第2話 ロスト・セレクション
【娯楽都市ホープシティ ホープパーク】
輝かしき娯楽都市。都市中心街は様々なアトラクションやステージがあり、華やかな光景はあらゆる悩み事を一時的に洗い流してくれる。
私はパトラーと共にベンチに座る。今日でホープシティのイベントも終わりだ。それは同時に、私たちの隊列警護・会場警備という仕事も終わりを意味していた。
「このイベント、無事に終わりそうですね」
「ああ……」
私は目の前に広がる幻想的な光景を目にしながら、パトラーに返事をする。なんだか、ぼーっとしていた。特に何かをしたワケでもないが、……疲れた。
[ホープパーク感謝祭は本日0時を持ちまして終了となります。23時よりブリジット・ルミエール政府代表のメッセージが放映される予定で御座いますので、――]
場内に流れるアナウンス。私はどこか遠い出来事のような感覚がしていた。この仕事が終わったら次はどうしようか……。私は傭兵。仕事が終われば、次の仕事を探さねばならない。もっとも、仕事がないワケじゃない。ルミエール政府からも、ヴァルハラ帝国からもスカウトは来ている。
だが、私にもやりたいことはある。来ているオファーは正規軍人――それも上級軍人としての仕事。一度始めたら簡単には辞められないだろう。
「……道は2つとない。1つしかない」
「フィルドさん?」
「光の民主主義――ルミエール政府と、身分社会のヴァルハラ帝国、か」
「次のことですか?」
「……ああ、悩んでいるんだ」
「…………」
パトラーは軽く俯いて黙り込んでしまう。彼女の中では答えは出ているのだろう。パトラーとは長い付き合いだ。ある程度、考えていることは分かる。
「お前はルミエール政府がいいのか?」
「…………。……個人的には。でも、フィルドさんの選択に任せます」
「そうか……」
ルミエール政府は中央大陸東部・南方大陸全域を統治する勢力だ。その力は強く、市民に優しい。人々の意見を積極的に取り入れ、人間だけでなく、『クローン』や『サキュバス』、『ハーピー』といった種族とも共生している。
ヴァルハラ帝国は『クローン』を優遇し、他種族の地位は下位としていた。国政も皇帝の想いのままだ。ただ、軍事力は極めて強く、誰も逆らえないでいた。
私は手にしていた紙カップの飲み物を口に注ぎ込み、一気に飲み干す。そして、空になった紙カップをゴミ箱に入れようと立ち上がった。……時だった。
「………ッ!」
私の手から落ち、何度かはねた後、大理石の床を転がる紙カップ。崩れるかのように膝をつく私の身体。驚き、立ち上がるパトラー。
「フィルドさんっ!?」
「…………ッ! ぁ、ッ、ぐッ……!」
私は右手で胸を押さえながら、左手で床をつき、身体を支える。身が真っ二つに斬られたかのような鋭い痛みが身体を走る。上手く呼吸が出来ない……!
「フィルドさん、フィルドさんっ……!?」
パトラーが震える手で私の身体に触れる。一方の私は満足に返事を出来ないでいた。イヤな汗が額に滲む。
そのとき、私たちの目の前に誰かがやってくる。野次馬か、それともホープ州の警備兵か。この際だ。敵でないなら誰でもいい……!
「これは、……思った以上にヤバイな」
「だ、誰ですかっ?」
「――私は『ヴァルキュリア』の1人。ヴァルハラ帝国ブリュンヒルデ皇帝の命令で主らを監視していた」
“『ヴァルキュリア』の1人”と名乗った女は、そっと私に飴玉のようなものを渡してくる。緑色に光る如何にも怪しげな物だ。
それよりも今、ヴァルハラ帝国と……!
「飲むといい。我らヴァルハラ帝国の開発した薬だ」
「な、なにをっ、こんな物……」
「…………」
女は飴玉を空中に投げると、腰に装備していた剣を抜き取る。そして、目にも止まらぬ速さで空中を斬る。……よく見えなかったが、真っ二つに割れた飴玉が落ちてくる。彼女は2つになった飴玉を手に取る。
「信頼ないのなら、片方を私が――」
女は飴玉の片割れを自身の口に放り込み、一気に飲み込む。そして、残った飴玉を私に差し出す。それでも、私はまだ迷っていた。そんな様子を察してか、彼女は言った。
「……飲まなくても死ぬことはないだろうが、主はしばらく苦しむことになるぞ」
「…………っ!」
私は残った飴玉を口に放り込む。半分賭けだった。これまでの女の動きやセリフから、毒ではないことの確信は得られなかったが……それでもこの苦しみを何とかしたかった。
賭けは功を奏したか、しばらくすると苦しみが薄れ始める。パトラーの助けを得てベンチに戻ることが出来た。
「……お前さっき、『ヴァルキュリア』の1人と名乗ったな?」
「ああ、そうだ。私はヴァルキュリア=エイル。皇帝の命令で主らを――」
「お前の目的は分かっている。……これから行くつもりだったんだ」
ようやく落ち着いた私は、エイルに向かって右手を差し出す。エイルがその手を掴んで私を立たせる。
「――行ってやるよ、ヴァルハラ帝国」
「えっ……?」
「……そうか、それなら私のミッションは完了できそうだ。あの人も、――ブリュンヒルデ皇帝も喜ぶだろう」
エイルが私たちに背を向けて歩き出す。私も後に続く。パトラーが一番最後になる形で付いてくる。
「すなまいな」
「……いえ、私はいつまでもフィルドさんに付いていきます。最後までお供します!」
「そうか……」
……パトラーの師である私は軽く言葉を返した。
私は選んだ。ルミエール政府とヴァルハラ帝国。後者のスカウトに応えよう。――もし、後者ではなく前者――ルミエール政府を選んでいたら、どんな運命があったのだろうか? 選ばれなかった運命。それは私の知る由のないこと。私はヴァルハラ帝国を選んだのだ――。




