ロスト・エピローグ1 ――失われた社会――
※本編とは関係のないパラレルワールドのお話です。
※この話は、第14話でフィルドがイプシロンの仲間になった場合、どのような世界になっていたのか、について記されたものです。
女神が夢見た喪失の終章――。
運命は誰もが予期せぬ流れを見せた。
EF2019年、クローンを惨殺する過激派レジスタンスの壊滅を命じられたフィルドとパトラーは、彼らに味方し、ヴァルハラ帝国に反旗を翻した。
強大な戦力を迎い入れた過激派レジスタンスは、いよいよヴァルハラ帝国に宣戦布告する。そして始まるヴァルハラの内戦。人間かクローンか。社会の主役を決める戦争がついに幕を開けた。
だが、そんな戦争を、遥か北の大地から静観する者たちがいた……。
*
EF2021年、ヴァルハラ帝国は崩壊した――。
クローンの、クローンによる、クローンのための社会を目指した強大な軍事帝国は、『クローン優位政策』を敷き、クローンを優遇した。
だが、その政策に反対する人間も少なくはなかった。不満は反発に、反発は火種に、火種はクローンを焼き尽くす炎となった。
EF2019年、イプシロン=シリオードをリーダーとする過激派レジスタンスは、フィルドとパトラーを仲間に加えたのを契機に、ヴァルハラ帝国に宣戦布告した。反乱は瞬く間に帝国全土に広がり、多くの人間が参加した。
「クローンの手から社会を取り戻せ!」
「クローンが我々人間が受けるべき恩恵を奪っているのだ!」
「クローンさえいなくなれば我々は幸せになれる!」
「殺せクローンを!」
「クローンに生きる価値はない!」
だが、クローンを次々と残虐な方法で殺していく反乱軍の手法に、市民の支持は得られなかった。次第に、反乱軍内部でも異論が上がり始める。異論は対立に、対立は分裂に発展した。
「かかれ、劣等種族の反乱者どもを皆殺しにしろ!」
ヴァルハラ帝国も反撃に出た。強大な軍勢を有する帝国は、瞬く間にイプシロン率いる反乱軍を壊滅させた。戦いの中で、イプシロンはその命を失った。カリスマ的リーダーを失った反乱軍の崩壊は早かった。
「本日を持って、我が帝国の内戦は終結したものとみなす――」
1年にも及ぶ内戦は帝国側の勝利に終わった。無数のクローンと人間が死に、多くの都市が焦土と化した。海風都市サフェルトシティも、第二首都ポートシティも美しき外観は失われ、黒き瓦礫の山と化した。
誰もが傷つき、失い、壊れた内戦。誰も得をしなかった内戦。そして、終焉の始まりとなった内戦。――戦いはここからだった。
「ブリュンヒルデ、何か言い遺すことはあるか?」
その女の問いに、敗北の皇帝はうつむいたまま無言をもって返した。かつて自分が敗北させた女が、今自分を敗北に追い込んだ――。その事実に、ブリュンヒルデの心は絶望に染まっていた。
内戦の直後、かつて自由と平和の再生――白い夢を掲げた国が、ヴァルハラ帝国を侵略した。深い傷を負っていた帝国は、変貌の白い夢が率いる軍勢に大敗し、僅かな期間で全ての領地を奪われた。
「クローンを優遇させれば、人間の反発を招く。“私が統治した時代”を継続させていれば、お前たちも幸せだっただろうにな――」
彼女は剣を振り上げ、何の迷いもなく下ろす。真っ赤な血飛沫が上がり、皇帝の命は終わりを迎えた。皇帝は自らの命終わるその時まで黙考していた。
もし、あの日、クーデターを起こさなかったら、同族のクローンたちは、少なくとも、今よりかは幸せだっただろう。あのクーデターが間違っていたのか? それとも、今は亡きフィルドを信用したことが間違いだったのか? いや、歴史に「もし」を考えるのは愚かか――。
「――おめでとう、と言っておこうか。あなたはこれで復讐を果たしたのだろう?」
「…………」
皇帝の命を奪った女に、黒い装甲服を纏ったクローンが問う。女は血の付いた剣を振り払い、鞘に戻す。その顔は、復讐を果たし、覇権奪取の一歩を飾ったというのに、笑顔はもちろん、晴れ晴れとした表情もなかった。
「フィンブル、私は戦い続ける。あの日確かにあった世界の覇権を取り戻す日まで」
「…………。好きにすればいい……」
「戦いは始まったばかりだ。これからも苦しい戦いが続くだろう。それでも私は諦めない。必ずクリスター政府をもう一度、世界統治機構にして見せる」
「将軍……」
左目を眼帯で覆うクローンが、虚ろな目で言葉を紡ぐ女を心配そうな表情で見ていた。自身に心配の目を向けられていることに気付いた女は、彼女に手を差し伸べて言った。
「シリカ、これからも共に戦ってくれるか?」
「……もちろんです」
シリカと呼ばれたクローンは、女の手を取り、多少の迷いを垣間見せつつ言った。――シリカには分かっていた。もう、クリスター政府では世界を統治できないことに。世界には強大な勢力が存在する。勝ち目はない。下手に戦いを挑めば、自らを滅ぼすことになるだろう。
それでも、長らく生死を共にし、初めて自分を大切にしてくれた女を見捨てられるハズがない。これからも彼女を支え続けよう。そのために、自身が死ぬことになっても、後悔はない――。
「ありがとう、シリカ……」
「クリスター政府をもう一度、ここから始めましょう。――クラスタ将軍」
*
【サフェルト平原 とある場所】
EF2021年、帝国首都アレイシアシティに変貌の白い夢が君臨した。クリスター政府皇帝――クラスタは、覇権奪取をスローガンに、挙国一致体制を敷く。全市民の持ちえる全ての力を結集し、やがて来る大戦に備えようというのだ。
一方、他国もクリスター政府を脅威と感じ、戦いの準備を進めている。大戦の勃発はそう遠くないだろう。このままでは無数の血が流れる。
「パトラーさん、準備完了です」
「ありがとう、コミット」
誰もが失い、何も得ることのない大戦を勃発させるワケにはいかない。パトラーはコミットと共にアレイシアシティに乗り込み、かつての友達――クラスタを止めようと考えていた。もし、彼女に白い夢が僅かにでも残っていれば、無意味な大戦を止められるかも知れない。
作戦が成功する保証なんてどこにもない。むしろ、失敗する可能性の方が大きいだろう。それでも、パトラーはアレイシアシティに乗り込み、クラスタを止めることに迷いはなかった。
「フィルドさん、どうか見守っててください――」
パトラーは今は亡き師に、心で祈りを捧げ、小型飛空艇に乗り込む。もう、残された時間は少ない――。
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【失われた社会】
「クローンの、クローンによる、クローンのための社会」は失われた。代わって台頭したのは、変貌した白い夢の支配する「恐怖と諦観の社会」だった。
クラスタは人間・クローン、全ての力を結集し、世界の覇権奪取を狙う。そこに、人々の希望はない。あるのは、独裁者クラスタへの恐怖だった。
パトラーは怯えと諦めの街――アレイシアシティを駆けながら思い出す。かつて、クラスタと目指したのは「自由で、平和な社会」。今ある社会は、真逆の社会だった。
あの日の自らの過ちを償うため、人々に希望を取り戻すため、かつて目指し、一度は確かに実現した社会を取り戻そう。パトラーは心に宿した『使命』を確認し、アレイシア城の正門を警備する機械兵士たちに斬りかかった――。




