時と縁
「もうばれちゃったのね」
倒れた身体を起こして彼女はそう言った。
「この姿だと、ややこしいよね」
彼女は手を横にあげ、くるりと舞った。
その容姿は妖艶に微笑む女に変わっていた。
「香織……」
彼女がそう呟くと、霰は目を見開いた。
「香織をどうした!」
「借りてるだけ……香織も同意してくれた」
「……」
「私はモモ……香織の千年前の魂」
モモはすっと人差し指を霰に向ける。
「あなたはシダと同じ魂を持ってる……」
そして、今度は神崎の方に指を向ける。
「あなたは神崎……」
そう言うと、モモは泣き崩れた。
「懐かしい……ああ愛おしい……千年前の輩がいる……」
「……大丈夫か?」
霰はモモに手を差し伸べる。
モモは顔を上げ、にこっと微笑んだ。
先ほどの怪しい笑みとは似ても似つかぬ表情だった。
よくよく見ると、彼女の目元は腫れていた。
香織が泣いたのか、モモが泣いたのかはわからない。
「私の話を聞いてほしい……霰殿」
「うん、聞くよ」
「その様子だと、神崎から大方の話は聞いたのね」
「ああ……」
「なら、神崎から聞けなかったことを私は話す」
モモは敢えてそう言ったのか。霰には真意がわからなかった。
「ユリの死因……村を滅ぼした経緯」
モモは特段驚いた様子もなかった。
「そうね、話の途中、邪魔されたのでしょう?」
モモはあの声の主を知っているのだろうか。
「わかるのか?正体が」
「ええ。ユリを殺したのはシダ……でも、シダでいてシダではない人物……
あれを人物と呼んでいいのか定かではないけれど」
モモには見当がついていたようだった。
恐らく神崎が思っているのと同じ人物なのだろう。
この二人は千年前の真実をすべて知っている。
「シダの中には『なにか』がいたの」
「……何か?」
「そう、私たちも名前までは知らない。
でもアレはシダとは別の人格。それは断言できる」
つまり。シダの中には何かがいた。その何かがユリを殺し、村を壊した。シダの無意識下で。
「シダはきっと知らなかった。そのまま村は破壊され、私は子供を逃がし、シダを止めようとした。でもそれは不可能だった……」
眉を歪め、目を伏せ、モモは続けた。
「神崎は即死だった。シダに風穴を開けられていた。村人も次々と灰になっていった。コバと私とシダだけを残して。そして全てが終わったあと……シダは倒れた」
「倒れた?」
「……そして目を覚ましたとき、彼は何も覚えてなかった。コバと私はこの上ない恐怖を感じた。シダの中のそれは、シダの無意識下で村一つ壊すことすら容易いんだって考えたら…」
神崎の目は揺らいでいた。恐怖を感じているようだった。
それもそのはず、彼は惨劇の最初の被害者だったからその後を知るはずもない。
赤黒い傷が、着物から透けて見えたような気さえした。
「コバはシダを連れて逃げて。私が村を壊したことにするから」
「私はそういって二人の前で既に壊れた村を壊していった」
モモは目をぐっと瞑る。静けさがまわりを包み込んだ。
「これが全てよ」
「そうか……」
「それとね」
「シダはもう二度死んでるの」
モモがそう口にした瞬間、彼女の首が何者かにより絞められていく。
「ぐっ……はっあぁ……っ……」
「モモ!くそ!誰だ!」
『それを口にすることは許されない』
「またこの声だ!誰なんだよ!どこにいるんだ!」
霰は喚く。その声の主がどこにいるのかも知らないで。
「あなた……の……名前……わかっちゃっ…た」
モモは掠れ声で呟く。
「ねえ……?『レン』殿……」
「モモちゃん?」
神崎も驚いている。どうやら知らなかったようだ。
『その名をどこで知ったわけ?』
声が響く。恐ろしく、声を聞くだけでも肩がずしりと重くなる。
そう絞められていたモモの首はパッと離された。
「二代目神の子『レン』…真の名は『初田蓮』」
『その情報をどこで?』
「……私の生まれ変わり……香織の先祖はあなたをよく知る人物」
『まさか』
「『リコ』…松田莉杏の子孫だったのよ」
「待てよ!初田と松田……俺の先祖はシダの中にいた何かだって?」
霰は焦りそう言う。
「そう……私も『松田杏』、シダは『初田志太』……両家の子孫」
「俺は松田と初田にはただならぬ縁があると記憶してるで」
「縁なんかじゃない。因縁さ」
声はポツリと呟いた。
その声は先ほどの毒々しく、生気のない凛とした声ではなく、肉声のようだった。
「やあ」
声の主は、目の前に姿を現した。
それは一連の流れからは想像出来ないような普通の少年だった。
しかし、足は地についていない。
どうやらモモのように誰かに身体を借りているわけではなさそうだ。
紅に染まった透きとおるような髪が朝の風でなびいた。
「君が……」
「神崎……か。俺も懐かしい者に逢えたもんだ」
「俺を知ってるんか?」
「いや……正確にはお前のところの初代神主を知っている」
「神の子……そう、俺とリコは神の子として選ばれた」
「選ばれた…!?」
「初代神の子は村人に斬り殺されたからさ」
初代神の子…?
レンは霰の顔を窺い、続けた。
「初代神の子は松田や初田のモンじゃない。
それがまあぶっ飛んでるんだ。天使だったってわけだ」
天使…?天使がいるっていうのか?
千年前、いやそれ以上も前に?
「初代神の子の名は『ミカエル』と『ガブリエル』」
神話で聞いた名前だ。四大天使かなんかだった気がする。
「羽根が生えた人間が村にいる、と言って村の人々は多いに喜んだ」
「ならどうして殺した」
「怖くなったんだよ、自分たちより圧倒的に強い二人が」
恐怖。ここでも恐怖が人を動かすのか。
「そして二代目に選ばれたのが俺とリコだった」
「あなたはどうして……」
「こんなおぞましい力を手に入れたのか」
モモが言おうとしたことをレンが先回って遮った。
「神殺しをした。おかげで人間の時で生きられなくなった」