第64話 かたじげない
私はパトラーを探すため再びサキュバス城のエントランス・ホールに入る。その途端、殺気が私に迫ってくる。
「…………!」
間一髪のタイミングだった。私の身体は目の前で舞い上がる火花を目にしながら、後ろに吹っ飛ばされる。レンガ造りの壁に叩き込まれる。
僅かながらに埋め込まれた私の身体が壁から離れる前に、私に殺気を向ける女が刀の先を私に向けて飛んでくる。バカな、あの女の相手をしていたティルヴィングはどこに!?
「クッ……!」
私はバスターソードの銃口を迫りくる神聖レナトゥスの将軍――グレイシアに向け、引き金を引く。けたたましい音が鳴り響き、銃口が火を噴く。無数の弾丸が空気を切り裂いて飛ぶ。
「待ちやがれテメェ!」
「…………!」
荒っぽい口調をしたクローン――ヒルドが、目に涙を浮かべたままグレイシアに魔法弾を飛ばす。前から銃弾。横から高エネルギーを纏った魔法弾。グレイシアは攻撃を中止し、その場から飛び上がる。彼女が2階に位置する渡り廊下に足を付けたとき、私の身体はようやく瓦礫だらけの床に倒れる。
「大丈夫か、フィルド!」
「あ、ああ……。それよりもティルヴィングはどこに?」
私はヒルドに抱き起されながら、ヴァルハラ帝国最強剣士の所在について問う。だが、彼女は何も答えなかった。途端に私の頭には最悪のケースが思い浮かぶ。
「ま、まさか……。何があった!?」
「…………」
「――戦いは強さだけで決まるものじゃない」
私たちの上から冷たい声が聞こえてくる。見上げれば、グレイシアが半壊した渡り廊下から私たちを見下ろしていた。
「私以上の実力を有していたあの女は、ティルヴィングはお前と同じだっただけだ」
「ど、どういう意味だ!?」
「――マナの大量消費による命の消滅」
「…………!」
私の背に氷のように冷たいモノが駆ける。心臓が冷えた手で握られたかのような感覚に陥る。頭から血の気が引いていく。
「な、なにを、言ってる? 私と同じ? な、何の話だ?」
なぜグレイシアは私の余命を知っている? 私に課せられた残酷な事実は、ヴァルハラ帝国の上層部しか知らないハズだ。なのに、なぜ!? 私の抱いた疑問に答えるようにしてグレイシアは話を続ける。
「私たちはヒライルーの下で、クローン実験を長らく続けてきた。その中で分かったことがある。――マナは無限ではない。クローンは、いや人間は魔法を使えば使うほど命を削られていく」
「…………!」
「我々はクローンのオリジナルであるお前のデータを徹底的に分析した。そこで割り出されたのだ。もう、お前の命は長くないと」
「け、計算ミスを考慮しなかったのか? だとしたら、――」
「加えて、――」
グレイシアの冷え切った瞳は、揺らぐ私の言葉とは対照的に、真っすぐと私を見ていた。
「――私は相手のマナを見ることが出来る。マナの残量で、命がどれだけあるか分かるのだ。フィルド、お前はあと3ヶ月弱か」
私は頭を鈍器で殴られたような感覚だった。無意識の内に足が一方後ろに下がる。グレイシアの述べたことに誤りはない。それは私の事実だった。
「ティルヴィングには、どうにも先天的な欠陥があったのだろう。クローン製造過程で起こるエラーか。我らの組織ではそういうクローンは即廃棄処分だが、クリスター政府には到底出来ぬことだな。だが、その半端な優しさが、“こういう結果”を招いたのだ」
「なら、アイツは……!」
「そう。もう余命数日だったのだ。なのに、マナを消費する戦いを私に挑み、彼女の命は尽きた。私を足止めして終わったのだ」
私は両手の拳を握る。最初からティルヴィングは不愛想だった。他のヴァルキュリア・クローンとは異なり、話しかけてくる素振りも見せず、ずっと1人だった。
私に彼女の心の中は分からない。でも、もしかしたら彼女は意図的にそうしていたのかも知れない。やがて死ぬ自分に、他人を近づけまいと……。
「フィルド、お前の命が尽きることはない。お前は今日ここで死ぬ。安心するがいい」
「…………!」
グレイシアが腕を横に上げ、刀を横に真っすぐと向ける。その目は私に、いや私の命に狙いを定めていた。私もバスターソードを手に構える。だが、私がこの剣であの女の血を付けることはないのかも知れない。なぜなら、――
「何度言えば分かるかねぇ……?」
「…………!?」
「あんたの相手は私だとさぁ……!」
グレイシアの黒い装甲服から真っ赤な刃が突き出す。冷たい顔が引きつる。噛み締めた白い歯の間から赤色の液体が漏れる。
「き、貴様、まだ生きてっ!?」
「あんた、私が血を吐いたとき、私の――」
「…………!」
グレイシアの背後に立つティルヴィング。彼女の身体は……左肩から右の脇腹にかけて鋭く裂けていた。あの位置じゃ心臓も斬られているだろう。
「ば、バカな、なぜお前生きている!?」
「さぁねぇ……。恐らくは最期の力ってヤツでさぁ」
全身血まみれで、もう見えているのかどうかも怪しい虚ろな目はどこか遠くを見ていた。彼女の命の火がが消えていくのが何となく分かった。ただその火はまだ激しく燃えていた。まるで氷を溶かすかのように……。
マナを引き出すクローンの力は普通の人間とは比べ物にならない。魔法を操る力や素早く動ける力だけじゃない。その中には、驚異的な生命力も含まれていた。
だからこそ、連合政府は、クリスター政府は、ビリオン=レナトゥスはクローンを主力戦力とした。それは神聖レナトゥスも、ルミエール政府も同じだった。
「くッ、あぁ……、…………」
グレイシアの目の焦点が合わなくなり、彼女の身体はふらりと崩れる。渡り廊下から瓦礫だらけの床に落ちる。同じようにしてティルヴィングも後ろに倒れる。
私とヒルドはその場から放たれた弾丸のように彼女の側に飛び、もう目を閉じている彼女の横に降り立つ。
「ティルヴィング! 私の声が聞こえるか! すぐに応急処置を――」
「目ぇ開けろよ! 一緒にアレイシアに――」
分かっていた。分かっているだろう。もう、応急処置をしたところで助からない。もう、一緒にアレイシア城に帰ることなんてできない。
「ブリュンヒルデに――」
目を閉じたままのティルヴィングが、口を小さく開ける。それは今にも消えそうな小さな声だった。
「――伝えて欲しい」
「テメェで言えよっ! いくら無口だからってっ、そんな、ことっ……」
ヒルドの目から大粒の涙が零れる。
「――私の、最期の願いを聞いてくれて……かたじげない、と」
「だから、自分っ……で――」
うっすらと笑みを浮かべたヴァルハラ帝国最強剣士から、言葉が返ってくることはなかった。ブリュンヒルデへの感謝の言葉。それがティルヴィングの最期の言葉だった――。
<<幻想の果てに ――終章――>>
少年とクリスタルの王国に、永遠の終焉をもたらした女侵略者は哀しみの刻まれた胸に誓う。
次に消えゆくは歪なる商人、お前だと。
だが彼女は知らない。
歪なる商人の正体は、悪夢の女王。
大神を崇める者たちでさえ、未だに捕らえられぬ悪夢にうなされることを――。




