天使と別れ
「話についていけねえ」
霰はそう呟いた。レンは目を閉じ、話しはじめた。
「そうだな、全部話すぜ。俺たちが生きていたときのことを」
ー
「蓮」
「……」
「蓮!」
「なんだよー莉杏か」
「…なんだよじゃないわよー!」
バチンッ
蓮は莉杏に平手打ちされた。
「いってー!」
「ミカエルさんがあんたのこと呼んでるのよ!」
だからって平手打ちする必要あったのか?
そう返そうとしたが、莉杏のおっかない顔を思い浮かべ、諦めた。
「はは、莉杏、蓮、悪かったね」
ミカエルは苦笑いをしながら二人のもとへやってきた。
「いえいえ!」
「で、なんすか?ミカエルさん」
蓮は寝起きで機嫌が悪い。
「僕とガブリエルで、麓の化物を討伐してくるから、僕の家の留守番しといてくれないかな?」
ミカエルがそういうと、蓮は苦虫を潰したような顔をする。
「ええ…この前も行ってませんでした?」
「村人に頼まれてね……頼むよ」
「ま、留守番するのはいいんすけど。たまには断ってもいいと思いますよ?」
腕を頭の後ろに回して、蓮は言った。
「蓮!すみませんミカエルさん!」
莉杏はてくてくと歩いていく蓮を追う。
「蓮の言うことも一理あるがな」
「ガブリエル。いたのかい?」
フンッといいながらガブリエルは言った。
「今来た。いたら悪いことでもあったのか?」
「そんなこと言ってないだろう?」
ミカエルは申し訳なさそうな顔をしてそう返した。ガブリエルは不機嫌そうな顔をし、小声で話しはじめた。
「人間は私たちに依存しすぎている。やはりルシフェルの言っていたことは……」
「それ以上言うのは駄目だ、ここは村の中だよ」
ミカエルはガブリエルの話を遮り、人差し指を立ててそういった。
「……まあいい、悪鬼を狩りに行くぞ」
「うん、行こうか」
蓮と莉杏は今の会話を聞いていた。
「おい……聞いたか?」
「うん、化物じゃなくて、悪鬼って言ってた」
「そこじゃねえよ!」
「じゃあ何よ?」
「ガブリエルさん…俺の意見……一理あるって褒めてただろ!」
莉杏は、は?とでも言いたげな目で蓮を見た。
「そんなの聞き流していいところよ」
「大事だろ!」
何言ってるのよ、と軽く蓮を小突いてミカエルの家に向かった。
何も置いていない棚。机。そしてきちんと並べられた下駄。几帳面と言えば聞こえがいいが、
これは几帳面というより……
「いっつも思ってるけど……ミカエルさん生活感なくね?」
蓮はそう口に出した。
「私たちに留守番してもらうからって片付けてるのよ、きっと」
莉杏はそういって座る。ミカエルの家を見渡してはそわそわしていた。
「なんか、変態みたいだぞ、お前」
「な、何言ってるの!別に普通じゃない」
焦りながら返答をした。
いや、他人の家にきてそわそわするのは、わからないでもないが……
こうも落ち着きがない彼女を見るのは初めてだ。
「お前……」
「なっ、何よ?」
「ミカエルさんのこと好きなのか?」
莉杏は顔を赤らめて硬直する。どんどん赤くなっていく。茹で上がった蛸のようだ。
「私が!?なんで!?」
机をバァンッと叩きそういった。にしても動揺しすぎだ。図星だったのかもしれない。
「違うよ!」
どうやら、違ったようだ。ならばなぜ顔を赤らめているのだろう。
「そうか……ガブリエルさんに遠慮してんのか?」
ガブリエルさんも口がすこぶる悪いが、いやな人ではなく、むしろ面倒見は良さそうだと思う。
あと、あの感じは……おそらくミカエルさんのことが好きなんだろう。
「違うってば!」
莉杏がそう叫ぶので、蓮は仕方なく黙った。
「蓮は?」
三角座りをし、顔を隠しながら莉杏はそういった。
「俺?俺はそういうの考えたことねえなー」
「そっか」
少し残念そうに呟く。どんな答えを期待していたのだろうか。
「大変だ!ミカエルとガブリエルが!」
慌てふためく村人の声が聞こえた。
ミカエルの家からすぐ出て、二人は村人の方へ走っていく。
「何があった!」
「蓮!ミカエルとガブリエルが麓の化物に殺されたらしい!」
「はあ…?」
にわかには信じられなかった。化物に、あの二人が殺された?
大体、誰も麓に行けないから二人に討伐の願いを出したんじゃないのか?
それに、ミカエルさんからは、いつも武術の稽古をつけてもらっていた。それで、わかっていた。
いつも彼が本気を出していないことを。
化物は、それほど強かったということか?
