俺を転生させようと女神が何度も殺しにくるのですが、この世界が好きなので断り続けています
※胸糞注意
唐突だが、俺はトラックにはねられて死んだ。今月に入って5度目の死亡、トラックに限れば2回目だ。
「ああなんてことかしら、間違ってあなたを殺してしまったわ」
真っ白の優しい光に包まれた空間。その中で丈の長い純白の貫頭衣に身を包んだ女神は泣き崩れた。
「間違ってるのはあんたの脳みそだ。いい加減この茶番をやめろ」
そんな哀れな女神を見下ろしながら俺は吐き捨てた。爽やかな朝の登校時間を邪魔されて、ひどくイライラしていた。
女神は「む?」とまったく泣いていない目を向けると立ち上がり、頬を膨らませる。
「そんなこと言わないでよ、私がこんなに必死に頼み込んでいるのに。あなたはこの可憐な女の子の頼みを無碍に断るって言うの!?」
「可憐な女の子はそんな図々しいこと言わん」
実を言うと、俺は今までこいつに何度も殺されている。
トラックに始まり脱線した貨物列車、突然倒れてきた衣装箪笥、建築現場から降ってきた鉄柱、理科の実験で塩酸と水酸化ナトリウムを混合したら突如爆発、など死因は様々だ。最後のは化学反応式からしてあり得ないだろ。
20回目を過ぎたあたりから数えるのをやめた。
だが今日も明日もと、女神は俺を殺し続けるのだ。
「転生して闇に包まれた世界ヴィルガントヘルムに降り立てばあなたは最強の勇者よ。撫でるだけで凶暴なドラゴンを服従させ、魔法を放てば山を消し飛ばす。もちろん魔王だって舐めプ可能、多くの男子たちが憧れるチート能力が手に入るのよ? あらゆる存在の頂天に立てるのよ? さらに今なら盗賊、船乗り、狩人の各種便利スキルに、サービスで幼馴染にかわいい女の子まで付けちゃう!」
「そんなものはいらん」
「あらそう? じゃあ猫耳獣人メイドなんてどう?」
「そういう意味じゃない」
女神の話によると俺は生まれ変わった後最強の勇者となれるポテンシャルを秘めているらしい。少なくとも現在の地球に俺ほどの力の持ち主はいないそうだ。その力をもって今現在魔王により破滅の危機にある異世界を救って欲しいというのが女神の要求だ。
最初の事故死の時にそう聞かされたものの、女神の妙な言動から偶然の事故死ではなく奴の仕業だと見抜いた俺はごねてごねてごねまくった結果転生を延期してもらった。そもそもあの時は所属するバスケットボール部の大事な試合の直前、死んでも死にきれない。
「あらやだ、かわいい女の子に見向きもしないなんて、もしかしてあなた……こっちの人?」
じっと俺を見つめながら、女神が右手を口の横に持ってきて反らせる。
「人の話を聞けこの腐れ脳みそ! 何度も言うが、俺は転生なんてしたくない。気の許せる友達もいるし、バスケ部でも一軍に入っている。それに父さんと母さんを悲しませることはできない。俺は今生きているこの世界が好きだ」
「じゃあどうすれば転生してくれるのよー。神様だって予算配分は決まっているんだから、これ以上の贅沢は難しいわよ」
「だから転生するって選択肢自体がそもそも要らないんだってば」
てか予算が決まってたのか、神様界隈って。
「ぶうー、せっかくこっちも無理して色々と用意してるのに。分かったわよ、気が向いたらいつでも死んでね。もっと良い条件考えておくから」
「やっぱあんた何もわかってねえだろ」
折れた女神は不満げな様子で指を鳴らす。
突如、目の前の女神の姿がかすみ、俺の意識は遠のいていった。
気が付くとトラックのぶつかる直前、平和な朝の住宅街の交差点に巻き戻されていた。
「ご飯よー」
一階から母さんの声がする。
前の死亡から三日後の夕方、自分の部屋で机に向かっていた俺は筆箱をしまい、ノートを机の引き出しにしまった。
「わかった、今行くー」
