第92話 ブリュンヒルデの記憶世界
私が目を覚ますと、そこはクリスター政府クリスター議会議事堂だった。赤いじゅうたんが敷かれた床。白色の壁。大きな窓ガラスから大都市の光景が見える。私の立つ廊下では、大勢の人間が歩いている。――ここはブリュンヒルデの記憶世界だろう。
「さて、ブリュンヒルデはどこにいるかな」
私は見慣れた廊下を進んでいく。廊下を歩く議員や官僚といった連中を押しのけ、クリスター政府代表執務室へと足を運ぶ。
扉を開ける――必要はないはないか。私はクリスター政府代表執務室の扉をすり抜ける。そもそも、扉に触れた所で開けることは出来るが、何の意味もない。
白いクリスタルで出来た床と壁。政府代表の権威を示すために置かれた装飾品や絵画の数々。私は代表執務室の奥へと進む。やがて、窓ガラスをバックにした代表デスクが見えてくる。
「――今やビリオン=レナトゥスが連合政府を支配している」
「すると、もう連合政府コマンド総統に実権はないということかしら?」
代表デスクに座るのは言うまでもなくクラスタだ。その前に3人のFクローンが椅子に座っていた。右から順番にフウカ、シリカ、コミットだ。――そして、クラスタの斜め後ろにブリュンヒルデがいた。
「ああ、そうなるな」
「ビリオン=レナトゥスの最終目的は世界の奪取だ。ラグナロク大戦を乗り越え、ようやく自由と平和を再生したこの世界を壊して奪い取る。そんなことは絶対にさせない」
クラスタが強い口調で話す。シリカやコミットも頷く。それはブリュンヒルデも同じだった。その表情に狂気は見られない。
「でも、今すぐやっつけるのは難しいんでしょ? フィルドちゃんとパトラーちゃんがいなくなったもんね」
「……だからこそ、まずはビリオン=レナトゥスの下部組織――連合政府を切り取る。そのための作戦だ」
「うふふっ、可愛い可愛いクラスタちゃんのお願いなら何でも聞いてあげるわよ」
フウカがにやにやしながら言う。なるほど、いつものフウカだ(っていうか、この頃も“こういうこと”言ってたのか)。
クラスタは机に立体映像を表示させる。どこかの地形図だ。ある建物が赤く光っている。建物の種類は――軍事施設か?
「今回の作戦場所は東シリオードの連合政府本部だ。ここをフウカ率いるIクローン部隊が襲撃。新型兵器Gと実験用として囚われているFクローンを救出する」
「コマンドはどうするの?」
「コマンドは……可能なら捕えてほしいが、無理はするな。あの男はどうせ小物だ。連合政府総統という地位も飾りでしかない」
クラスタはコンピューターを操作し、施設内の地形図データを机の上に表示させる。簡略化された立体データだが、作戦を遂行する上でなら問題ない。
コマンドは長らく連合政府で高い地位を持ち続けた男だ。だが、その実態は時の連合政府権力者に操られるだけの存在にすぎない。財力やコネといった力があった頃は利用価値も捕縛価値もあったのだろうが、この時代――クリスター政府の時代にはもうその面影さえ残っていない。形式的に総統に据えられたのだろう。
思えば彼も時代に翻弄されただけの存在だった。最初は国際政府代表・連合政府総帥を裏で兼任するパトフォーに利用され、彼が死んだあとは連合政府を実質所有することになったヒライルーに利用される。そこに彼自身の、本当の意味での意思はないのだろう。
「コミットには襲撃部隊のサポートを頼みたい」
「分かりました。お任せください」
コミットはいつものように返事をする。彼女は連合政府所属のクローン。その頃も、クリスター政府時代も、この後の時代――ヴァルハラ帝国時代もサポート役だ(そういう仕事に向いてる感じがするな)。
「そして、シリカには――」
「――分かっている。神議会の調査だな?」
「ああ、そっちを頼む」
神議会……。グリードシティでも遭遇した黒服の軍団だな。大神シュレラとやらの復活を目論んでいるらしいが、クリスター政府はどこまで知っていたのだろうか?
そのときだった。
「…………!?」
目の前の光景が突然動かなくなる。灰色一色に染まり、空気が凍り付く。背筋に冷たいモノが走る。誰かがいる――。
「――なにをしている?」
「なッ!?」
私は素早く振り返る。クリスター政府代表オフィスの中心にその男はいた。いや、女? 黒い影に包まれてよく見えないが、あれは女の身体だろう。だが、声は明らかに男だ。
「ど、どういうことだ、お前私が分かるのか!?」
私は腰に装備したバスターソードを震える手で抜き取る。ここはブリュンヒルデの記憶世界。この世界にいる人間は私を感知できないし、私も彼らに接触できない。
だから、今目の前で起きていることが理解できなかった。あの影は私を感知し、私も影に接触できている。あり得ない現象だ。
「私は私によって作り出され、ブリュンヒルデの記憶世界に住まう存在――」
影の女は両手を上げ、手に宿していた影を宙に投げる。彼女の手を離れた影は、空中で急速に広がり、全てを吞み込んでいく。ブリュンヒルデの記憶世界が闇に包まれる。
「ここに来たお前に、真実を垣間見せてみようか」
「…………!」
闇が晴れていく。だが、いた場所はさっきとは全く異なる場所だった。恐らく現実世界に属しない場所だろう。ここは――
「――隠された記憶世界」
私は黒い影が空を覆う、白い床の上に立っていた。私と対面するように影の女もいる。だが、いるのは私たちだけじゃない。
「クラスタさん――」
「――ブリュンヒルデ、すまないな」
「いいんです。だって、私はクラスタさんの――たった1人の弟子なんですから」
離れた場所に、クラスタとブリュンヒルデがいた。その2人は到底殺し合うような仲ではなかった。むしろ、互いを信頼し合っている師弟だった――。