「麓に行ってくるぜ」
「蓮!ごめんおじさん、私も行ってくる」
「あ!おいっ、危ないぞ!」
「ミカエル、これはどうみても……悪鬼じゃないぞ……」
「うん……暴走してる悪鬼でも、人型のはずだ……」
肩で息をしながら二人は話す。
「ならなんなんだ?これは……」
「わからない……ただこの化物は、人にも害を及ぼす存在だということはわかるよ」
ギインッギギッ
「くそ!剣が!」
「ガブリエル!危ない!」
ズシィン……
ミカエルがガブリエルを抱え、後ろに退く。
「貴様…!?離せ!」
「ガブリエル、この服装じゃ駄目だ」
そういうと、ミカエルの服は和装からハイネックの衣の服へと変わった。
「あまりこの服は好かんがな」
ガブリエルの服も同じようなハイネックの衣の服へと変わった。
「ミカエルさん!」
「ガブリエルさん!」
全力疾走で来た蓮と莉杏は二人の名を叫んだ。
「よかった、生きてた」
二人が闘っている化物は、初めて見るモノだった。おぞましい。いや、おどろおどろしいというのか。
そして、違和感に気づく。
「あれ……二人共服装が」
「……綺麗」
宙を舞い、剣舞のような闘いをするガブリエルを見ている莉杏はそう呟いた。
「逃げて蓮、莉杏」
ミカエルから告げられた言葉に、蓮は疑問を持つ。だって、二人はいつも化物を討伐していた。
今回の化物だって、きっと、二人なら。
「今回はいつもみたく倒せそうにないんだ!逃げて!」
いつもの余裕がある話し方ではなかった。
戦闘中だから、ではなく。切羽詰まったからだろうか。
「わかったよ。でも……俺は逃げねえ」
「蓮!」
「俺も闘う!」
そういったが早いか、蓮は持ってきていた刀を抜き、化物に一太刀入れた。
「蓮!何をやって……」
「ガブリエルさん、ガブリエルさんは莉杏を守ってください」
「莉杏……恐らくですけど、足がすくんで動けないんだと思うんです」
目を見開き、足を震わせる莉杏を、ガブリエルは見た。
「……わかった」
よかった。これで闘える。ガブリエルさんほど強くはないけど。
「莉杏」
肩を担ぎ、莉杏を背負う。
「ガブリエルさん!蓮は……!?」
「蓮は戦っている。私の代わりに」
「蓮を置いていけません!」
「私だってミカエルを置いていきたくはない」
喚く莉杏にガブリエルはそう返す。莉杏はガブリエルの弱音を初めて耳にしたため、少し驚く。
「村に帰ったら、おかえりと言ってやるのは私たちの役目だろう」
「ガブリエルさん……」
ガブリエルはようやく落ち着いたか、と少し笑った。
「逃がしませんよ、『四大天使ガブリエル』」
突然現れた男は行く手を阻んできた。
「貴様……誰だ?」
「私は神崎」
「何の用だ」
「あなたを殺すように依頼を受けているんですよ」
「……そうか」
ガブリエルは妙に落ち着いていた。しかし神崎のことは知らなかったようだ。
「悪いが殺されるつもりはない」
そういって神崎の動きを止めた。
「ガブリエルさん……?あなた一体……?」
「莉杏……ここからは一人で歩けるな?」
そういうと、ガブリエルは莉杏の額に触れた。
「すまないな」
ミカエルが麓の方から歩いてきた。
「ガブリエル、行こうか」
「おい……足」
ミカエルの足からはどくどくと血が出ていた。
「やられた」
「魔法が使えればあんな化物……」
すぐに燃やして終わらせることができたのに。
ガブリエルは悔しそうにそういった。
「ガブリエル……それは駄目だって先に言ったでしょ」
「わかってる」
「蓮は?」
「……あの化物を一人で殺した。直に登ってくると思うよ」
唖然とするガブリエルの顔を見て、照れくさそうにミカエルは笑った。
「恥ずかしい話、足を斬られてね。動けなかったところを蓮にサポートされ、そのまま蓮が一人で片付けた」
「お前は肝心なところが抜けているんだ」
苦笑され、ミカエルも同じように苦笑した。
「記憶の方は?」
「うん、僕が化物に殺されたようにしておいた」
「私もそうだ。……しかし過度の干渉はやはり心にくるものがあるな。罪悪感が残っている」
胸をトントンと叩きながら、顔を伏せた。
「うん……まあね。でも僕らがこの任務を引き受けていてよかったよ」
ミカエルは着ていた服を破り、足に巻き付けながら言った。
「ラファエルはともかく……ウリエルなら村ごと潰すだろうからな。私はあいつは嫌いだ」
いーっとした煙たげな顔でガブリエルは話す。
「ははは…君たち昔は仲良かったのにね。
……村の方はもう大丈夫だろう」
「悪鬼じゃないのには驚いたがな。あれで最後だろう。しかしあれは何なんだろうな」
「人間は時におぞましいものを造りあげるからね……」
「蓮と、莉杏が幸せになれば、それ以上は望まんがな」
ガブリエルは照れくさそうにそういった。
「狭い範囲だね?」
「ほかの人間はあまり関わらなかったから知らん」
腕を組み、プイッと顔を背ける。
「うん、僕もそう願いたいなあ」