部活終わりですごく腹が減っていたんだ。部屋を出た俺は足取りも軽く廊下を駆ける。
だがそれは毎度突然やってくるものだ。階段の前の床を踏む直前、脇の部屋の床から何の前触れも無く滑らかな布がにゅっと現れる。
気付く間もなく俺はその布を踏みつけてしまい、思い切り足を滑らせたのだった。
「あ、あああああああ!」
勢いそのままに、俺は階段を転がり落ちた。
「ああなんてことかしら、間違ってあなたを殺してしまったわ」
「腹空かせた夕飯前に殺すとは、いい度胸だな、あぁん?」
いつものように嘘泣きする女神に、俺は指をパキパキと鳴らす。
そしていつものように女神はこっちを向いてにやりと笑う。
「ふふん、今日はあなたの要望に沿ってゴリマッチョの……?」
だがその表情はすぐさま固まった。今までに無く不機嫌な俺の顔を見て、さすがのこいつもヤバさを感じたらしい。
「今日は俺の好物のから揚げだぞ。今俺を戻れなくしたらどうなるか、わかってるだろうな?」
一歩一歩、近付くたびに女神のこめかみが震えている。
「ちょ、ちょっとあなた怖いわよ。本当、魔王、いえ、大神様よりもすごいオーラ放ってるわよ。わかったわかった、今日はもう転生してなんて頼まないから、やめてよ。ね、ね?」
何度も首を振って懇願する女神。
意外とすんなり引き下がったことに拍子抜けして、俺の怒りも萎んでしまった。
「うむ、よろしい」
さすがにから揚げごときで俺もマジになりすぎた。今日は許してやろう。
だがひとつ、帰る前にこれだけは聞いておきたい。
「……てかさ、ゴリマッチョって何さ」
「ええ、上司に無理言って運命操作のために予算を回してもらったのよ。おかげであなた好みのゴリマッチョな武闘家を武術の師匠として迎えることができたわ」
「絶対いらねえ!」
やっぱりこいつ人の話まったく聞いてねえ。
俺の拒絶に女神は「ええ!?」と本気で驚いている。
「何でよ、あんたこっちの人じゃなかったの?」
「違うわ、いたって健全な男子高校生じゃい!」
「そんなあ、一度運命をいじったら修正するにはすっごく面倒なのよ? 上司の決裁がいくつも必要だし、修正の取り消しは過誤処分と見なされるから、私の勤務評価も下がっちゃうわ」
神様の世界は公務員みたいな融通の利かなさだな。もしも俺が上司ならこんな女神最低評価喰らわしてやる。
「だいたい健全な男子高校生って何よ。実在もしないアニメに出てくる女の子に欲情しちゃうのが普通の高校生なの?」
ギク!
俺は固まった。そして震える声で聞き返した。
「お、おい、何で……?」
「何でって、私は女神よ。地上の人間が何してるかなんて簡単に調べることができるわよ」
平然と言ってのける女神に。俺は今にも叫び出したい気分だった。
やばい、弱みを握られるのはまずい。
バスケ部に入ってクラスではリア充グループに加わっているものの、包み隠さず言うと俺は重度のアニオタだ。深夜アニメをごっそり録画して、部活が終わってから視聴するのを日々の楽しみにしている。
さらに練習の無い日にはグッズを求めにアニメショップを巡っている。途中で誰かとバッタリ、なんてことが無いようマスクと分厚い伊達眼鏡で顔を隠し、野球帽を深く被って変装までして。
正直な話をすると、最初に死んだときも気に入っているアニメ『魔法少女ミアと機械少女クリス』のクライマックスをまだ見ていなかったので、実のところバスケの試合よりもそっちの方が大切でごねまくったのだ。
なんとか今まで気づかれていないとは思っていたが、実際には俺の趣味は見破られていた。
だがこいつに情報収集能力はあっても分析能力は皆無のようだ。
ならば恐れる必要も無い。
「へへん、俺を異世界に連れて行きたいなら、この世界で生きていけないくらいに俺を絶望させてみるんだな」
