第29話 声
【廃都グリードシティ 中層】
グリード上層から中層へと降りると、だいぶ薄暗くなった。元々、極めて厚い雲が空に立ち込め、上層ですら薄暗いのだから、当たり前と言えば当たり前か。
中層エリアも相変わらず瓦礫だらけだ。建物には無数の亀裂が走っているだけでなく、半分潰れかかっているものまである。窓にガラスはなく、隙間風が通り抜けている……。
「雨は……上層より酷くないな」
ミズカが青色の和傘を閉じる。むき出しの上層とは異なり、ここは上層の建物や道路に空が遮られている場所が多い。それでも、上層から流れてきた水が、あちこちから落ちている。
「傭兵たちはこんなところにまで来ているんですね……」
パトラーが所々に設置された照明器を見ながら言う。白い光を放つ照明器が、かつて道路だった場所を照らす。上層や周囲の建物から崩れ落ちた瓦礫が無数に転がっている。そんなところから草木が生えている。もはや、ここが首都だった頃の面影は、多くが失われている。
「進もう。立ち止まっているヒマはない。――ブリュンヒルデが俺の帰りを待っている。俺も早く彼女に会いたい」
お前はブリュンヒルデとどういう関係なんだ、と言いたくなるセリフを吐きながらミズカが先行して進んでいく。だが、進み始めてすぐのことだった。
「…………!」
不意に辺りの景色が“歪む”。景色のゆらぎという異常事態に、私たちは足を止める。
「な、なんだ……?」
突然のことに、私たちはそれぞれの武器を手に、身構える。誰かの攻撃か、それとも仕掛けられていたトラップが作動したか……?
――永劫の時を治めし楽園は消え去った。
「…………!?」
頭に女の声が響く。聞いたことのない声だ。
――邪神の再臨を願いし者たち、『ラグナディス』を始動し、運命の日に備える。だが、邪神の御使いは邪神と神団を裏切り、『ラグナディス』を奪う。御使い、オイジュスの娘によりて死に至る。『ラグナディス』止まりて世界は白き夢に統治される。
女の声が私の頭に流れ込み続ける。声の主は見当たらない。それらしき気配すらしない。それに、この声、普通じゃない。上手く言い表せないが、人間の声という感じがしない。なにかもっと、壮大な存在の声という感じか……?
――白き夢、永劫の時を治めた街を廃墟に還す。ファンタジアの血を絶った後、ナイトメアに挑むも大敗し、覇を失う。自然の理を外れし魔女、新生の光と地を分け合い、白き夢、哀しみに堕ちる。定められし運命は果たされた。女神の再臨は近い――。
意味の分からない抽象的な言葉が、美しく透き通るような声となって頭に響く。いや、全て分からないワケじゃない。キーワードごとに考えれば、分かるものもある。オイジュスは――パトラーの姓だ。
やがて、ゆらぎが消えていく。辺りは再び元の廃墟へと戻っていく。私はエレメント・ソードを腰の鞘に戻し、戦闘態勢を解く。
「フィルドさん、さっきのは……」
「……後半はこの時代のことを指しているんだろうな。『白き夢、永劫の時を治めた街を廃墟に還す』はクリスター政府が1800年の間、世界を統治した国際政府を滅ぼし、グリードシティを廃墟にした。このことだろう」
「なら、『自然の理を外れし魔女、新生の光と地を分け合い』は、Fクローンのヴァルハラ帝国が、光の民主主義国家ルミエール政府と中央大陸の領土を分割したことか。……納得」
「…………。じゃぁ、『白き夢、哀しみに堕ちる』はクリスター政府の現状を表しているんだ」
パトラーはやや悲しそうな顔を垣間見せながら言う。白き夢……クリスター政府。クリスター政府のリーダーはパトラーの元盟友クラスタ――。
私はふと、ブリュンヒルデから下された最初のミッションを思い出す。パトラーと共にシリオード大陸に渡り、クラスタと刃を交えたあのミッションだ。あの時、クラスタは心の宿らぬ笑みを浮かべていた。多くの仲間に裏切られたクラスタの心は哀しみに沈み、壊れかけの状態なのかも知れない。
「疑問。前半はどういう意味だ? オイジュスは……パトラー、お前の姓じゃなかったか?」
ミズカがパトラーを指さしながら言う。前半の声については私も意味が分からない。唯一分かることは『オイジュス』。パトラーの姓だ。
「た、確かに『オイジュス』は私の姓ですけど、私、御使いなんて知らないです……」
「なら、これまで奪ってきた命の中に、御使いが含まれていたのか……?」
「または、他のオイジュスかも知れない。ほら、ルミエール政府代表ブリジットも同じ『オイジュス』姓だ」
「…………」
こうなると、前半部分については完全に理解不能だ。もう一つのキーワード『ラグナディス』も分からない――。
「ふっふっふ、お困りのようですねぇ」
「…………?」
声の真意を掴み切れない私たちの前に、奇妙な服を着た男が歩み寄ってくる。やたらカラフルなその服は娯楽都市ホープシティの遊戯スタッフ――道化師を連想させる。……つまり、完全に場違いな存在だ。
「誰だお前は?」
ミズカが青い和傘を向けながら問う。だが、男は笑みを絶やさず、やたら動き回りながら話を続ける。
「先ほどからお悩みの様子。ここは一つ、ボクが相談に乗って上げるよ」
「…………。……『ラグナディス』という言葉を聞いたことがあるか? ないなら、お前に用はない。すぐに立ち去れ」
私は何の期待もせず、『ラグナディス』の意味を道化師まがいの男に問う。答えが返ってこなければ、即刻消えてもらうだけだ。一応、エンドレス・クリスタルの探査は極秘任務。ワケの分からない男に、付きまとわれるのも困る。
だが、気持ち悪い笑みを浮かべる男から返ってきた答えは、極めて意外なものだった。
「ふっふっふ、……知ってるよ?」
※『ファンタジアの血を絶った後』については、第4章でお話しする予定です。フィルド達はこの意味をすでに知っています。