ー
「……なんだよこれ」
蓮が目を覚ますと、化物の姿は無く、ミカエルの姿もなかった。
「ミカエルさんが殺されて、俺だけ生きてる……?」
「蓮ー?どこ……?」
「莉杏!無事だったか!」
莉杏を抱きしめようとした。
が、すり抜けた。
「……?」
「ねえ蓮?どこにいるの……?まさか殺されたの……?」
「俺はここにいるだろ!」
「蓮!蓮がいなくなったら…私どうすれば……」
莉杏はしゃがみこみ、泣き崩れる。
莉杏の頭を撫でようとしても、触れない。
俺の身体が透けていた。
一週間後、俺の葬式が行われた。
ミカエルさんとガブリエルさんの話はされなかった。村に殺されたと言っても過言ではないだろう。俺は巻き添えを食らったということか。
「勇姿を讃え、二代目神の子は蓮さん、そして蓮さんが大切にされていた莉杏さんが選ばれました」
神崎と名乗った男は、民衆の前でそう語った。
俺は死んでいるのか、生きているのか……。
自分が何なのか、分からなくなっていた。
「蓮……私もあのとき……残っていれば……」
莉杏は泣く。目もパンパンに腫れていた。
「蓮さんは神と知らずに討伐してしまった……それだけです」
神崎はそういう。
違うだろ。仕組んだんだろ。ミカエルさんとガブリエルさんを殺すために、あの化物をおびき寄せたんだ。それに、あのおどろおどろしい化物が、神なわけがない。
俺はその策略に巻き込まれた。村ぐるみの計画に。
「莉杏さん……」
「莉杏に触れるな。浅ましい人間が」
「っ!誰だ!」
どうやら、俺の声は莉杏以外には聞こえるらしい。
「ぐあっ……く…」
白い灰となって神崎は散った。
「きゃあああ!」
「うわああああ!」
村人は思い思いに逃げていく。
俺は触れるな、と思っただけだった。なのに神崎は死んでしまった。この姿になってからはもう驚くことの方が少なくなっていた。
「厄災……蓮が怒っているのよ」
村人がポツリと呟いた。厄災……その通りかもしれない。
「蓮……?生きてる……の?」
莉杏がそう呟いた。泣きやみ、顔をあげ、あたりを見渡す。
「いないか……」
「……蓮、置いていってごめんね……」
ゆっくりと立ち上がり、宙を見上げる。
「結局、好きだって……言えなかったな……」
胸元から短刀を出した。
そのまま、ザクッと胸元を刺した。
「莉杏ォ!」
「透きとおった赤…あなたの髪みたい……蓮……見てる……?」
「やめてくれ……」
声も、手も届かない。何度も止めたが、莉杏には届かない。
「いつか……私たちの子孫が……また逢えたら……いいな……」
ー
「俺は決めた。初田と松田に危害を加える者は灰に変えようと」
「だが、全員に干渉できるわけじゃなかった。松田と初田が恋仲になったときだけ」
レンの話が終わり、あたりは静けさに覆われる。
「シダが死んで、次は俺ってことか」
「……えっ香織ちゃんとデキとったん?」
突拍子もない神崎の一言が、緊張感をぶち壊す。
「……そうなの?霰殿」
モモも顔を隠しながら微笑む。
「えっ違うの?俺はそう思ったから干渉したんだけど?」
レンまでそういう。
「いっ、今の話だとそんな流れだったろ!?」
皆くすくすと笑う。
こんなに恥ずかしいと思ったのは久しぶりだ。
「本当にすまなかった」
レンは霰と神崎、モモに謝った。
「過ぎたことやで」
「話を聞いている限りでは、あなたより村に原因があるように感じたわ。
あの鬼の子とかいう因習の経緯もそんなところからできたのでしょうね」
「俺は……もうわかんねえよ。誰が悪いとか。
とりあえず、レンは俺を守ってくれるんだろ?」
「ああ、そうだ」
「ならよろしくな!俺は馬鹿だから、難しいことはもういい」
照れくさそうに霰は言った。
「霰君」
「霰殿…」
「そうか……じゃあ俺はシダの魂のところに行って謝ってくるぜ。あ、あと霰」
「ん?」
「ほかの二人にも言っているが……シダが死んだのに生き返ったあれな」
「おお……」
「あれは俺にも初の出来事だった。死者蘇生、あれについては俺もよくわかんねえ。あんま口にすんな」
「わかった、じゃあシダによろしくな」
「おう」
レンは湯ノ神村の方まで飛んでいった。
「あれすごいな……ほかの人には見えへんのやろうけど……空飛ぶ下駄みたいや」
下駄では飛んでないだろ。と思ったが言うのはやめた。
「霰殿、香織を……お頼み申します」
「おー、モモも村に帰んのか?」
「いいえ、私は……」
表情が少しだけ曇ったような気がした。
「では……また、いつか」
そういって、モモはどこかへ消えた。香織が倒れる。
「おっと!今度は何もあらへんみたいやな」
神崎も安心して、二人で中へと運んだ。
「香織、大丈夫なのか?」
「うん、寝てるだけみたいや」
「そっか、俺も寝ようかな」
「そうし。疲れたやろ」
三日ぶりくらいに、ちゃんと寝れた気がする。
「懐かしのメンバー……まだ会えるで、霰君」