強がってそんなことを言ってみる。
「でも無理だぞ、俺は今の世界が好きだからな。友達も家族も」
アニメも。さすがにそれは口にしなかった。
女神はふくれっ面を向けて指を鳴らした。これでいつものように少し時間を巻き戻して帰れる。
「むぅ、仕方ないわね、ところでさ」
「ん?」
「あんたの机の……」
女神が何か話しかけるが、俺の意識はそこで途切れてしまった。
「あ、あっぶねー。あいつ俺の私生活を覗き見してやがったのか」
机に伏した状態から起き上がった俺は、ドキドキドキドキと激しく脈打つ心臓を両手で押さえて落ち着かせた。
あの迷惑女神が俺の趣味を友達に暴露でもしたらクラス内での俺のカーストはたちまち底辺までスライドする。
まあその時にはバスケで見返せばいいし、隠れオタク友達とオープンにつき合って新しくキャラを確立しよう。最近はオタクも徐々に社会で受け入れられつつあるからな。
そんなことを考えてふと机の上を見ると、ノートが置きっぱなしになっていることに気付く。俺は引き出しにそいつをしまい、から揚げを食べに一階へ降りた。
翌朝、いつもの通学路を通って学校に向かう。
「ん?」
こちらにトラックが走ってくる。
やれやれ、またか。きっとこの後突っ込んで潰されて、朝っぱからあの厚顔女神のご尊顔を拝まされることになるんだろうなとため息を吐く。
だが今日は違った。
トラックは徐々に減速すると停止線でぴったりと動きを止める。そして運転手は親切にも手で俺に「先に行け」と合図してくれるのだ。
あれ、おかしいな?
首を傾けながらも俺は運転手に一礼して道を横断した。
そのまま無事に学校へと到着し、俺は教室へと入った。
「おはよー」
いつもなら俺のあいさつに皆が「おっす」と返してくれるところだ。
だが、何かおかしい。皆一か所に集まって何かを見ているようだ。
誰かがこっそり漫画でも持ってきたのだろう。そう思っていたが俺が教室に入った途端、クラスのみんなが俺の方を向いて口を押えて笑いを堪えるのだ。
「どうしたんだ?」
寝ぐせでも残っているのか?
俺は自分の頭に触れたが、どうやらそうではないらしい。
「おーい、大先生が登校なされたぞ!」
クラスのお調子者の橋本が高らかに言うと、皆は決壊し教室に爆笑が響いた。
「な、何だよお前たち。俺が何かしたって言うのか!?」
いらつきながら詰め寄る。だが橋本の手に持っていたものを見て俺の心臓は凍り付いた。
「お、おい、それって!?」
「みんな、朗読するぜ、大作ダークファンタジー『魔道大戦パンデモニウム』。神と魔王が壮絶な戦いを繰り広げ両者ともにいずこかに消えてから数千年、大いなる運命に導かれた5人の少年少女の物語、と」
「だはははは、パンデモニウムだってさ、かっちょえー!」
肥満体の男子が腹を抱えて笑う。つられて周りの連中も我慢できず笑い始めた。
「主人公、ラドス・エルバイア。辺境のリーベ村に住む16歳の少年。両親を亡くし孤児院で育ったが、村を焼き払われすべてを失い復讐のため旅に出る。剣の腕は村でもトップクラスで、やがて魔法の才能も開花する。実は伝説の英雄アレーサの血を引き……」
「や、やめろ!」
俺が小学五年生の頃からこつこつと書き溜めていた妄想ノートだ。友達はおろか家族にさえ知られていない、完全なる俺だけの趣味。
将来のアニメ化メディアミックス化を目指して書き溜めた何十という作品、の設定資料。設定だけで実際に脚本などはまったく書かれていないか、書いていても数ページで終わっているものばかりだ。
作品ごとに分けているので机の中にしまっているノートは既に10冊近くある。だがなぜかそれが橋本の手に渡り、クラスの皆の前で晒されていたのだ。
ちなみに今橋本が読んでいるのはその内一冊、中学二年の妄想癖全盛期に考えた作品の内容だ。
