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第1話 とある女性傭兵

 漆黒の空を覆う厚い雲。冷たい風と共に雨が地に降り注ぎ、空では何度も稲妻がほとばしる――。


「娯楽都市ホープシティまであと少しですね」


 輸送型低空浮遊車の上に立つ私に、1人の女性が声をかけてくる。黄色の髪の毛にエメラルドグリーンの目をした女性だ。


「ああ、そうだな。だが、油断はするなよ」

「もちろんです」


 彼女は軽く笑みを浮かべながら言う。

 私は視線を前に戻す。私たちの乗る輸送型低空浮遊車の前にも、同じような輸送機が何台も並んでいる。いずれの浮遊車も北にある『娯楽都市ホープシティ』を目指していた。何でも1週間後に年一回のパーティーがあるらしい。この車はその行事で使う機材を運搬していた。


「『ルミエール政府』後援、ホープ州主催のイベントというだけに規模は大きそうですね」

「世界中から観光客が集まるイベントだ。……その機材に何かあったら大ごとだな」

「でも、……何もなさそうですね。ルミエール政府は心配しすぎですよ。護衛をこんなに付けて」


 私はチラリと視界の端に映っていたスピーダー・バイクに視線を向ける。白い装甲服に黄色のラインが入った護衛の兵士が乗っている。視界をずらせば、同じ機械に跨る私服の男性。――前者はルミエール政府正規軍兵士。後者はルミエール政府に雇われた傭兵だ。


「傭兵にとってはいい商売だな。スピーダー・バイクに乗って並走するだけだからな」

「こんなに何もないとヒマですね」

「命の奪い合いをしたいなら、グリードシティに行った方がいいかもな。あそこは魔物討伐の仕事だ。スリルを味わいたい連中にとっては最高の場所だろう」


 私は軽く笑いながら言う。グリードシティは中央大陸北部にある都市だ。魔物だらけの廃墟で、ルミエール政府が無数の傭兵を雇って討伐に当たっている。死人も出ているらしい。それでも報酬は高い。命知らずの傭兵にとっては最高の場所だろう。


「そういえば、この後はどうするんですか?」


 急に思い出したかのように彼女が私に問う。すぐに返事は……出来なかった。冷たい雨風が私の身体に打ち付ける。この後、か……。


「『ヴァルハラ帝国』から招待状が来てましたよね? 正規軍人として雇いたいって……」

「そうだな。正規軍人――それも筆頭将軍と来た。ヴァルハラ帝国ナンバー3ぐらいになるかな」

「あとルミエール政府からも、この仕事完了後に正規軍人として雇いたいって話がありますけど……。こちらも将軍として、ですよ」


 彼女は話をしながら、薄い黒色のハンドグローブ右手で左腕に装備した小型コンピューター端末を操作する。水色の立体画面が現れ、ルミエール政府とヴァルハラ帝国から送られてきたメッセージを表示させる。

 つまり、私には中央大陸を支配する二大勢力双方から招待状が来ている。しかも、どちらも軍人としては上級の地位である将軍への就任打診だ。


「…………。また、考えておく」


 私はずっと前――娯楽都市ホープシティの明かりを目にしながら言う。この後については迷っていた。光の民主主義ルミエール政府と、身分社会のヴァルハラ帝国。私が『やりたいこと』が出来そうなのは――。


「うわぁあぁぁっ!!」

「…………!」


 不意に男性の悲鳴が上がる。私たちは悲鳴のした方に視線を向ける。そこには1人の傭兵が大型の魔物に襲われていた。周りの傭兵や正規兵たちは、慌てて魔物と距離を取る。誰も彼を助けようとしない。


「いざ襲われたらこんな調子か」

「困りますね……」


 彼女は苦笑いをしながら、今まさに命を奪われそうな傭兵に向かって手のひらを向ける。私は腰に装備していた剣をゆっくりと抜き取る。


「では、お願いしますね!」

「あの程度、朝飯前だ」


 私は剣を握り締める。その瞬間、目の前の景色が一変する。さっきまで遥か遠くにいた魔物が目の前にいた。さっきまであった硬い浮遊車の地面はなくなり、土の地面に変わっていた。


「そらっ!」


 四足歩行の筋肉質な魔物――ベヒーモスの鋭く硬い爪が、私の剣に当たる。火花が散る。魔物は命奪おうとしていた対象が一瞬のうちに変わったことに動揺を見せたようだが、振り下ろした爪に力を入れ、そのまま私を斬り裂こうとする。


「あ、あれっ、俺、さっきまであそこにいたハズじゃ……」

「え、えっ!?」

「あれ、さっきの人は……?」


 動揺しているのは魔物だけではないらしい。私の後ろで傭兵や正規兵たちの声、そして更に離れた所――輸送型低空浮遊車の上からは、襲われていた傭兵の声が上がっている。

 私はベヒーモスの攻撃を剣で受け流すと、地面を蹴って飛び上がる。その跳躍力は高く、魔物の巨体を軽々と超える。


「さて……」


 足に白い魔法エネルギー――衝撃波を纏い、空中を蹴って魔物に素早く迫る。魔物も再び爪を振り上げ、飛び込んでくる私を切り裂こうとする。

 だが、私はもう一度空中を蹴り、進む方向を急転換させる。ベヒーモスの凶悪な爪は何もない空間を裂く。私は剣に衝撃波を纏い、更に空中を蹴ってベヒーモスに向かって飛ぶ。


「なっ……!?」

「え、ええっ……!?」


 私はベヒーモスのすぐ側を通り過ぎる。そして、そのまま呆然としている傭兵と仲間の女性が待つ輸送型低空浮遊車の上に降り立つ。


「お疲れ様です。――フィルドさん」


 仲間の女性が笑顔で労いの言葉をかける。私は剣に付いた血を払うと腰の鞘に戻す。……後ろで巨体が倒れる音がする。


「転移魔法のタイミングはばっちりだったぞ。――パトラー」


 剣を鞘に戻した私は、私と襲われていた傭兵の位置を魔法で交換させた仲間の女性――パトラーに、いつもの笑みを浮かべて言う。


「あ、あんたらマジかよ……。ベヒーモスって、レベル7に指定されてる凶獣じゃねぇか。それを一瞬で……」


 襲われたいた傭兵が、座り込んだまま、やや震えた声で私たちに言う。


「フィルドさんにとっては、――」

「――ベヒーモス程度、朝飯前だ」


 私はそう言いながら目の前に迫りつつある華やかな娯楽都市ホープシティに視線を戻した。輸送車の隊列は無事に目的地に着いた――。

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