に少し感動した。


「なあ……香織は?」

圭に言われてあたりを見回す。

本当だ、どこにもいない。何故だ?はぐれたか?

「失敗したのか?なら今香織は神崎と一緒にいるのかもな」

無事だと信じたい。

「ヤキモチか?らしくねえな!」

圭はたはは、と笑いながら霰をからかう。


「そんなんじゃねえ馬鹿」

霰は圭に軽く蹴りをいれる。

いてえ!と言いながら太鼓橋を渡る。

「やべっ、人が来た」

隠れる建物や叢があるわけでもなく、まさに八方塞がりとはこのことだ。

服も思いきり洋服なわけで、見つかれば捕まるんじゃないか?


「怪しいもんじゃないから!」

そういった圭をすり抜けて男らは通っていった。


「およ?すり抜けた」

「向こうは俺らが見えないみたいだな。好都合だ、気にせず色々見ていこうぜ」


それから俺と圭は色んなところを回った。

先は好都合だと言ったが、実のところそうは思えなかった。

確かに見つからないという意味ではいいが、この時代にいるシダやモモは助けられないということ。

だから圭が夢で見たことが目の前で起こっても干渉することができないということ。

過ぎたことは変わらない。これは過去を映しているだけだから。

そう理解し直すのに時間はいらなかった。


にしてもシダとモモは山の小さな村の人間だったのに対して、こいつらの前世は大きな屋敷に住んでいるのか?

