第7話 ミッション1
「――ターゲットを確認した。……ああ、分かっている。心配は無用だ」
私はそう告げ、無線機の通信を切る。
「……行くぞ」
「…………」
私は側にいるパトラーに声をかける。彼女は無言で頷いて了解の意を表す。その心に宿している感情は不安か、悲しみか――。彼女の心内を知る術など私にはない。だが、予測はつく。彼女とは長らく一緒に過ごしてきた。これからやる任務に、よい感情を抱くことなどないだろう。
骨身にまで凍みる風が、絶えず吹き付ける。真黒な夜空から無数の白く冷たいものが降り注ぐ。ここは、とある城の屋根。傾斜ある屋根で、私たちは待機していた。
「チャンスは一度だけだ」
「…………」
私は腰に装備した重く冷たい剣をゆっくりと引き抜く。
今、東の塔から私たちのいる本城に向かって、高架橋を渡る一団があった。青いラインが入った白い装甲服に身を包んだ数人の女性兵士たち。いずれもFクローンだ。その一団の中心にいる黒い装甲服を纏った女。彼女こそが今回のターゲットだった。
「そろそろ始める。頼んだぞ」
「……イエッサー」
私は赤色をした屋根を蹴り、空高く舞い上がる。弧を描きながら舞う先にいるのはターゲット。そのとき、発砲音が上がる。鋭いライフルの銃弾が、極寒の空気を切り裂きながら飛んでいく。
「…………!」
銃弾は黒い装甲服を纏った女の右肩を貫く。真っ赤な血が、白く染まりつつあった高架橋の石床に飛び散る。
私は鮮血が地に落ちるのとほぼ同時に、空からその女に向かって突っ込む。左手で彼女の胸ぐらを掴み、もう一度地面を蹴って空中に飛び上がる。そして、空中で彼女を背に回り、その首に剣を突きつける。
「な、なんだ……?」
一瞬の出来事だった。護衛のクローン兵たちが異変に気付いた時には、私はすでに地面に降り立っていた。
「動くな! 武器を捨てろ!」
「…………!?」
クローン兵たちは動揺しながらも、武器を捨てようとする。今回のミッションは成功だ。私は確信を持った。だが、――
「それはこちらのセリフだ」
「…………!」
私の頭に銃口が突きつけられる。いつの間にか、私の左側には別の女が立っていた。私はチラリと目を向ける。……成功という確信が、失敗という可能性に覆われる。私の左に立ち、銃口を向けていたのは――
「……クリスター政府代表――クラスタか」
今回のターゲット――クラスタが、私の側で銃口を向けている。人質に取った女は、ターゲットじゃなかった。この時点で、作戦は失敗だ。
「ヴァルハラ帝国の筆頭将軍になったフィルド=ネスト、だな? いよいよ私を殺しに来たか」
「…………」
私に銃口を向ける彼女は、どこか生気のない虚ろな目をしていた。作戦を失敗させたことを確信しているのか、彼女は軽く笑みを浮かべていた。……笑みなき笑み、心の宿らぬ笑みを。
そのとき、人質にしていた女が、剣を持つ右腕を掴む。そのまま、私を背負い倒す。私は石の地面に叩き付けられる。剣が音を立てて転がる。
「クッ……!」
「お前がヴァルハラ帝国の筆頭将軍か」
右肩から血を流す彼女は、そう言いながら頭部を守るアーマーを取り、顔の上半分を覆うフェイス・ガードを捨てる。現れたのは、左目に眼帯をした女性――クリスター政府将軍シリカだった。私はゆっくりと起き上がり、彼女たちと距離を取る。
そのとき、私の目先――私がいた赤色の屋根で爆発が起こる。いや、爆発というよりかは衝撃波か。煙の中から誰かがこっちに向かって飛んでくる。白い服に赤いマントを羽織った女――ライフルでシリカを狙撃したパトラーだ。彼女は空中で体勢を立て直し、私のすぐ横に着地する。
「……おやおや、ヴァルハラ帝国のパトラー=オイジュス将軍閣下じゃないか」
クラスタがパトラーに声をかける。
「――クラスタ、あなたを殺そうとした刺客はこれで全員だ」
クラスタの背後から黒い装甲服を纏った女が歩いてくる。さっきまではいなかった女だ。……そうか、さっきの屋上での爆発は、この女とパトラーが交戦した際の……。
「ああ、ご苦労、フィンブル」
クラスタは腰に装備した剣を抜き取りながら言う。その刃は微かに血の跡が残っていた。
「ミッション失敗だな。お前たちの主――ブリュンヒルデには私から伝えておこう。……フィルド、お前にはここで死んでもらう」
「クラスタ将軍……! いくらなんでも、殺すのは……」
「…………」
クラスタ曰く、明らかに恨まれているパトラーではなく、私の方が殺されるらしい。もしかしたら、パトラーもいずれ殺されるのかも知れないが。……まぁ、いずれにしても――
「――まだ終わったワケじゃない」
「…………!」
私はクラスタたちに向かって手をかざす。その瞬間、私の周りはドーム状の黒い電撃空間に包まれる。空間内で弾き飛ばされるクラスタたちと護衛のクローン兵。私は彼女たちが体勢を立て直す前に、一緒に弾き飛ばされていたパトラーの手を取る。クラスタたちは、……もう空間内から逃げ出したか。
「クラスタ、急いで避難した方がいい」
「私は――」
「クラスタ将軍、ここはフィンブルの言う通りに撤退しましょう」
「…………ッ!」
フィンブルに先導され、シリカに護衛されるクラスタは本棟に向かって走っていく。私はパトラーの手を引きながら、彼女たちを追いかける。
だが、その行く手は突如として現れた機械の兵士たちによって遮られる。現れたのは、黒色をした攻撃用のロボット兵器だった。