第66話 皇帝と剣士
【アレイシア城 星見の間】
「……そうか」
私は光差し込む窓の側に立つFクローンに、ことの顛末を報告した。ミッションを出した本人――ブリュンヒルデは黙って聞いていた。
「ティルヴィングのこと、どこまで知っていたんだ?」
私はマナの消費で命を失った帝国最強の剣士――ティルヴィングについての疑問をぶつける。彼女はグレイシアを倒したが、同時にマナの喪失で死んでしまった。
「…………。……全部」
「……らしくないな」
ブリュンヒルデは白いマントを私に向けたまま、ずっと窓に視線を向けている。報告を聞いている時もそうだった。顔をずっと見せない。
「……最期、ティルヴィングは何か言っていたか?」
「かたじげない、と。どういうことだ?」
「…………。ティルヴィングはずっと剣士として死ぬことを望んでいた。長く細く生きて朽ち果てるより、短く太く華やかに散りたいと言っていた」
ブリュンヒルデは左手で右手の甲に触れる。すると、星見の間全体に立体映像が広がる。皇帝の前に傘を深く被ったFクローン――ティルヴィングが立っていた。
「私には剣しか取り柄がないんでさぁ……。剣に生き、剣に死ぬ。何もなさずに死して、誰の記憶にも、どこの記録にも残らずに消えていくなんて、ごめんだねぇ……」
ティルヴィングは腰に差した刀を抜き取って、銀色に光る刃の様子を確かめながら話していた。ブリュンヒルデは何の警戒もせずに椅子に座っている。
「……次戦ったら、確実に死ぬぞ」
「…………。生まれた意味、生きてきた意味、ティルヴィングという存在の意味が私は欲しいねぇ……」
「…………」
「特にあんたさんには世話になった。クリスター政府クラスタは私を解任するつもりだったそうで、そんな私を拾ってくれたのがヴァルハラ。死ぬ前に恩を返したいんでさぁ……」
ブリュンヒルデは椅子に座ったまま拳を握る。下唇を噛み締める。その目には薄っすらと涙の膜が張っていた。
「……サーガのハッキングで、神聖レナトゥスの作戦情報が分かった。Fクローンを簡単に斬り捨てる人斬りグレイシアがファンタジア遺跡に行くらしい。グレイシアは同じ種族だが、見過ごすワケにはいかない。それに、『氷の兵団』の指揮官だ」
「…………」
「今度、フィルドたちがそのファンタジア遺跡に向かう。その護衛と――」
ブリュンヒルデは白い盃に何かの液体を注ぐ。恐らく酒だろう。刀を戻したティルヴィングと、身体を僅かに震わせるブリュンヒルデがそれぞれ手に取る。
「……承知。ヴァルキュリア・ティルヴィング、必ずやグレイシアを討ち取りましょう」
「頼んだ」
皇帝と剣士は白い盃を口に運び、――床に落とす。2つの盃は粉々になって割れる。ティルヴィングは白いマントを翻して二度と会うことのない皇帝に背を向ける。皇帝は彼女の姿が消えるまで立ったまま見送った。
ティルヴィングの姿が消えたとき、ブリュンヒルデの目から大粒の涙が溢れ、――。立体映像はそこまでだった。
「……女神の存在を調査、ということだったが、建前だったかな?」
「…………。そんなことはない。ただ、――今回のミッションはグレイシアの殺害が主だったことは認める」
ブリュンヒルデはティルヴィングに華を持たせたらしい。神聖レナトゥスにはアクア、グレイシア、インフェルノ、ブラスト、エクレールの5人が将軍・指揮官を務めている。ティルヴィングはその一角を切り崩した。
ティルヴィングは、ルミエール政府の戦闘派将軍に匹敵する強さを持つグレイシアを討ち取った。もはや誰が見ても大きな功績であることは間違いない。
「ティルヴィングはグレイシアを討ち取ったが、更に筆頭将軍と一般将軍、中将3人をも守った。これだけの功績を残した中将は、そういないだろう。正直、彼女がいなかったら、全員死んでいた可能性すらある」
「……そうだな」
窓際に立ったままのブリュンヒルデは一言だけ発した。さっきから顔を見せないのは涙ぐんでいるからだろう。
私はヴァルハラ帝国に来て気づいた。ブリュンヒルデはそう強い心を持つクローンじゃない。それでも誰かの前では決して弱みを見せない。そういうクローンだと私は思っていた。
「次のミッションはまた追って連絡する。私も少し“やること”があるからな」
「…………? ああ、分かった」
ブリュンヒルデの言葉が気になったが、私はそう返事をし、星見の間から早々に退室する。あまり長居する空気でもないだろう。私がいつまでもいたら、ブリュンヒルデは泣けないだろう。
ファンタジア遺跡での調査は終わった。女神の遺した遺物は見つからなかった。ネーヴェの話だと、ドールがすでに回収し、ビリオン=レナトゥスに渡してしまったらしい。遺物はクリスタルのようなものだったらしい。
そのネーヴェはヴァルハラ帝国に加わることなく、どこかへと去って行った。彼女が今どこにいるのかは分からない。
遺跡にいたクローン兵や、グレイシアがファンタジア遺跡近辺に待機させていた神聖レナトゥスのクローンたちはみんなバラバラになった。一部はヴァルハラ帝国に加わり、一部はヴァルハラやルミエールの市民になることを望んで去り、一部は傭兵・賞金稼ぎとなったらしい。
古来より名門であったファンタジア一族は完全に姿を消した。ファンタジア帝国=国際政府の流れはこれで消えたも同然だ。
私は何となく時代の終わりを予感していた。サキュバス帝国の時代は、サキュバスによって支配された時代だ。ファンタジア帝国=国際政府の時代は、人間の時代といえるだろう。では、次に始まるのは何の時代だ? 次の時代を築くのはクローンか、引き続いて人間か、それともまさか神だろうか……。
<<コミットのメモ書き>>
【ティルヴィング】
◆基本データ
◇性別:女性
◇種族:Fクローン(Vクローン)
◇所属:ヴァルハラ帝国(中将)
◇戦闘:刀
◆概要
ティルヴィング中将は『ヴァルキュリア・クローン』の1人です。剣術はヴァルハラ帝国随一の持ち主です。刀以外にも斬撃魔法を駆使して戦います。
しかし、『バグ』を持って生まれたため、クリスター政府は彼女を用いることはありませんでした。クラスタは彼女を解任する予定でした。彼女は拒否していましたが、聞き入れられることはなかったようです。ブリュンヒルデ皇帝は、「軍に残りたい」という本人の意向を受け、ヴァルハラ帝国軍に残留させました。
最期は神聖レナトゥスでも屈指の猛将グレイシアを倒し、その生涯を閉じました。
あまりお話する機会はありませんでしたが、本当は分かっていました。――たくさんの友達が欲しかったことぐらい。でも、みんなを悲しませないようにと距離を取っていたことも。さようなら、ティルヴィングさん……。そして、本当にありがとうございました……。




