恋着
大衆居酒屋は、相変わらずガヤガヤとしていた。
先程までの、胸が痛くなる程の想いはここに来ると落ち着いた。やはり、それが狙いなのだろうか。
美味しいつまみと、冷えたビールは私をとても心地よくさせた。
部長は、相変わらず私に優しい言葉をかけ、温もりを感じる眼差しで私を見る。
聞きたくないが、聞かなければならない事を、いつ切り出そうかと考えているうちに、お酒が進む。
やはり、少し飲み過ぎたのかもしれない。部長を見るだけで胸が高鳴っていた。
「桜はほとんど散ってしまったけれど、夜桜でも見ませんか」
と部長は言った。
近くに神社があり、その裏の公園が桜の名所になっている。数週間前には、大学生やサラリーマンなど、花見客でごった返していた。
公園に向かうと、人はもうまばらで、ほとんどが葉桜になっていた。しかし、大きなしだれ桜は、花を付けていなくても、どっしりと存在感を示していた。
「寒くないですか?」
と、部長は私に聞きながら、売店で買った温かいワンカップを渡し、ベンチに腰を下ろした。
「少し肌寒いですが、大丈夫です」
私はそう答えながら、少し部長に近づいて座った。
子洒落たバーや、ムードのあるお店なんかより、この夢幻的な状況に、愛慕の情を抱かないわけがなかった。
ベンチに置いていた手に、部長の手が、ちょん、と当たった。私はその手に小指を少し絡ませた。すると、部長は私の手をそっと包んでくれた。部長の少し骨ばった手は、暖かかった。
部長と私は、何事もなかったかの様に会話を続けた。
繋がった右手から、激しい鼓動が伝わってしまうのではないかと焦っていた。
『奥さんはいらっしゃるんですか』
この状況が終わってしまうのが怖くて、聞きたくない事は聞けなかった。
しっとりとした風が、夜の公園を優しく包む。
いつの間にか私たちは手を絡ませて繋いでいた。