公家や貴族なら納得がいく、などと考えながらあたりを見回した。


「あっあれオレかな?」

圭が指を指す方には圭によく似た男がいた。

「だろうな、瓜二つじゃねえか」


「では、失礼致します」

そういって圭によく似た男は去っていった。

「おっ部屋から出てきたぞ」

「ついていくか」


「おかえりなさい、圭太様」

「ああ、ただいま。鈴羽」

圭太と呼ばれた男は、鈴によく似た鈴羽と話していた。

「また屋敷に行かれたのですか?」

「世渡り上手だからな」

ふふんといいながら圭太は鼻高そうに言った。

「調子づいて斬られないでくださいね」

「そうだな、気をつけるよ」

「天真様には会われましたか?」

鈴羽がそう尋ねると、圭太は苦笑いをした。


「兄者は変わってしまったからな、会えてない。俺のことをよく思うてないのだろう」

「そうですか……私のせいでしょうか」

鈴羽は目線を落として呟いた。

「気にしなくてよい、ではな」

そういって圭太は奥の部屋へと入っていった。


「主従関係だったのか?」

見たところ、圭太の方が身分が上だと感じとれた。鈴羽という女は住み込みで働いているのだろうか。

「うーん、わかんね。でも鈴っぽいよな」

圭は欠伸をしながらそう言った。


ザザザ


「え?何だこれ」

圭が焦り耳を塞ごうとする。

「これは夢だからな、場面が飛ぶんじゃねえの」

妙に落ち着いた霰の言葉に安堵しながらも圭は不思議そうな顔をする。

「なあ、霰もこんな夢見たのか?」

夢、ではなく記憶だったけど。似たようなものだ。

「見たよ」

「そうか。なんかオレたち四人は色んなところで縁があるのかもなあ」

圭は手の後ろで腕を組み、そう言った。


「話が違います!天真様!」

怒り狂う鈴羽の姿があった。

「何の話だ」

「私が蛇を退治すると申したはずです。何故圭太様を差し出したのですか」

天真はくくくと笑いながら答えた。

「蛇退治をしたという名声が入ったであろう?」

「圭太様は瀕死の呪術をくろうています、あのままでは圭太様は……」

「もういい、下がれ」

天真は手をはらい、そう告げた。

「天真様!」

「下がれ」


鈴羽はぐっと唇を噛み締め、圭太の家まで戻った。


「なんかオレ、すげえことに巻き込まれてるな」

「蛇退治って……どんな大きいの倒したんだよ」

「オレが知るかよ!」

覚えてねえのかよ、と返し、二人で笑った。


「鈴羽、おかえり」

「圭太様……」

「俺、今までずっと言えなかったんだけど」

「はい……?」

「鈴羽のことが好きだ」

痣がうごめく背中を起こし、鈴羽に告げる。

「大好きだったんだ」

「圭太様……?」

「敬語はもういいよ、幼い頃からの付き合いだ」

それを聞いて首を振る鈴羽に、圭は笑った。


「いつも世話してくれるお前に見合う男になるまで黙っとくつもりだった」

顔を赤らめながら、鈴羽は圭太の手を掴む。

「そんなこと……私などのためにいつも圭太様は頑張ってくださいました。親なしの私を拾い、召使にしてくださり……読み書き、屋敷での話、弓の稽古のお話……どれも大切な時間でした」


「鈴羽」


「聞きません」

「いや、聞いてくれ」

「嫌よ!」

「鈴羽」

「俺を殺してくれ」

「……いや」


圭太の言葉は正気だった。しかし鈴羽には受け入れられなかった。

圭太がもう長くないことを。痣が全身に行き渡っていることを。


「この姿ではもう、屋敷にも出入りできない」

「あなたを殺すなんて絶対いや」

「聞けよ!主人の命令だろ」

珍しく怒る圭太を鈴羽は静かに抱きしめた。


「私一人置いていかないでよ……」

「……鈴羽」


その日はそれ以降会話をせず、二人共それぞれの部屋で寝た。


「なんか、お前の見たっていう夢と違うくないか?」

「この成り行きだとたしかに違う。あれ?なんでだ?」

これが鈴の見ている夢だからだろうか。




「ひっ……」


鈴羽が朝起きると、圭太が刺されて死んでいた。

体温はまだ温かく、寝ているだけのように見えた。


「一体誰がこんなことを……」

「俺だ」

そこにいたのは彼の兄だった。

「……天真」

「天真様だろ?」

「どうして殺したの」

「お前に殺してくれと頼んだんだろ?なら俺が殺してもよいではないか」

何故この兄は弟を愛せなかったのか。何故圭太は殺されたのだろう。

あんなに嫌われても、兄のことを慕っていた圭太が。


「昔から鬱陶しい弟だった。何も出来ない元気だけが取り柄の奴だった。それが元気を無くして何が出来る?」

「……あなたの方でしょ」

「なんだと?」

「何も出来ない私を助けてくれたのも圭太。皆を困らせていた蛇を討ち取ったのも圭太。屋敷の人間から好かれていたのも圭太」


そんな圭太だから、私は今まで尽くしてきた。

皆圭太のそんなところが好きだったはず。


「今日は村の祭りでここらに人はいないのよ」

そう呟いて、圭太に刺さっていた刀を抜き、天真の手を突き刺す。

「ぐああ!何をする!」

「さよなら、人を愛することも知らぬ哀しき人よ」


火をつけ、家に放り投げた。

圭太の身体を抱きかかえて、鈴羽は消えていった。



「こっちが記憶の真相だったのかもな」

「……ひでえ話だな」

俺と香織も、前世ではなかなかひどい死に様だったが、圭と鈴も同じだった。




目を開けると神崎と香織が見えた。

「大丈夫?」

「無事でよかった、鈴ちゃんも目を覚ましたで」

「おお!鈴!よかったー!」

「け、圭!近いってば!」

照れながら鈴は圭を殴る。


「とりあえず皆目が覚めてよかったわ」

神崎はひとまず安心、とでも言うかのように笑った。


「圭」

鈴が圭の手を掴む。あの夢のように。

「なっなんだよ!」

また殴られると思った圭は下を向きながら目を瞑っている。


「今度は長生きしないと許さないからね」

圭が顔をあげると、鈴は泣いていた。


「おう」

圭は鈴を抱きしめてそう答えた。




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