第140話 魔法クリスタル精製プラントにて
【シリオドア地下 魔法クリスタル精製プラント 南西フロア】
薄暗い工場施設。広大な空間には、大型の機械が無数に並べられ、重苦しい音が絶え間なく鳴る。箱状の機械と機械の間から、コンベアで流れるのは、魔法クリスタル。
すでに精製が完了されたそれらは、また別の機械に入り、次は小さな箱へと包装されて出てくる。そして、最後にはクレーンで運搬されてきた大型コンテナへと入れられていく。
「そうか、シリオドアの外周エリアにあったコンテナは、今まさに出荷されようとしている魔法クリスタルだったのか」
大型機械の間をすり抜けるようにして進むブリュンヒルデが言う。
「神聖レナトゥス、ルミエール政府、――そして、ヴァルハラ帝国。これまで中立を装い、水面下に潜んできたネオ・ヒーラーズの取引先は全世界だ」
クラスタは左腕の端末でマップを確認しながら言う。
「なら今は、ルミエール政府だけが取引先だな」
「……おそらく」
「おそらく? どういうことですか?」
クラスタの気になる言い方に、ブリュンヒルデが聞く。
「……ルミエール政府は、シリオードを凌駕する魔法クリスタル産出地『ファンタジア州』を統治下に持っている。これだけの大量の魔法クリスタルを購入するか、少しだけ疑問に思う。ネオ・ヒーラーズが契約で縛っているだけかも知れないが」
私は機械の影から通路の様子を伺う。いつまでも狭苦しい機械の間ばかりを通り抜けられない。間が途切れれば、本来の通路に出ざるを得ない。
「ねぇ、聞いた? 南都がルミエール政府によって陥落したらしいよ」
「ええっ!? じゃぁ、クラスタやシリカはどうなったのさ?」
「まだ行方不明だって。でもウワサじゃ西都に撤退していて、シリオドアに攻撃を仕掛けるつもりらしいよ」
「そうか、それでシリオドア地上部の警備が厳しくなったのか! こっちも人手不足なのに、警備の人員が取られて――」
2人のクローン兵がしゃべりながら去っていく。他には誰もいない。私はクラスタとブリュンヒルデに、通路の問題がクリアした旨のハンドサインを送り、通路から飛び出す。そして、その先の小道へと駆け込む。2人も後に続く。
「さっきの2人の話だと、西都が陥落した話はなかったな。ウワサレベルであまり信ぴょう性はないが……」
私は希望的観測の域を出ない話をクラスタに振る。ここでもし、西都陥落になっていれば、西都に逃げるという策が使えなくなっていただろう。
だが、クラスタには言わなかったが、西都に逃げ延びても問題は山積だ。最悪、シリオドアと南都から、挟み撃ちにされる可能性もある。首尾よく中央大陸に逃げ延びても、落ち着ける場所はあまりない。
今や世界のほぼ全てがルミエール政府統治下となり、そのルミエール政府は、ネオ・ヒーラーズに支配されているに近い。
私は成型前の魔法クリスタル原液が流れる配管を横目に、再び通路の様子を伺う。今度は誰もいないようだ。安心しつつも警戒を解かず、広々とした通路を横切っていく。
だが、突如として警報音が鳴り響く。
「…………!」
[シリオドア南西フロア-第2加工区画にてID・生体登録のない人物を確認]
ふと上を見上げると、球体型の小型機械が浮かび、目の黒いレンズが私を捕らえていた。自律型の監視ロボットか。
私はバスターソードを抜き、銃撃機能で撃ち落とそうとする。だが、球体状の監視ロボットは、急に床に叩きつけられるようにして叩きつけられ、木っ端みじんになる。私の近くでブリュンヒルデが手をかざし、重力魔法で墜落させたようだ。
「助かった」
「いや、そうでもない」
ブリュンヒルデが刀を抜き取る。通路の先を見れば、銃を持った黒い人間型のロボット兵器――神聖衛士メシェディたちが私たちに向かってきていた。
「神聖レナトゥスの軍用兵器がなぜここに……!?」
私はバスターソードで向かってくる神聖衛士メシェディに銃弾を飛ばす。だがやはり、彼らは飛んでくる銃弾を飛んでよけ、空中で一回転して降り立つと間髪入れずに再び走ってくる。
そんな神聖衛士メシェディの頭上から、粒状の氷色の光が複数降り注ぐ。粒は床に着くと、途端に人間程度なら簡単に貫くであろう巨大なつららが四方に生える。つららは何体もの機械兵士たちを砕き壊す。振り返れば、氷の後天型イノベーターであるクラスタが、氷魔法を使ったようだった。
「クラスタさん、助かります」
「いや、そうでもない」
私が礼を言った時と同じ返しをするクラスタ。見れば、氷柱が砲弾に砕かれて轟音を上げるその先に、浮遊戦車がゆっくりと近づいてきていた。戦車の上では人間型の司令ロボット――神聖戦術士アレスがハンドガンを片手に、どこかと通信しているようだ。
その後ろでは、連合政府の、もっとも安価な人間型軍用兵器――バトル=アルファが何十体と続く。
「次は連合政府の機械兵器まで……」
[はい、了解しました。――全軍、かかれ!]
戦術士アレスが指示を出すと、戦車に続いていたバトル=アルファたちが一斉に走って私たちに向かってくる。
[攻撃セヨ! 破壊セヨ!]
私はバスターソードで銃弾を防ぐ。その後ろで、ブリュンヒルデが戦車に手をかざす。クラスタがさっきの氷魔法を飛ばす。
防がれた銃弾は私たちを傷つけることなく、近くの地面に落ちる。一方、ブリュンヒルデの重力魔法で戦術士アレスが引きずり出され、空中を飛びながら私に向かってくる。私はバスターソードで戦術士アレスの胴体を叩き斬る。迫ってきていたバトル=アルファの軍勢は、氷のつららによって串刺しになっていた。
「…………! クラスタさん、また援軍が!」
氷柱の後ろでは、ネオ・ヒーラーズのクローン兵が左腕に装備した小型端末を操作していた。その周りには、何体もの衛士メシェディや、2体の獣士ウガルルムが護衛のごとくついている。
「……司令ラインを再接続。よし、戦車を動かせ」
戦術士アレスを失い、動きを止めていた浮遊戦車が再び動き出し、砲口を氷柱群に向け、砲撃する。再び轟音が鳴り響き、氷が大量の煙と共に、木っ端みじんになる。また神聖レナトゥス軍との戦闘になりそうだ……!
「ねぇ、君たち」
「…………?」
「…………!」
プラントの機械と、同じ機械の間になる小道から急に声をかけられる。見ればそこには、黒地に青ラインが入るスーツを纏う1人のFクローンが立っていた――。
◆◇◆
「波状攻撃第三波を仕掛ける直前は、確かにいたはずなのですが……。現状、侵入者たちは行方不明です。それに、監視システムもなぜか停止してしまっています」
左腕に小型端末を装備するクローンの大尉は、遅れてやってきたクローンの将官――セレナイトに事の顛末を報告する。
「分かりました。おそらく遠くには逃げていないでしょう。監視システムを復旧させ、捜索を続けなさい」
「イエッサー!」
セレナイトから指示を受けたクローン大尉は、数名のクローン兵と共にその場から去っていく。その後ろ姿を見届けたセレナイトは、そっと自身の左耳に装備した通信機を作動させる。
「――ご指示の作戦は成功です。――――。ええ、はい。……これからそちらに向かいます。――通信アウト」
通信を終えるセレナイト。彼女は壊れた無数の機械兵器たちを側目に、少しだけ笑みを浮かべた――。




