第32話 元老院議事堂の記憶
【廃都グリードシティ 中部エリア 元老院議事堂】
下層から上層へと昇ってきた私たちは、地下の臨時避難通路から元老院議事堂へと入った。扉を開けると、薄暗い廊下に出る。
「ここは……?」
「――議事堂の議員オフィス」
パトラーが即答する。
「確実?」
「…………。昔、この辺りに……お父さんのオフィスがあった」
パトラーはそう言いながら、一人で歩いていく。私とミズカも後に続く。元老院議事堂は、これまでのエリアとは打って変わって、戦いの傷跡が少なかった。壁にも傷がほとんどない。
「…………!」
「どうした?」
「……いや、なんでもない」
私は視線を戻し、再びパトラーを追う。一瞬、誰かの視線を感じた。だが、後ろを振り返っても誰もいない。気のせいか……?
「……何か感じる」
急に、先行していたパトラーがある部屋の前で呟く。
「視線か? お前も感じ――」
彼女は私の言葉を待たず、その扉を開け、部屋の中へと進んでいく。私とミズカも続いて部屋に入る。……ここは議員の控室か? 机や椅子が散乱した殺風景な部屋。恐らく、議員の控室だろう。
パトラーがゆっくりと左手を部屋に向けてかざす。すると、急に私の目の前の風景が渦を巻きながら変わっていく。
「なっ……!?」
私は突然の出来事に、側にいたミズカに向かって倒れそうになる。ミズカも、声こそは出さなかったが、困惑している様子だった。
「……の、…攻撃――」
耳に誰かの声が入ってくる。男の声だ。
「フェルト……法案は――。会派……クラ―議、……連合、の――」
「誰だ!」
「待てミズカ!」
私は、和傘に衝撃波を溜めようとするミズカの動きを制止する。この声は、人の声だが、人そのものの声ではない感じがする。どちらかというと、人が発した声よりも、マナが固まって声を形成している……そんな感じがする。
しばらくすると、目の前の風景が元に戻り出す。いや、違う。さっきまでとは異なり、そこには人がいた。それも、一人じゃない。
「――『政府代表』の地位と『政府総帥』の地位を統合し、新たに『総統』の地位を新設すれば、政府権限は一人に集中することになる。それを黙って見過ごせと?」
「ご指摘はその通り……。ですが、世論は戦争の早期終息を望んでいます。今求められているのは、合理的かつ迅速な政府の決断を可能にするシステム……」
黒いスーツに身を包んだ男が言う。恐らく国際政府の元老院議員。
「マグフェルト代表に政府の全権限を与えては理論上、独裁だって可能に――」
向かい合って座るスーツ姿の男性が余裕のない表情で話す。……私はこの男を知っている。後にクラスタと共にクリスター政府を創設するフェスター議員だ。だが、この男は既に……。
「国際政府を守り、安定した安全社会を、次世代に手渡す。そのための一時的な処置でございます。政府代表は戦争終結後、直ちに与えられた権限を元老院議会に戻すとお約束しています……」
「ただの口約束ではないか。破られたとき、元老院議会は、人々はどう彼に対抗するというのか。何も出来ず、彼の支配を受け入れるしかないではないか」
「ご安心を……。法案には“然るべきとき、権限を必ず放棄する”と明記されてございます。ですからフェスター議員のご心配は――」
「“然るべきとき”とはいつだ? 戦争の終結が見えてきたときか? 戦争終結時か? 戦争の混乱が終わったときか? 世界が戦争前に戻ったときか? ――決めるのは、マグフェルト政府代表本人だ」
国際政府、マグフェルト、フェスター……。いずれももう世界に存在しない名だ。独裁国家となった国際政府はクリスター政府に滅ぼされ、マグフェルトとフェスターはすでに亡い。
「記録再生魔法」
「……その地に宿る“記憶”を、その地に漂うマナを使って再生させる特殊魔法、か」
恐らく、この魔法を使ったのはパトラーだろう。私やミズカには使えないし、魔法発生装置でも使えない。補助・特殊魔法特化のパトラーだからこそ出来ることだ。
「フェスター議員に賛同いただけなくて残念でございます。まぁ、この後に開かれる元老院本会議でまた議論しましょう。もっとも、議会の過半数がマグフェルト派の議員で、おっと失礼。ふふっ……」
スーツを着た男がニタニタと笑いながら言う。
……国際政府は民主主義国家だった。後にマグフェルト政府代表に権限を集中させたことで独裁国家へと転ずる。そして、クリスター政府が台頭し、国際政府は滅亡する。
再び目の前の風景が渦を巻き始める。私はもう驚かなかった。だが、そのときだった。
「――オイジュスの父娘、邪神のしもべに抗う」
「……パトラー?」
部屋に向かって手をかざし続けているパトラーが不意に言葉を紡ぐ。
「父、邪神のしもべを内より脅かし死す。娘、邪神のしもべを血に染める。娘は最高の力を有し者を導く。終焉の日、新たなる女神が、新たなる世界を守る剣となろう――」
「な、なに言っているんだ!?」
私は意図の掴めない言葉を発するパトラーに近づく。そのとき、部屋の風景が変わる。風景がぐちゃぐちゃになりつつも、私たちの後ろに向かって勢いよく流れていく。これは移転魔法で移動している時と同じだ。まさか、移転魔法を発動させたのか……!? だが、どこに行くつもりだ!?
「最高の力を有し者よ――」
「パトラーっ!」
「輝けるマナをヴァルキュリアに渡してはならぬ――」
「……ど、どういう意味――」
私がパトラーに歩み寄ろうとしたとき、どこかの広い空間に投げ出される。私たちは冷たい地面に叩き付けられる。
「っ、くっ……!」
私は頭を打った衝撃でフラフラしながらもなんとか立ち上がる。パトラーは横たわったまま、動く気配がない。まさか、今ので首の骨を折ったか……!?