俺は橋本のノートに手をかけて無理矢理奪い返す。だが教室の隅っこで、今度は別の男子が高らかに声を出し始めた。
「こっちにもあるぞ、ハードSF『マインド・オブ・ギア』。コンピューターが発展し独自進化を遂げるプログラムが開発され、人類の知らぬ間に作られた機械軍団によって絶滅の危機に瀕した地球。人類はシェルターに逃げ込んで応戦しながら暮らしていた。ある日、戦いで傷付いた戦士の少女マキナはサイボーグ化の手術を受け、復活する。しかし実際は自分がマキナの脳と身体をコピーして作られた完全なる機械であることに気付き、マキナ本体は集中治療の末にサイボーグとして復活する。そして……」
「やめてくれ!」
あれは高校に入ってすぐに考えたものだ。当時海外のSF小説に影響されて思いついた作品だが、どこからどう見てもパクリだらけな設定だったので中途半端なまま没にしてしまった。
さらに今度はギャル系女子のリーダー格もノートを広げた。
「ええと、歴史群像大河『ハーンのレガシー』。時は1930年代、舞台は満州。チンギス・ハーンの墓に眠るという不老不死の秘薬を巡り、日本より招かれた将校の息子、満州族の無垢な少女、李氏朝鮮の両班の血を引く剣豪、上海のマフィアと様々な人物の思惑が交錯し……うは、これはおもしろそうじゃーん!」
明らかに馬鹿にした笑い声。
誰もが俺を見て笑っている。クラス最底辺の根暗野郎に、真面目なクラス委員長、バスケ部の仲間まで。
公衆の面前で笑いのタネにされ、俺は理性を失った。
「うおおおおおおお!」
直後、俺は窓から飛び降りた。
「あら、あなたからここに来るなんて珍しいわね」
ほくそ笑んだ女神が目の前に立っている。
「……」
俺は何も答えなかった。
「今転生してくれたら持ち前の最強の能力はもちろん、各種スキルに幼馴染と猫耳メイド、さらにゴリマッチョ師匠も付けるわ。生まれも前線からは遠い平和な領地の貴族だから、家族が襲われる心配は無いわ」
「……よくもやってくれたな」
「あら、何の話かしら?」
「とぼけるな、この人でなし!」
俺は憎らしいその頬を思い切りひっぱたいた。
乾いた音とともにきりもみ回転し、女神は地面に倒れ込んだ。
女を殴るのは初めての経験だ。だが、こうでもしないと俺の気は収まらない。
呻きながらもゆっくりと立ち上がる女神。鼻血を垂らし、腫れあがった頬を手で押さえながらも、涙を浮かべたその目は笑っていた。
「女神に手を挙げるなんて肝が据わってるわね。でも、許す。私は心の広い女神だから」
こいつには何を言っても無駄だ。俺は全身の力が抜け、その場にへたりこんだ。
「どうする? まだ元の世界に戻りたいの?」
「……転生させてくれ、俺をこの地上で最強の存在として」
ぽつぽつと答える。すぐさま女神は満面の笑みを浮かべ、俺の足元に巨大な魔法陣が出現する。
「よし来た、最初っからそう素直に言ってくれればよかったのに。幼馴染と猫耳メイド、ゴリマッチョ師匠によろしくね!」
だれがよろしくするものか。俺は今まで楽しかった人生を奪われたんだ。よりによって最悪な暴露をされた形で。
てかゴリマッチョ師匠いらん。
「覚えていろよ、生まれ変わっても俺はあんたの顔を絶対に忘れないからな」
項垂れた姿勢のまま俺は女神を睨みつけた。奴の顔は相も変わらず鼻血を流したままニコニコと笑っている。
一秒でも長く恨みの眼差しを向けてやりたいところだったが、やがて眠気にも似た妙な気分が全身を包み、俺はゆっくりと目を閉じて倒れ込んでしまった。
作中に登場する妄想作品の数々は実際に私が考えてきた没小説のアイデアだったりします。
特に最初のファンタジーものはリアル小6の時に思いついて3ページ書いて飽きたものです。